[PT-2]『夜桜の魔導工房』


「ヴェルクが言ってた馴染みの鍛冶屋かじやって、バルクスにあるの? それなら僕、空間転移テレポートで連れていけるよ」

「まじか。すげえ助かる」


 山積みになっていた仕事も一段落し、朝食の席でヴェルクが「武器の調達に行こう」と持ちかけてきた。目的の鍛冶屋かじやがエレーオル国の主要交易都市バルクスにあると聞いて、シャイルは驚く。以前に住んでいたのがまさにその街だったからだ。

 エレーオル国の王は人間族フェルヴァーなので人間族フェルヴァー国家として扱われるが、実際には多種族混合国家と言ってもいい。正式な国民であれば種族格差はなく、魔族ジェマであっても居住と就職が容易だった――というのは三年ほど前までの話で、最近は少し事情が変わってきている。


 バルクス市は商業施設だけでなく教育関係の施設も充実しており、シャイルが育った託児院も国家運営の施設だった。この世界情勢にしては珍しく大きな学校があり、他種多様な専門技術を学ぶことができるので、他国からの留学者や入学希望者も多かった。

 二年前、学校――正式名称は「エレーオル国立ルビウス職業訓練学校」という――の生徒や卒業生ばかりを狙った連続猟奇事件が起きた。検問を潜り抜けて市内に潜伏していた人いの魔族ジェマが現地の犯罪集団とつるみ、就職活動中の学生を騙して連れ去り殺害するという事件である。


 犠牲者が二桁を数える前に市民の協力と保安部隊の奮闘よって犯罪集団は討伐され、殺人犯の魔族ジェマも捕縛され王命によって処刑されたというが、この事件が地域の住民感情へ与えた影響は計り知れない。

 犠牲者の友人や親族を中心とした魔族ジェマへの排斥運動が起こったり、若者集団による魔族ジェマ狩りが相次いだり。ついには訓練校の著名な教師がひどい暴行を受け、命は取り留めたものの長い休職を余儀よぎなくされた。


 事態を重く見た国王が特務隊を任命し、状況改善の施策を始めたという。シャイルの家が暴徒に襲撃されたのはその直後だから、間が悪いというか運命的だったというか。

 正直まだ、交易都市へ赴くのには抵抗があった。しかし、質の良い品物を求めるならバルクス市以上の場所はない。いざという時にはヴェルクのポケットへ隠してもらおう。

 ヴェルクは留守中の取りまとめをガフティとリーファスに任せたようだが、魔法による移動なら砦を留守にする必要はなさそうだ。不測の事態に備えて念のため、二人に声を掛けたあと、シャイルはヴェルクを連れて懐かしい地に赴いたのだった。




 目的の鍛冶屋は繁華街ではなく、無骨な建物や工場が雑多にひしめく工業区画にある。店と工場を兼ねた建物の地味さは客寄せを考慮しているように見えなかったが、看板だけは、綺麗に磨かれた楕円の金属板に可愛らしい丸文字が硝子片でデコレーションされている。店名は『夜桜の魔導工房』という、愛らしいのか物々しいのか判断に困るものだった。

 ヴェルクが声を掛けて扉を押し開けると、硝子のドアベルが涼しげな音色で来客を知らせた。奥から甘やかな声が返り、ベレー帽を被った白髪はくはつの女性が顔を出してふんわり微笑む。


「まぁ、ヴェルクさん、こんにちは。可愛らしい彼女さんですね! 今すぐ、夫を呼んできますわ」


 ぴこんと張った白毛の獣耳と、しなやかに動くほっそりした尻尾。おそらく猫獣人ウェアキャットと思われる女性は、砂糖菓子のように愛らしい容姿だった。だから、彼女の口から飛び出したとんでもない勘違いに、理解が追いつかなかった。

 軽やかに身をひるがえす後ろ姿をつい見送り、工房だろう奥のほうで彼女が夫――店主の鍛治師を呼ぶのをぼんやり聞いていると、ヴェルクが隣で「彼女?」と呟く。彼も言葉の認識にだいぶ時間を要したようだ。

 頭半分ほども背の高い彼が、紫色の目に剣呑な光を宿らせて、シャイルの頭から爪先までをしげしげと眺める。何ともいえない気分だ。


「僕、そんなに女子っぽいかな」

「顔だけはな。体格は標準……いや細いか。女には見えねえが」


 やたらと真面目な答えを返され、気分がますます沈んだ。女性と勘違いされたのでも、比喩ひゆ的な意味で彼女と勘違いされたのでも、がっかりの度合いはさほど違わない。

 悲しい気分で自分の指を眺めていたら、大きな黒い影が奥からのっそりと現れた。ヴェルクと背丈が同じくらいの、全体的に黒っぽい獣人族ナーウェア男性。年齢もヴェルクと同じくらいだろうか。彼が先程の女性の夫なら、随分と雰囲気が対照的な夫婦だ。


「おう、いらっしゃいヴェルク。購入か作成か、今日のご注文はどちらで?」


 深碧色ジャスパーの鋭い目に威圧されるが、声と口調は穏やかだった。ヴェルクの視線がちらとシャイルを見る。


「久しぶりだな、アッシュ。今日はこいつに、魔法製の長剣を一つ作ってやってほしい。ちなみに男で、魔法も使える剣士だ。俺は展示の品を見てるから、利き手や重さ、長さなんかは本人と相談でよろしく頼むぜ」

「そんな、怒るなよ。うちのが悪かった、悪気はないんだよ」

「怒ってねぇし」


 獣人族ナーウェアなだけに耳が利くのだろう、彼はさっきの話を把握しているようで、忍び笑いしながらヴェルクをなだめた。

 短い会話ながら情報過多で、どこから突っ込むべきか迷っているうちにヴェルクに背中を押され、アッシュに奥へと招かれる。厚ぼったいノートを二冊抱えた奥方が、シャイルを見てふわっと微笑み首を傾げた。


「工房見学にきたんですか? アッシュの技術は力強くも繊細で、もう何時間だって見ていられるのだけれど、火花は目に悪いのでじっと見続けないでくださいね。そうそう、お茶を淹れましょうか? アッシュも飲みます?」

「リリー、ヴェルクが新作を見たいらしい。解説してやってくれないか。お茶は、購入が決まった後でもいいだろう」

「まあ、それならすぐに行かないとです! 私、じっくり解説してお勧めしてきますね!」


 モスグリーン基調に黒のアクセントカラーが付いた上品なロングスカートは、清楚可憐な見た目によく似合っていたが、おとなしそうに見えた彼女は思った以上に饒舌じょうぜつだった。

 シャイルが圧倒されているうちに彼女は、もう一冊ノートを増やして店のほうへと駆けてゆく。身軽な後ろ姿を見送って、アッシュがくすりと笑った。


「リリー……メルリリアの魔法武器講義は始まると長いから、こちらもゆっくり進めようか。人の技術で剣に付与できる魔法効果は限られてしまうが、ある程度の方向性は選べる。大きくわけて、攻撃系、防御系、補助系、特殊系だな。詳しいことは、……ええと、リリーがノートにまとめていたはずだ」


 工房の棚には、色別にわけられたノートがぎゅうぎゅうに詰まっていた。そこから数冊を取り出し、アッシュは解説を始める。向こうに負けず劣らず、こちらの話も長くなりそうだった。

 オーダーメイドの魔法製武器ソーサリーウェポンがどれほど高価か、正確にわからなくても想像はつく。分割払いは可能だろうかと不安を覚えつつも、時折りひくひくと動く獣耳と楽しげな横顔に気を取られ。気づけばかなりの時間が経っていて、無事に長剣のオーダーは完了していた。

 魔法効果はシンプルに魔力増強を選んだ。シャイルの強みは魔法を使えることと、吸血鬼ヴァンパイアゆえの特殊能力。魔力増強は魔法使いたちが持つ魔術杖ルーンロッドと同じ効果であり、魔法の成功率を高めて威力を底上げしてくれる。視線による金縛りなども、魔力が増強されれば成功率が上がるのだという。

 制作には二日ほど掛かるので、後日改めて取りに来ることになった。支払いもその際でいいらしい。


「だいたいでいいので、価格を聞いてもいい……ですか?」


 砦で及び腰になるのはやめようとは決意したが、お金が絡むことは別だ。手持ちが少ないだけに、ついうかがうような聞き方になってしまう。

 価格交渉は予想の範疇はんちゅうなのか、アッシュがにやりと笑った。口を開くと鋭い犬歯が覗いて、野生みが増す。自分の吸血牙にはコンプレックスがあるシャイルだが、獣人族ナーウェアの牙は格好いいと思う。


「代金はヴェルクが払うそうだ」

「えっ、それは」

「気にするな。個人の戦闘能力が上がることで、部隊の生存率と任務の成功率は上がるのだから。折れない剣を携えることで、救える命もあるだろう。恩義に感じるのなら、金ではなく働きで返してやればいい」

「……はい」


 その通りだ、と胸をつかれた。ヴェルクもアッシュも、見据えているのは世界の趨勢すうせいなのだと知る。であれば、シャイル自身が与えられた剣に相応しくあること。刃を正しく振るい一人でも多くの救いをなすことが、彼らの想いに報いる方法だ。


「さて、そろそろヴェルクの買い物も終わるだろう。せっかく来たんだ、君も展示の品々を見ていくといい」


 アッシュに促され店側に戻ると、案の定ヴェルクも買い物を終えて、メルリリアの淹れた紅茶を飲んでいた。揃って出てきた二人を見て、彼女が追加のお茶を淹れに立つ。

 そのあと四人でしばし談笑してから、シャイルとヴェルクは帰途に着いたのだった。




「ヴェルクは、何を買ったの?」


 魔法による移動はあっという間で情緒もないので、土産屋を回ってから帰ることにする。小袋に詰められた焼き菓子や飴を物色しているヴェルクにそっと尋ねてみれば、端正な横顔がぎくりと固まった。


「予備の短剣ダガーと、手入れ用のオイルと、……魔法製のナイフだよ」

「魔法製の? 展示されてたやつ? 奮発したね」


 深い意味のない、純粋な興味だったのだが、ヴェルクの反応が妙だ。困っているような、むしろ照れているような。もしかしてと思ったところで、彼はぽそりと呟いた。


「自分用じゃなく、贈り物として……買ったんだよ。ミスティアに、御守りとして。リリーが魔法を付与した武器は、精霊の加護が強いって聞いたから」

「……そっか。なるほどね!」

「女に武器を贈るのもどうだよ、って自分でも……おい、何で笑うんだよ。そんな深い意味ねえぞ!」

「うん、大丈夫。わかってるから」


 むきになって言い返してくるヴェルクが可愛く思えたのは、鍛冶屋でシャイルを彼女扱いされて茫然としていた姿と符丁が合うように思えたから、かもしれない。意識する相手がいるなら、望みではない相手との誤解は否定したくもなるだろう。

 戦乱を宿命づけられ、種族的な確執や命題を運命づけられ、彼や自分、砦の皆が進むのは、狭く厳しい、時に自分を殺して駆け抜ける道だ。それでもせめて、心だけは自由に。そう願った。





 次の戦いが始まろうとしていた。

 衝撃の知らせが届いたのは、シャイルの剣が完成し、ヴェルクが勇気を奮ってミスティアへナイフを渡した、ほんの数日後。衰弱した身体で森をさまよい続けた末、砦の偵察部隊に保護された鱗族シェルクの若者は、今際いまわのきわにこう言い残したという。


 ――ノーザンの白き王によって、故郷の集落が全滅した、と。




[Peace Time end. → Mission2〈アセーナ湾海賊討伐戦線〉]

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