第8話

 その日の夜、私は夢を見た。

 土曜日、カフェで笹倉さんと待ち合わせている。


「ごめん、待った?」

「ううん。今来たばかり」

「じゃあ行こうか」


 笹倉さんの腕に私の腕を絡めて、歩きながら思う。

 ああ、夢だ。

 でももう少しこのままで。

 私が願っても夢は長く続かない。駅に着くと笹倉さんは私に背を向けて、ひとり改札を通り抜けた。


「待って! 私も……」


 思わずそう声を掛けたら、向こうを歩く彼が立ち止まって振り返った。

 その顔は……あの人だった。

 まだ若い、二十をちょっと過ぎた頃のあの人。


「千穂」

「……駿くん」

「千穂も来る?」

「私……行けないわ」

「じゃあ、さよなら」


 そう言うとあの人はもう振り返らずに人ごみの中に消えていった。

 追いかけて行けばよかったのだろうか。

 それとも、そもそも呼びかけなければよかったのだろうか。


 目覚めた私は、久しぶりに泣いている自分に気付いて驚いた。

 もう感情などとうに死んでしまったと思っていたのに。

 そしてゴミ箱の中からキーホルダーを拾い、もう一度食器棚の奥へ戻す。

 笹倉さんの調査が終わって報告書を貰ったら、その報告書と一緒に今度こそ捨てよう。

 それで本当に、本当に全部おしまいにしよう。

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