第25話 燻製
僕たちはモンスタースポットの攻略を完了させた後、
地下3階層へと下りて野営の準備を開始した。
ダンジョンには野生の生き物がいないので
現地調達はできない。食事は携帯食料に頼るしかない。
煮立てて柔らかくした燻製肉(くんせいにく)のスープやパンといった
簡素な料理を嚥下(えんげ)してゆく。
「それで、先ほどおっしゃっていた
仕掛け弓が割合ダメージだという件ですが、
やっと私にも、貴方様のお考えが
理解できて来ました」
僕の隣で同じく食事を取る機械人形の淡雪が、
匙(さじ)を止めて語りかけてきた。
「いや、お考えなんて、
本当にそんな大層なものじゃない。
それにまだ、可能性がある、
ということに過ぎないんだから」
だが淡雪は頭(かぶり)を振る。
「いいえ、同じ事実を目にしながらも、
とても私には思いつくことができない発想です。
気付かれたのは、やはり仕掛け弓を4回、
射掛(いか)けられたオークが
倒れなかったからでしょうか」
そうだ、と彼女の言葉に相槌(あいづち)をうつ。
「どう考えても計算が合わなかったからな。
オークの体力は17。火炎弾のダメージは12だ。
最初、1階層で戦ったオークは、
仕掛け弓でダメージを負った後、火炎弾一撃で死んだ。
つまり、仕掛け弓は少なくとも5以上のダメージだと推定できた。
だが、2階層で仕掛け弓に4回射抜かれたオークは
絶命せずに僕に襲いかかってきた」
だとすれば、と続ける。
「何か異なったダメージ理論があるんじゃないか、
そう思ったわけだ。だがな、淡雪、
この説には非常に大きな仮定が横たわっている。
何かわかるか」
彼女は左手に光る朱い指輪を弄(いじ)りながら答えた。
「ただの偶然、でしょうか」
そのあっさりとした回答に、僕は大いに満足を覚える。
「その通りだ。別段、仕掛け弓が毎回、
同じダメージを与えるとは限らない。
頭、銅、腕、足、どこへ当たるかによって
ダメージは変化する。
そう考えることもできるだろう。
いやむしろ、その可能性の方が高い」
そうですね、と彼女も同意する。
「とはいえ、その次に実践されたテストに
おかれましても、貴方様の推測を
裏付ける結果だったのでしょう」
「まあ、そうだな」
僕は淡雪の言葉を認める。
「4回の仕掛け弓で死ななかったことで、
一つ実験をしてみようという気になった。
それは1階層で行ったオーク討伐の手順を
逆にしてみるということだ。
つまり、仕掛け弓の後に、火炎弾、ではなく、
火炎弾の後に、仕掛け弓を射掛(いか)けた場合、
どうなるだろうと考えたわけだ。
しかも、ダメ押しとばかりに2回射掛ける。
これでもしもオークが生きているとすれば」
彼女がいつもの冷えた鉄のごとき声音(こわね)で言った。
「割合ダメージの可能性が限りなく高い、
ということですね」
僕は頷(うなず)きつつ補足する。
「正確には、残り体力に対する割合ダメージ、
ということだけどな。結果はご覧の通りだった。
火炎弾の後に仕掛け弓を2回当てたにも関わらず、
オークは生きていた。しかも3体ともだ。
それら結果から、僕はこの罠が、
残り体力に対して少なくとも25%以上の
ダメージを与える、と推察したわけだ」
淡雪は少し首を傾げた。
「貴方様、その25%というのが少し分かりません。
一番最初にオークと戦われた時、
仕掛け弓のダメージは5以上だったのでしょう。
オークの体力は17なのですから、
30%以上、というのが正解ではないでしょうか」
17の25%は4.25なのですから。
表情からは読みとれないながらも、
どこか恐縮したようにそう言葉を続けてくる。
僕はその指摘を、もっともな意見だと素直に受け取った。
「そのとおりだ。だがな、淡雪、
4.25という数字をどう扱うかは
少し慎重になったほうがいい」
彼女は、よく分からない、といった風に、
こちらをじっと見た。
「いや、そんなに難しい話じゃないさ。
世の中には4.25を5と解釈する時も
あるというだけだ」
ただの小数点切り上げの話である。
「なるほど、そういうことですか。
ですがそれですと、24%の時でも成り立ちそうですね」
僕はあっさりと頷きつつも、
「4.08だからそうだな。ただ、あまり細かく計算する
意味はあまりない。おおよその割合が算定できれば
それでいいんだ。今回の5%きざみくらいでね」
と返事をした。
随分といい加減な話かもしれなかったが、
淡雪は素直に聞き入れてくれる。
「なるほど、そういうことですか。
それにしてもその深謀遠慮(しんぼうえんりょ)には恐れ入るばかりです。
私も一層、努力して貴方様を支えられるよう
邁進(まいしん)する次第です」
力の篭(こも)った宣言をする機械人形だったが、
一方の僕は残念そうに肩をすくめた。
「期待してくれるのはありがたいんだが、
しかしより詳細な検証は無理なんだ。
もう少し具体的に何パーセントか分からないんじゃ、
命がかかった戦闘に組み込むなんて、とてもとても。
せめて、25%なのか、そうでないのか分からないとね。
けれど、ゴブリンと同じ防御力のモンスターは、
このあたりの階層だとオークの他にはいないからな。
これ以上の実験はできない」
「そうですか、ですが優れた知見であることには
変わりございません。
それに、今すぐには役にたたずとも、
もしかすると今後、とても重要な局面で
活(い)きてくるかもしれませんよ」
そんな風に前向きな意見を述べる淡雪に礼を言うと、
僕は最後のパンのかけらを口へと放り込んだ。
そして、先日から始めた人形の髪梳(かみす)きを
始めるのであった。
・・・
・・
・
ここ地下3階層からは新しいモンスターとして、
ワイルドボアが追加で出現するようになる。
これまで戦ってきた奴らとは違って、
スピードが段違いに早い。
特に速度を活(い)かした突進は、
簡単な岩や木であれば一撃で粉砕(ふんさい)するほど強力だという。
なので、正面からやり合うのは得策ではなく、
できるだけ側面や背後から攻撃を仕掛けることが
推奨(すいしょう)されている。
そんなわけで、まずは一旦、こちら目掛けて
突っ込んでくるワイルドボアをぎりぎりでいなしてから、
その隙を狙うのが定石とされているのだが。
「くそっ、また失敗したか」
逃げ遅れた僕は、
オートマターに荷物のごとく腕に抱えられ、
通り過ぎてゆくモンスターの後ろ姿を見送った。
「まだ、たった5度目でございますからね。
それに随分、タイミングが良くなって来ておりますよ。
きっと、遠からずコツを掴まれるかと」
そう言って僕を地面に下ろす人形へ礼を言うと、
再度、ワイルドボアの方へと視線を移した。
モンスターはまたしても
得意の体当たり攻撃がいなされたことを知り、
怒髪天(どはつてん)を衝(つ)くとばかりに咆哮(ほうこう)すると、
ついに6度目となる突撃を繰り出してきた。
さすがの僕でさえも、
これだけ同じ行動を繰り返す敵の攻撃に
目が慣れてきたのか、今度こそ逃げ遅れることなく
その突進をぎりぎりでかわすことに成功する。
だが僕は安堵する暇(ひま)なく、
とてもつもない勢いで駆け去る相手を
全力で追いかけた。
そして、走り寄るスピードを殺さずに、
今しも振り返らんとする奴の臀部(でんぶ)へ、
手に持った小剣を容赦なく突き刺したのである。
ワイルドボアの口から凄まじい絶叫が上がり、
身悶えるようにその場で暴れ始めた。
その際、すごい勢いで振り回されて、
モンスターに刺さった僕の獲物(えもの)から
つい手離してしまう。
しまった、と思い、慌てて一旦、
態勢(たいせい)を立て直そうと後ずさる。
だが、モンスターの目が僕の方を捉えるのが分かった。
その瞳は、こんな目にあわせた相手を射殺さんばかりの
恨みに濡れたものだ。
そして今まさに、怪物が咆哮を上げつつ、
目の前の人間へ、その鋭い牙を持つ顎(あぎと)で
襲いかかろうとした時だった。
黒い塊が僕の上を通り過ぎ、
ワイルドボアの顔面に突如、覆いかぶさったかと思うと、
次の瞬間、怪物の唸(うな)り声が嘘のように収まり、
そしてゆっくりと、その巨体を横倒しにしたのである。
「貴方様、今度から剣(つるぎ)を突き刺された後は、
できれば体をずらして頂けますと助かります。
ナイフの斜線上にいらっしゃると投擲(とうてき)が出来ませんので」
そう言って、モンスターの口内から
腕ごと突き刺したナイフをずるりと引き抜いた。
美しい容貌の機械人形が行う、
その凄惨なる殺戮の光景はどこか倒錯的である。
白い肌(はだえ)に飛散した血しぶきも
なぜか艶(つや)めいて見えるのだから不思議だ。
「フォローしてもらうのは予定通りだったとはいえ、
さすがに肝が冷えるな」
汗を拭(ぬぐ)う僕の様子に、
淡雪が背嚢(リュック)からハンカチを取り出す。
「本当に勇ましいお姿でした。
ですが貴方様、少々お顔が汚れていらっしゃいます。
ついでですので、綺麗に致しますね」
そう言って、水で布を濡らすと、僕の顔を拭(ふ)き始めた。
必要以上に丹念だが、彼女のしたいようにさせておく。
「そういう淡雪も汚れてしまっているようだが」
「私のはモンスターの血ですから。
1分も経てば消えてしまいます」
それもそうだな、と僕は頷く。
なので、せめて彼女の乱れた髪を手櫛(てぐし)で整える。
「よし、これで綺麗になった」
そう言って僕が手を離すと、
淡雪がこちらの顔にハンカチを当てながら呟いた。
「ナイフを投擲(とうてき)するだけが能ではございませんね。
今後は近接戦闘も実施してまいろうかと思います。
ええ、色々な技術を試しておくことが大切ですから」
何か先ほどの戦いで思うところがあったのか、
機械人形が唐突に意思表明をしたので、
僕は分からないなりに頷いておく。
「それはそうと淡雪、
たしか地下4階層への階段がこの辺(あた)りだったろう。
少し早いが下りてしまってはどうだろうか。
別段、敵の構成は3階層と変わらなかったはずだから、
このフロアをこれ以上うろうろとする意味もないと思うんだが」
そう言って相談すると淡雪はぎこちなく首を傾げた。
「はい、それは結構なのですが、実は先ほどから、
やや気になる魔力音の移動があるのです」
ふむ、と僕は続きを促す。
「私の魔力音の感知範囲に、
地下5階層の一部が入っているのですが、
そこで感知した魔力音が、
先ほど地下4階層に現れたのです」
僕は首を傾げて質問する。
「たしか、ダンジョンに出現するモンスターは
階段を利用することができない。
そのため階層を越えて移動することはないと、
レポートにはあったはずだ。
つまり、その魔力音は冒険者たちのものだろう」
だが、淡雪は軽く頭(かぶり)を振って、
「いえ、5つの魔力音が集団で移動しております。
ゴブリン、オークが2体ずつと、
正体不明のものが1体おります。
最後の1体がモンスターなのか、
それとも冒険者なのかは、
これまでの魔力音の記録パターンになく判別不可能です」
ううむ、と呻き声をあげる。
「いずれにしても、ゴブリンやオークが、
地下5階層から4階層へ移動しているということか。
レポートも完全というわけではないということだな。
それで、その集団は今どこにいる」
はい、と彼女は答える。
「この移動経路から推察しますに、
まっすぐ、ここ地下3階層への上り階段に向かっております。
あと10分程度でたどり着くでしょう」
僕は顎(あご)に手を当てて少し考えると、
直感に従って判断を下す。
「どこか厄介な匂いがするな。
だが、闇雲に避けるのは対象を見失ってしまい得策じゃない。
今回は確実にやり過ごすこととしよう。
その集団の行動パターンを聞くに、
次は2階層への階段に向かうだろう。
その移動経路を避けつつ、
地下4階層への下り階段が見える位置で待機したい。
誘導を頼めるか」
彼女は無言で頷くと、先を歩き始めた。
そしてリスクエスト通り、
階段の様子を覗き込みやすい死角へと移動する。
僕は先ほどの戦闘の疲れを癒すために、
壁に背をもたせかけて、しばし目を瞑(つむ)った。
そうして、およそ10分が経過した頃、淡雪が口を開く。
「やはり、3階層へ上(のぼ)って来るようです。
今からおよそ13秒経過後、姿を見せます」
僕は心の中でカウントダウンしながら、
固唾(かたず)を飲んでその不思議な集団が現れるのを待つ。
そしてついに、僕は彼らの姿を視界に収めたのである。
それは、淡雪が言っていたように、
計5体で組織されたモンスターの集団であった。
ゴブリン、オークがそれぞれ2体ずついて、
中心に1体、見知らぬモンスターが見える。
だがそれは、レポートには記載がない造形の怪物であった。
「あれは、蛇か」
数メートルはありそうな大蛇が
鎌首をもたげながら悠然と周囲を睥睨(へいげい)していた。
僕が淡雪の方を見ると、彼女も頭(かぶり)を振る。
どうやら、僕がレポートの内容を
忘れているわけではないようだ。
しかし、そんな瑣末事(さまつごと)は、
次に起こった出来事により、
一瞬にして吹き飛んでしまった。なぜならば、
「ああ、超だるかったぜ。まあ、こんだけ異界化してりゃ、
月の連中もここを利用することはできねえだろう」
どう見ても人とは思われない蛇の口から、
聞き間違いようのないほど明瞭に、
人語による独り言が漏れていたからである。
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