〈幕間〉アセロン本島軍事拠点にて
アセーナ湾に浮かぶ島々のうち最も面積が広いアセロン本島には『歌いびとの聖域』と呼ばれる聖殿と、
自分と青年をどんな関係だと解釈されたのか、何にしても誤解だろうが、今さら反感を恐れるゼレスでもなかった。最低限、邪魔をされなければいい。
海賊船を
カミル国王は人
しかし王軍には人
不要な接触を避けるため王軍にはアセロン本島宿営地への待機を命じ、
拠点にしている狭い仮小屋で報告書を書いていたゼレスの耳に、控えめなノックの音が聞こえた。ペンを止めて促せば、木製の扉を押し開け入ってきたのは
「ゼレス、お疲れ様。ホットココアいれてきたけど飲む?」
「お、ありがとな。そろそろ頭が疲れて甘い物が欲しかったところだぜ」
「それなら良かった。ここに置くよ」
王への
座れよ、と椅子を押しやれば、青年はマグカップを机に置いて素直に腰掛けた。甘く温かな湯気がふわりと鼻先をくすぐり、ゼレスの腹が控えめに空腹を主張する。アセロン本島で飲料水は確保できるが、食糧品は港湾都市からしか調達できなかった。一日の半分を携行食で済ませるしかないのもなかなかに辛い。
「ゼレス、お腹すいてんの?」
「城と違ってそもそも食い物が少ねぇからな。まさか
溜め息混じりに愚痴を吐き出すと、熱いココアに息を吹き掛けつつ
優雅とは言えない飲み方に驚いたのか、向かいの席からしげしげとこちらを観察していたユーリスと目が合った。
「何だよ、美味いぜ?」
「なら良かったけど……ゼレスって、噂よりぜんぜん真面目なんだな」
どんなだ、と聞き返すまでもない心当たりにゼレスは苦笑した。カミルは
今回の討伐にサガミは同行していない。彼なら
領主のカーティスは王と同じく
「おまえこそ、ずいぶん真面目に付き合ってくれるじゃねーか。シェルシャと違って大将に
「なに言ってんだよ。カミル様は俺を助けてくれたんだから、尽くすのは当然だろ」
彼は本気で王へ恩義を感じているらしく、ベッドから起きられるようになるとすぐ『仕事』を求めたがり、王に休むよう命令されてようやく引き下がるほどだった。ノーザン王宮は常にまともな人材が不足しているので、ユーリスが心底から王を慕って居着いてくれるのなら、ゼレスとしては願ったり叶ったりなのである。
「俺はお前が来てくれて助かったぜ。あと少しで任務も終わるし、城へ戻ったら美味いもの腹一杯食わせてやるからな」
「腹減ってんのはゼレスじゃん。俺は携行食で間に合ってるから、気にすんなよ」
「大将からユーにはちゃんと食わせるようにって言われてるんだよ」
「何だよそれ。カミル様、心配しすぎだろ」
眉を寄せてココアを飲む青年の頬が色づいているのは、熱い飲み物のせいか、それとも。
仕事に真面目でよく動く彼が同じ相手を敬愛しているという事実を微笑ましく思いつつ、ゼレスは残り少なくなったココアを一気に飲み干した。今回こそ無駄な犠牲を出さず任務を終えられそうだと思えば、空腹など苦にもならない。
「さて、もう一仕事するか。ユーは先に湯浴みしていいぜ」
「ありがと。……あ、そういえばゼレス」
報告書作成の続きに戻ろうとしたところで、ユーリスが何かを思い出したのか声を上擦らせた。手を止め見上げれば、彼は視線をさまよわせ周囲を確かめてから囁くように言った。
「港湾都市で被害報告書を回収してた時に、カミル様そっくりの人を見たんだ。赤髪で、青色の腕章を付けていて、
「
思わず大声をあげてしまい、慌てて自分の口をふさぐ。誰が聞いているかもわからないところで、ユーリスの気遣いを無にするところだった。
「やっぱり、あの人そうなんだ。てことは」
「青色の腕章は領主の
ルエル村でシャイルが革命軍と行動を共にしていたのをゼレス自身も目撃している。後日調査をしたところ、村はまったく焼けておらず、住民は退去した後だったという。
天才的な精霊使いであるカミルの魔法を止められる者など今まで見たこともなかったが、弟のシャイルであれば有り得なくもない。カミルはいつも弟へ精霊の加護があるようにと祈っているのだから。
領主が個人的にシャイルと知己なのか、それとも革命軍と繋がっているのか――どちらにしても、看過できる話ではなかった。
「ごめんなゼレス。俺が、ちゃんと調べれば良かった」
「いいや、どっちにしても引き上げる前に領主と書類のやり取りはしなきゃならねぇし、丁度いいさ」
仕事が増えたとして、敬愛する主君の探し求めている相手について手掛かりが得られるのだとしたら、むしろ願ったりである。
表情を曇らせるユーリスの頭を撫でてもう一度湯浴みを促してから、ゼレスは残った仕事を片付けるため、改めて机に向き合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます