第51話 餌。

「ふっ!」


 ガルデラ山のふもと近くにある泉のすぐそば。


 魔力強化した黒刀を振るい、体毛をはぎとり手早く【鋼灰色熊ハードグリズリー】を解体。


 爪や肉、詰められるだけの素材を袋に詰めて僕の亜空間収納に放りこむ。詰めきれなかった残りの部分は、まあほかの魔物が美味しく食べてくれるだろう――!?



『ねえ。もういいんじゃないですか? こんな茶番』



 魔力強化していた僕の耳に突然聞こえてきたその『声』に僕の動きが思わず止まる。


 この『声』……。あの【最高に自由マックスフリー】の正規メンバーに含まれていない、露出多めの女の子か。それにしても、冷めた『声』。


「ロココ! いまから完全集中するから、あとはお願い!」


「わかった。まかせて」



 目を閉じ、言うが早いか、僕は体にまとっていたわずかな魔力もすべて注ぎ込み、耳に一点集中する。【拳闘兎コンバットラビット】との戦いを繰り広げるリーダーとディシーの喧騒を排除トリミングし、その会話へと耳を絞る。


 そして、身体感覚がほとんど失われた真っ暗闇の中、僕はそれを聞いた。



『声がでけえよ、馬鹿。そんなにお仕置きされてえのか?』


『好きにすればどうです? どうせあんたたちの気分次第なんだし』


『はあ。可愛くねえなあ。初めて会ったころは、あんなに初心うぶだったのによぉ』


『あんたたちがそれを言うのかって話ですね。で、話を戻しますけど、もういいんじゃないですか? もう十分わかったでしょ? あの娘のこと』


『はあ。本当に可愛くねえ。まあ、でもそうだな。いつもの方法で十分今夜の歓迎イベントの主役は張ってもらえそうだ。でも、どういう風の吹きまわしだよ? お前、最初ぜんぜんやる気なかったじゃねえか?』


『不思議だったんですよね、私。なんでみんな餌役ちゃんとこなせるんだろうって。私にはとてもできない、ってそう思ってたんです。でも、あの娘を見てたら、わかりました』


 そこで一度、強く強く歯を噛みしめる音が響いた。


『あのなんにも知らない本当に幸せそうな笑顔を見てると、地獄にたたきおとしてやりたくなるんですよ』


『……わかった。ならリーダーに進言して撤収だ。街に戻ったらお前は宿であの娘の準備をしろ。オレとリーダーは今夜の会場に向かう』


『わかりました。ちゃんと着せて倉庫に連れて行きます。ところで餌役の報酬って、いまもらえますか? 一本でいいんで』


『はあ? 街に着くまで待てねえのかよ? オレたちだって――』


『限界なんですよ、もう。素面しらふであの娘に接するの』


『――わかった。ほらよ』


 なにかの蓋を開け、ごくりと飲み下す音が響いた。次いで、立ち上がり駆けよる音。


『ごめ~ん、リーダー! ディシーちゃんも! もう私、疲れちゃったよ~! そろそろ帰ろ~? 今夜のディシーちゃんの歓迎イベントに備えないと! ね、ね?』


 さっきまでとうって変わったその女の子の明るく振る舞う『声』を最後に、僕は完全集中をとりやめる。



「……ノエル、だいじょうぶ?」


「……大丈夫だよ、ロココ。心配してくれてありがとう」


 まるで悪意のかたまりだった。あの『声』。聞いていただけであてられてしまう、背筋が寒くなるような、そんな『声』。


 なんにせよ、これではっきりした。今夜、確実になにかが起きる。おそらくは、あの『声』の主が地獄と表現するほどのなにかが。


 となると、こうしてはいられない。



「ロココ、悪いけどまた僕につかまってくれるかな? 急いで【リライゼン】に戻りたいんだ」


「うん、わかった」


 純白のケープマントを羽織ったロココの華奢な体を腕に抱くと、花のようなとてもいいにおいがした。その確かなぬくもりに、ふっと僕は安心感を覚える。


「じゃあ行くよ。ロココ。街に帰ったら、まずはお昼寝しよう。もしかしたら、今夜は長くなるかもしれないから」


 そうひと言告げると、僕は体中の魔力を足にかき集め、ガルデラ山を一気にあとにした。





♦♦♦♦♦


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