第3話 ジョブの秘密
「……アルと言います」
俺は不安が膨らむばかりだったけど、彼我の差が大き過ぎて、ただ、素直に名前を伝えるしかなかった。魔王が凄まじい魔力を持っていることは俺でも感じられた。
「あの、助けていただいてありがとうございました」
「いや、気にするな。おかげで最高の弟子を取れそうだ。人間が落ちてきたようじゃから、助けてやろうと思って来てみれば。なんと! 探し求めていた完全な【ラプラス変換】じゃないか! 本当に驚いたぞ。これで、我は師匠に借りを返すことができるぞ!!」
「ど、どういうことですか? 俺にはさっぱり……それに魔王様は俺に何をさせたいのですか?」
「別に我は何もアルに求めはしない。それより、お前は街の魔法学校で学んだか?」
「はい、一通りは」
「おお、素晴らしいぞ! で? お前、魔力量はどれ位だ?」
「ひ、人並位です」
俺は下を向きながら、伝えた。勇者エルヴィンやみなの魔力量が常人の1000倍位なのに対して、俺は人並だった。
「な、なんだと? ラプラス変換なのに、人並の魔力量があるのか? し、信じられぬ! 我は最高の逸材に出会ったのかもしれぬ!!」
「お、俺が逸材?」
俺は疑問しか生まれなかった。魔王は俺に何も求めないという、それに自分を弟子にとは一体?
「あ、あの、俺の謎のジョブはようやく覚醒しましたが、やっぱり訳の判らないジョブで。そんな俺を弟子にだなんて……一体何の弟子にするつもりなんですか?」
俺はここで、訳の分からない殺人技を学ぶ弟子にでもなれと言われるかと思った。
しかし。
「何って、【ラプラス変換】が覚醒したのじゃぞ? 魔法に決まっとるじゃろ?」
「ええっ!? お、俺は……立派な魔法使いになりたい。でも、俺には……む、無理……無理なんです……」
「……無理?」
「俺には……スライム召喚の魔法しか使えません……」
俺はスライム召喚しか使えなかった。それに汎用魔法も、簡単な初歩の魔法だけ。みなが言う魔素の気配なんて感じたことがない。きっと、永遠に感じることができることなんてないんだろう。
話しているうちに、惨めだった勇者パーティでの過去が思い出されて、とうとう堪えきれなくなって涙してしまった。
「そっ……か……辛かったんだな。わかるぞ、我もラプラス変換だったからな……良くわかる」
「ア、アルベルティーナ様も?……」
この人は剣の道でも鍛えたのだろうか? だがおかしい、人がどんなに剣を鍛えても、魔法使いの身体強化魔法の前には児戯だ。それにこの人から感じる膨大な圧は間違いまく魔力。
「アル、これから我のことはティーナと呼べ、そして、よかったら身の上に起きたことを全て話せ」
「お、俺……」
俺は息せき切って、自分の身の上の話をした。すると、ティーナは。
「まあ、我に需要があるのかわからんが、我はこうしたい」
魔王はぎゅっと、俺を抱きしめてくれた。
「え!?」
「気にするな、アル。人は所詮女神から与えられた力で魔法を使っているに過ぎん。我も師匠に会わなかったら……ジョブだけで人を差別するなんて、相変わらずだな、人は」
彼女は俺の耳元で囁くように呟いた。
途中までは穏やかに、後半は少し怒気を含んだ声で……
「ジョブを絶対のモノだと思い込んでいる魔法使いの言うことなんて気にしないことじゃな。ジョブは魔法を与えるのものではない、魔法は本来、て……………はあ?」
しかし、その時、ティーナが突然、何かに気が付いてしまったかのような声になり、わなわなと身を震わせ始めた。
「いやいやいや……ちょっと待て!! ドン引きする位ひどい裏切りの話に関心を持っていかれて、うっかり聞き捨ててしまったんだが……アル? 召喚魔法が使えたのか?」
抱きしめていた腕を離して、驚愕の表情でティーナが聞き直す。
「は、はい」
一体、ティーナは何を驚いているんだろう? それとも、やっぱり、才能がなかったティーナには何かすごいものがあって、俺にはやっぱりなくて、結局俺はただの役立たずなことがわかってしまったんだろうか?……と、俺の心に再び不安がよぎる。
「しゅ、しゅごい……!」
ティーナは急に可愛い声に変って、さっきまでの威厳がどこかに霧散した。
そして、壊れだした。
「いや、普通、ラプラス変換のジョブって魔法使えないでしょ!? そんなチート聞いたことないよぉ!? ちょちょちょ、ちょっと待ってアル、まずは落ち着いて!!」
いや、落ち着くべきはティーナの方だろう? という突っ込みもその後のことならできたのだろうが、この時にはまだできなかった。
ティーナはいきなり俺にキスをしてきた。それも、唇に直接。
「ええっ? ちょ、ちょっとぉ!!」
「心身が人並で、魔力量も人並!! そして極め付けは魔法を使えただと?……ラプラス変換のジョブなのにか?……す、凄すぎる!! これはもう、結婚するしかない!!」
いや、俺達会ったばかりなんだけど、なんかこの人怖いでち。
しかし、俺にも魔法の可能性があるってことか? 信じられない、でもこのヤバめの魔王の元で修行とかするの嫌だな。だけど、俺には選択肢がない。
ダンジョンから一人で脱出とか、どう考えても無理ゲーだ。
「へへ、顔も普通よりちょっとだけカッコいいし、性格も素直でヨシ!! 絶対性格イケメンだな!! もう、これは明日にも婚姻届けを出そう!!」
「えっ、ええええ!?」
ていうか、性格イケメンって、褒めてるようでディスられてない?
魔王ティーナは俺の魔法の可能性を示唆してくれたけど、会ったばかりの男と結婚したいっていうヤバめの女の子だった。そう言えば、ファーストキスだとか……これだけ可愛くて、ファーストキス未だとか、絶対地雷女だよな? 何とかヤリ逃げできないかな?
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