マルセルの章 ② 君に伝えたかった言葉

 アゼリアの葬儀から2周間が経過していた。


「…」


 この2週間の間、俺は惰性で生きてきたような気がする。

毎朝同じ時間に起き、食事をし、出勤する。そして毎晩そのまま家に帰る気になれずに、つい外でアルコールを飲んで家に帰る…。そんな日常の繰り返しだった。その為だろう…常に身体の疲れが取れない日々が続いていた。こんな生活が身体に悪いことは十分承知していた。本来であればまっすぐ帰宅し、家で食事をしてゆっくり休むのが一番なのだろうが、どうしてもその気にはなれなかったのだ―。



 アゼリアが亡くなってからというもの、我が家はすっかり変わってしまった。あれ程元気だった母はふさぎ込む日が多くなり、父は医者としての自分に憤りを感じているようにも見え、すっかり無口になっていた。


…全て俺のせいなのだ。


アゼリアの病気の発覚が後れ、手遅れになってしまったのは…いや、それ以前に婚約者である俺がアゼリアの置かれている境遇に気付いていれば、彼女を早急にあの屋敷から救い出し…ひょっとすると白血病などという不治の病にかかることも無かったかも知れない。

アゼリアの死に直結する原因を作ってしまったのは全て俺の不甲斐なさのせいだったのではないだろうか…?




 そして俺はアゼリアが死んでしまった事実を受け入れられず、何もかも忘れたくて今夜も仕事帰りに深酒にはまっていた―。

 

****


「あら?ひょっとして…マルセル様ではありませんか?」


その日もいつものようにバーカウンターで1人アルコールを飲んでいると、不意に声を掛けられた。


振り向くと、そこには俺の上司であるブライアン・マクブライトの婚約者であるイングリット・オルグレン嬢が立っていた。


「イングリット嬢…」


彼女はいつの間にかアゼリアと親しい仲になっており、皆で丘の上で集まってピクニックをする際には必ずと言って良いほど、顔を出していた。最も俺と彼女は挨拶をする程度で、親しく話をする様な仲では無かったが…。


「やはり、マルセル様でしたのね?何処かで見かけたことのある後ろ姿だったのでつい、お声を掛けてしまいましたが」


言いながら、何故かイングリット嬢は俺の隣に座ってくる。


「イングリット嬢…まさかとは思いますが、お一人でこの様な店にいらしたのですか?」


ウィスキーを飲みながら俺はイングリット嬢に尋ねた。


「いいえ、お友達と来ているのです」


「その友だちと言うのは…ひょっとして男性ですか?」


「まさか、そんなはずありません。貴方は一体どういう目で私を見ているのですか?」


イングリット嬢は睨みつけるように俺を見た。


「それは失礼…ですが、貴女は以前ベンジャミンという弁護士と仲が良かったではありませんか。ブライアン・マクブライトという立派な婚約者がありながら…」


「まぁ…マルセル様、ひょっとして私に喧嘩を打っているのですか?」


「そう思われたなら、どうぞ友達の所へ戻って下さい」


駄目だ、酒を飲んでいると…つい喧嘩腰になってしまう。だが…俺は1人で誰にも邪魔されず、ゆっくり酒を飲みかったのだ。その気持がこの様な言葉使いとなって現れてしまったのかもしれない。


「ベンジャミンとは…もう終わりにしました」


「え…?」


知らなかった。いつの間に…。だが…何故?とは聞けなかった。

思わずイングリット嬢の顔をまじまじと見つめると、彼女は立ち上がり、言った。


「アゼリア様がお亡くなりになってしまったのはマルセル様のせいではありません。あまりそうやって…御自分を責めたりなさらないで下さいませ」


「え…?」


「それでは私は失礼致します。お一人になりたいようですので…お邪魔して申し訳ございませんでした」


イングリット嬢は一礼すると、俺の席から離れて行った。


その後姿を見つめながら思った。


何故、彼女に俺の気持ちが分かったのだろう…と―。

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