ep.4 青年の嘆願
ある日アタシは訊いてみた。
「あんたは何に費やすのが第一候補なわけ?」
「そう簡単に決められへんよ。つこたら俺は消えてしまうんやから。姉ちゃんに分かるか? この怖さが」
「仮によ」
「うーん。仮にか」
翔太は柄にもなく遠い目をした。
「野球、やりたいけどなあ。でもな、姉ちゃん。俺、こうみえて精神年齢は高校生や。そんな無邪気な脳味噌でもなくなっとんねん」
そう言いながら、翔太は意味深な視線を寄越した。
「何が言いたいのよ」
「姉ちゃん、俺の筆おろしを頼めへんか」
何を言い出すかと思えば……。
「霊になっても煩悩ってのは消えないのね」
「せや。俺かて望んで死んだわけやないんや。俺の元ダチどもはみんな続々童貞卒業しとんねんで。悔しいやんか」
「人様の営みを監視するような真似はやめなさい」
「なんでや。それくらいしかこの身体になった特権ないやん」
「可哀そうにねえ。いいわよ。覚悟が決まったらどっかのイケメンに
「姉ちゃん面食いなんやな」
「アタシは別に面食いじゃないわよ。でも、不細工よりはイケメンの方がいいじゃない」
アタシはふとして雨宮の横顔を脳裏に過らせたが、はっとして妄想を捻じ伏せた。アタシは引き摺らない女なのだ。
「というか前から思ってたんだけど、あんたは埼玉に住みながらなんでそんなこてこての関西弁なの?」
「こっちに越してきてまだ三ヶ月だったんや。かあちゃんととうちゃんが大喧嘩してな。ギャンブル好きのとうちゃんに嫌気が差して、かあちゃんの実家がある埼玉の方に移り住んで来たってわけや。俺、友達作るんは大の得意やからなんも問題なかったけど、かあちゃんの方はやばかったな」
なるほど。想像できる話だ。
「こっちに越してこんかったら俺は死ななかったと思い詰めてたみたいや。豚みたいだった身体はみるみる痩せて萎んだ風船みたいになってしもた」
「失礼な言い回しはやめなさい」
「かあちゃんは拒食症になってしもたんや。そんで身体が弱って去年死んでもうた。あの部屋でな。
「そうなのね。あんたも辛い思いしてんのね」
「せや。できることなら、姉ちゃんともうちょっとはように会いたかったわ。そしたら、かあちゃんに通訳頼めたろうに」
「その代わり、アタシが狂人扱いされるだろうけどね」
「今の状況、第三者から見たら、姉ちゃん確実に狂人やで」
冷静になって己を俯瞰してみた。
自室で独り言を呟きながら、ときには突っ込みを入れながら、同情したり笑ったりしている。完全に頭のおかしい独り女だ。
「うるさいわね。なら、喋んないわよ」
「堪忍堪忍、冗談やがな。俺には姉ちゃんしかおらんのや」
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