マルセルの章 ⑥ 君に伝えたかった言葉
悲しみに包まれた葬儀が終了した。カイとエテルノ侯爵に挨拶を済ませた俺に母が声を掛けてきた。
「マルセル、帰りましょうか?」
「いえ、どうぞ先にお帰り下さい。俺は少し用事があるので残ります」
教会のシスターと話をしているイングリット嬢を見つめながら返事をした。
「そう…?分かったわ。それじゃ先に帰るわね」
母は言うと、教会の扉を開けて出ていった。
「…」
その後姿を見届けると、俺はイングリット嬢の話が終わるのを教会の長椅子に座って待っていた。そこへカイが声を掛けてきた。
「マルセル、今日はありがとう。エテルノ夫人の葬儀に来てくれて」
立ち上がると挨拶を返した。
「カイ…本当に何と言ったら良いか…」
「いや、僕よりも…エテルノ侯爵のほうが心配だよ。何しろアゼリアに引き続き、今度は夫人を亡くしてしまったのだから…」
そしてカイはため息を付いた。
「それで?アゼリアが亡くなった後…カイはどうされていたのですか?」
カイともアゼリアの葬儀以来、会うのは初めてだった。噂によると、あの屋敷を出て王宮に戻ったと聞いている。
するとカイが言った。
「マルセル…聞いてくれ。僕は王族の身分を手放すことにしたんだよ」
「え?!な、何故ですかっ?!」
「僕は…医者を目指すことにしたんだよ。アゼリアの命を奪った白血病の治療法を見つける為にね。だから王位にはつかない。父にも伝え、許可を得たんだ」
その顔に迷いは感じられなかった。
「ですが…王位を継ぐ為に、並大抵ではない努力をしてきたのですよね?それなのに…」
しかし、カイは首を振った。
「王位を継ぐ代わりの者はまだいるさ。僕は白血病で苦しむアゼリアを見て思ったんだ。たった1人の愛する女性を守れなくて…国を守る資格があるのかってね」
「ですが、それとこれとでは意味が違うのではありませんか?」
「同じだよ。僕にとってはね」
しかしカイはきっぱりと言った。…その目に迷いは感じられなかった。
「そうだったのですか…」
「実はもう来月、『キーナ』の医療系大学に留学することが決まっているんだ」
「『キーナ』と言えば…今医術が一番発展している国と言われていますね?」
「そうだよ。そこで6年間しっかり学んで、必ずヨハン先生や…マルセル。君の父君のような立派な医者になると誓うよ」
「カイ…」
驚いた。まさか…カイがそこまで考えていたなんて…。それなのに俺は…毎晩仕事帰りに遅くまでアルコールを飲んで帰宅するという荒れた生活をしていた。そんな自分が恥ずかしく思えた。
「カイは立派ですね…。だからアゼリアも貴方を…選んだのでしょうね…」
「マルセル…」
カイは何か言いたげだったが、口を閉ざすと言った。
「マルセル、君には本当に感謝しているよ。あの屋敷からアゼリアを救い出したのは他でもない君なのだから。きっとアゼリアも天国で感謝していると思うよ」
その言葉に少しだけ救われた気がした。
「ありがとうございます…」
頭を下げて礼を述べた。
「それじゃ僕はそろそろ行くよ。元気でね」
「はい、カイもお元気で」
そしてカイは笑みを浮かべると歩き去って行った。
「…」
カイの後ろ姿を見届けていると、背後から声を掛けられた。
「マルセル様」
振り向くと、そこにはイングリット嬢が立っている。
「イングリット嬢…」
「私に何か御用がお有りなのですよね?…先程視線を感じましたから」
「ええ…少しお話したいことがあるのですが…」
「分かりました。…ここは何ですので、どこか場所を変えませんか?馬車を待たせてありますので、町のカフェにでも入りましょう」
「ええ、お付き合い致しますよ」
俺はイングリット嬢の提案に頷いた―。
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