ep.2 翔太

「ねえあんた、アタシのプリン食ったでしょ」


「食うてへんよ」


 場所は大宮駅東口、さいたま市大宮区高鼻町にある賃貸集合住宅の一室。尋問はアタシの自宅のリビングで繰り広げられた。


 喪失が取り沙汰ざたされているプリンは昨日、欧州から帰国したオーナーが土産として買ってきてくれた最高級品だ。しらばっくれは看過かんかできない。


「そういうすぐばれるウソを平気でつくなら、出禁にするわよ」


「あんな、姉ちゃん。仮に、仮にや。あの土産品について俺が手を付けたとしようや。あれは最初六個もあってんで? 賞味期限は残り一日。残りは三個。どないするつもりやったんや」


「んなもん全部食うわよ」


「どんだけ強欲やねん。デブるで」


「アタシはデブとは無縁の星に生まれた女なの。見なさいよこのナイスバディを」


「そんなん若いうちだけや。うちのかあちゃんも昔は痩せてたいうけどな、生前の写真見たらぶったまげるで。豚か人間か分からんぞ」


「母親をそんな風にいうなんて、バチが当たるわよ」


「もう当たっとるわ」


 ふむ。まあ、確かに。


「それに三個のうちたったの一個やんけ」


「いつ、アタシが一個っていったよ。やっぱ食ってんじゃないの、このクソガキが」


「か、仮にや」


「あんたね、食べたなら食べたで感想を述べなさいよ。最高級品なのよ、あれは」


「ごっつう美味かったで。あんがとな」


 こいつ……と思うもぐっと堪える。


「まあ、よろしい」


 冷蔵庫を開け、アサヒの三五缶を手に取る。仕事終わりの一杯は格別だ。この翔太にも飲ませてやりたいが、流石に小六とあってはまだ早い。


「こいつ馬鹿ちゃうんか。こんなん俺でも解るで。Bやろ」


「いや、あってるよ。Aで」


「兎は鳥とちゃうで」


「それでも兎を数える時は一羽二羽って数えんの。ほんとちゃんと勉強やってたの、あんた」


「野球が九なら勉強は一やな。世の中の小学生なんぞみんなそんなもんやで」


「あんたの周りに集まんのはそんな子ばっかかもね」


 クイズ小学生よりあなたは賢いの? を見ながら自信満々に誤った解答をしている小学生より賢くない小学生を、アタシは完結的になじった。正解はAで、画面の中で解答役を務めている芸人は大げさなくらいにガッツポーズを振りかざして喜んだ。


「まあ、こんなん知らんでも死なんし」


 とんでもない極論で翔太はなじりをね退ける。更にその極論は一部的確でない。


「てか、野球の話したら野球やりたなったやんけ。どないしてくれるんや」


「キャッチボールくらいならできると思うけど。今日は無理だけどね。もう夜だし」


「アホか。そんなことしたら大騒ぎになるやんけ」


 まあそうか。うん、確かに大騒ぎになるだろう。


 あなたはポルターガイストという現象をご存知だろうか。それはこの翔太のような存在が引き起こす現象なのである。


 そう。彼は現役の霊体なのだ。それも極めて希少な物的影響力を持った霊体――。アタシはこの存在を可影響かえいきょう霊と呼んでいる。翔太の場合は可影響地縛霊。先の会話からも分かるように、その悪性は皆無に等しい。


 ただ、彼は地縛霊でありながら元いた地に留まらず、とある事故物件から我が家に移り住んでしまっているという、変わり種中の変わり種である。


 翔太と出会ったのは、現在請け負っている業務の二つ前、さいたま市西区の指扇さしおうぎにあるとある事故物件だった。エステートU一〇五号室。周囲には畑や田んぼの目立つ、牧歌ぼっか的な環境下にある建物は住戸のおよそ約三割が空室となっていた。


 突然子供の走り回る足音が聞こえたり、突然テレビのチャンネルが変わったり、時には子供の笑い声が聞こえたりという種の怪奇現象が頻発していて、合わせて入居者の退去も頻発するような状況にあり、たまりかねたオーナーが依頼をかけてきたという筋だった。


 基本的に、霊との接触はとある状況下で眠ったときに見る夢の中でしか為し得ない。ところが翔太に限っては例外だった。エステートUでの業務初日。翔太はまるで同居人であるかの如く自然に姿を現したのだ。

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