マルセルの章 ④ 君に伝えたかった言葉

「イングリット嬢が…その話をされたのですか?」


声が少し震えているのが自分でも分かった。


「ああ、そうだよ…。先週の日曜日が両家で取り決めたイングリットと会う日だったからね。その時に彼女が言ったんだよ」


「そうだったのですか…」


何故だ?何故イングリット嬢は…俺の話をブライアンにしたんだ?この間偶然会った時だってそんな話は何一つしてこなかったのに…。


「驚いたよ。まさか君とイングリットが知り合いだったとは思わなかったからね…でもそれ以上に衝撃だったのが君が婚約破棄し、その相手の女性が亡くなってしまったという事実の方だけどね。…おまけにその時、元婚約者は結婚していたのだろう?」


「ええ…そうです。俺と婚約破棄した後に…本来の運命の相手と出会えて結ばれたんです。ほんの僅かな結婚生活だったと思いますが…恐らく幸せだったと思いますよ。何しろ彼女の最後の顔は…穏やかに笑っている顔だったので。俺が婚約者だった時はあんな笑顔を見せたことなどありませんでした…」


自分で自分の言葉に傷ついていた。だが、アゼリアは俺以上に…ずっと傷ついていたはずだ。


「マルセル…。大変な目に遭ったんだな…?」


ブライアンが俺の肩を軽く叩いた。


「そうか…だからイングリットはあんな事を言ったのか…」


そして何処か遠い目をしながらウィスキーを口に運ぶ。


「あんな事…?」


一体イングリット嬢はどんな事を言ったのだろう?


「彼女にこの間会った時、はっきり言われたんだよ。どうあっても俺のことは愛せないと。この先2人で一緒に暮らす未来すら描けないってね。そして君の話が出てきたんだよ。マルセルは元婚約者に婚約破棄してもらいたいと頼まれて、その通りにしたと。元婚約者の事をそれほど大事に思っていたから、彼女の願いを聞き入れたと言うんだよ」


「!そ、それは…!」


違う…俺が婚約破棄に応じたのは…今までの自分の行動を詫びるつもりで…アゼリアの要求なら何でも応じようと思っただけなのに?大体、俺にはもうアゼリアと婚約を関係を続ける資格すら無かったのだから。


「そこでイングリットは言ったんだよ。私の事を思ってくれているなら、どうか婚約破棄をして、開放して欲しいってね…」


「そ、そんな事があったんですか…?」


ブライアンがイングリット嬢の事がを好きなのは彼女に会う前から知っていた。ブライアンは定期入れに彼女の写真を入れていたし、よく話をしていたからだ。

自分には年の離れた婚約者がいて…愛しくてたまらないと、どこか照れたように話す姿を…。

そして一方の俺はそんなブライアンが羨ましいと思いながら話を聞いていた。何故ならあの当時はアゼリアに毎週末会いに行っても、会うことが出来ず…アビゲイルもモニカもアゼリアは俺と会う時間が惜しいと言って拒否していると伝えられてきたからだ。


「そこまで言われて…流石に考えてしまったんだよ。イングリットの為に…俺は身を引いたほうがいいのかな…と…」


ブライアンは悲しげに笑みを浮かべ、カランと氷を鳴らすと再びウィスキーを口に入れた―。

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