第3話 ゲーム
「やめなさい! ホムラ! リオ! この人は味方よ!」
サイカの言葉で戦場に静寂が走る。その隙に桜夜は煙管を口にくわえ、マッチで火をつけた。そして煙をふかしながら思った。
(味方かはわかんないけどなあ)
彼はあくまでサイカが利用できるかぎり守るにすぎない。利用できなくなったり、四方院家への害が大きくなれば切り捨てるだろう。だから味方と全面的に信頼されるのも困るのだが、賢い大人は沈黙を守るものだと口をつぐんだ。
「ねえちゃん! なんでこいつが味方なんだよ! こいつ四方院の人間だろ!」
「そうですわ。なにかされたのサイカちゃん」
サイカとよく似た体格のホムラと、先ほどまで姿を見せていなかった水使いの少女……おそらくリオが赤木家の玄関先に集まってきた。そこで桜夜は驚いた。サイカとリオの体格の差に。サイカが全身華奢なのに対して、リオは美しい湖のような長い髪と瞳を持ち、出るところが出たモデルのようなプロポーションだったからだ。
「うーん……」
(契約する方間違えたかなあ)
桜夜がそんなことを考えていると、サイカに睨まれた。どうやら考えがバレたらしい。
「とにかく! わたしは……なにも、されてないし……」
サイカはホムラとリオを説得しようとしたが、なにもされていないわけではないことを思い出して目をそらした。
「ほら! やっぱりなにかされたんだ!」
逆上したホムラがまたファイアボールを作るが、それはサイカのイカズチで破壊される。
「とにかく聞いて! この人はわたしたちをたすけてくれるって」
「……サイカちゃん、それは……」
「リオ、ホムラ、わたしを信じて……」
サイカの真剣な眼差しにホムラとリオは折れた。
「わかったよ。ねえちゃん……。ただし! てめえを信用したわけじゃないからな!」
ホムラが桜夜にびしっと指を指す。
「あらあらダメよホムラちゃん。これからお世話になるんだから。はじめまして、リオと申します。サイカちゃんのこと、ありがとうございます」
対してリオはお嬢様のようにスカートを軽く持上げてお辞儀をしてみせた。三者三様の姉妹だが、やっぱりリオちゃんにしとけばよかったかなあと考えた瞬間、サイカからイナズマのような睨み付けるが飛んで来た。
「とりあえず寒いんで部屋帰って良い?」
睨み付けるを無視しながら桜夜はそういった。確かに彼の着物スーツは戦闘用に防寒対策が施されている。でも青森の寒さはやばかった。ホムラの炎もない今、さっさと帰りたかった。
「そうだね。あの、妹たちを入れても……?」
「勝手にしいやー。ここ人の家だし」
桜夜は適当に言いながら暖かい家に戻っていった。
◆◆◆
深夜3時
少女たちを客室で寝かせたあと、桜夜は応接室の広い机に日本地図を広げ、右手に万年筆を持ちながら今後について考えていた。
あの女の手先たちは、北海道の最北端から四方院家に連なる拠点を一個一個潰していった。そして北海道の拠点にいくら戦力を送っても守り切れなかったことから、宗主は本土は守り抜こうと青森の最北端に桜夜を送り込んだ。
宗主の読みでは相手はゲームをしているという。わざわざ北から一個一個拠点を潰しているのがその証拠だという。だがならなぜ娘は四方院の秘密を知りたがる? 四方院の秘密を知りたいなら最初から宗家のある本邸を狙った方がいい。相手が本当にあの女なら、四方院家全員でかかっても負けるかもしれない。やはり遊んでいるのか?
考えながら、潰された拠点に×印をつける。次に狙われる拠点は予想できる。少女たちが起きたらそちらに移動しなければ。これ以上四方院の名を汚されるわけにはいかなかった。桜夜が一旦の方針を決めると、不意にドアがノックされた。
「あの、桜夜様。まだいらっしゃいますか?」
「ん? なにかあったかい?」
「いえ……あの、中に失礼してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
応接室におずおずと入ってきたのはリオだった。彼女はなぜか桜夜のとなりに座ってきた。
「あの、サイカちゃんから聞きました。わたくしたちのためにサイカちゃんが桜夜様と契約したって」
「ああ、確かにしたな」
「その契約、わたくしにしていただけませんか……?」
「は……?」
桜夜を押し倒したリオはなおも言葉を続ける。
「お願いします。わたくしはどんな目にあったってかまいません! だから……」
それ以上の言葉を遮るように、桜夜は彼女の唇に左手の人差し指を押しあてた。
「そういう交渉はもっと大人になってからしなさいな。特に君みたいな魅力的な子はね」
桜夜の言葉に水の少女は涙を流し、桜夜の胸に顔を押し当てて泣き出した。
「お願いします……どうかサイカちゃんにひどいことをしないでください」
「大丈夫だよ」
弟分たちに接するときのような優しい声で言うと、右手で彼女を抱き締め、左手でその髪を撫でた。あの女と戦う以上、向こうの戦力は少しでも減らし、こちらの戦力は少しでも増やさなければならない。だから少女たちが裏切らないよう、自分に心酔させる必要があった。
(人心掌握は宗主様の専売特許なんだがなあ)
自分の得意分野ではないと、心の中でため息をついた。策略家としての才能がないでもないが、人の心はいまいちよくわからなかった。そんなことを考えていると、リオが顔をあげてこちらを見つめてきた。
「わたくしが、わたくしがあなた様をお守りします。たがらサイカちゃんとホムラちゃんを守ってください」
リオはそういって軽く口づけをした。その行為に恥ずかしくなったのか、少女はバネのように飛び上がり、部屋を飛び出した。
「おやすみなさいませ!」
という言葉を残して。桜夜は自分の唇に軽く触れる。魔女の口づけはただの口づけではない。契約だ。
「いやあ、まさかリオちゃんとも契約しちゃうとは困った困った」
あはははと笑ったとあと、桜夜は軽くため息をついた。
to be continued
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