61.市場での騒動
「な、なに···?」
聞き慣れない激しい音に驚きつつ、反射的に音がした方を見ると、露店の店前で言い争うような男達がいた。
思わず見ていると、1人の男が私の視線に何か気付いた様子で慌てて仲間たちに声をかけ、何やら捨て台詞を言いながら落ちていた果物のような物をそこに投げつけると、足早に立ち去って行った。
男達が居なくなった事で見えた。
露店の商品の上に、
リズが顔を顰め、その様子を見る。
「あれは···獣人ですね」
「獣人!?」
その言葉を聞き、倒れている男性を見てみると、確かに頭に犬の様な尖った獣耳がついていた。おしりの辺りにはフサフサのしっぽも見える。
獣人!!さすがファンタジーな世界だわー。
「おい!商品がめちゃくちゃじゃねーか!!」
「···っ!」
露店の店主と思われるオジサンが、獣耳の男性を怒鳴りつけた。
獣耳の男性は起き上がろうとしているようだが、身体が痛むのかなかなか起き上がれない。
「···あれって、店の商品が潰れたのは可哀想だけど、悪いのは彼を暴行した男達じゃないの?」
「どっちが悪いとか関係ないんですよ。フォレスタ王国の殆どが人族です。この国は元々他の種族への偏見や差別が酷いですが、中でも獣人は···現在の国王に獣人族の長の娘が側室として迎え入れられ、フォレスタ王国と獣人族の間で条約が結ばれた事で表向きは差別がなくなったはずではありますが彼の、首元と···顔を見て下さい」
そう言われて獣人の青年を見ると、首には金属でできた大きな首輪が着けられていた。そして頬には、刺青の様なものが描かれているのがわかる。
「あの首輪は奴隷の証です。でも、彼はただの奴隷ではありません。あの顔に描かれている印はーー···隷属の証です。
主人への絶対服従の証であり、命令を違えると全身に強烈な痛みが襲うようになっている···呪いの様なものです」
「なんで···?ジルティアーナの記憶には何十年も前に奴隷制度は禁止されたって···」
「ええ。奴隷制度は禁止になりました。···表向きは。
あの者が人族であれば奴隷にする事は許されなかったでしょう。ですが、彼は獣人族です。
獣人族は人ではなく、人に従う者。その意識が未だに根強く残っているこの国では、彼に同情する事はあっても、助けようとする者はあまり居ないのです。
貴族が平民を同じ人間だと思わぬように、平民も獣人を同じ人だと思わず、自分達が貴族にされている様に獣人を扱う事で、“ 獣人達より自分達のがマシだ”と思い、国や貴族達は自分達に向けられる可能性がある不満を外らす効果があるのです。なので違法な事だとは皆が解っていても、黙認しているんですよ」
そんな···。愕然としながら、屋台の方を見ると、ひたすら頭を下げる青年に対して、怒鳴り続ける店主。
更にそれを冷ややかな目でみる沢山の目。でもそれはーー···
自分達の生活は大変だけれども、獣人よりはマシだ。
獣人なのだから、理不尽な目にあうのは当たり前だ。
ーーそんな風に、蔑んで彼を見ているんだ。
その光景に私は唇を噛み締め、拳に力を込めたー···。
「どうしてくれるんだ!?もう売り物になんねぇよ。
当然、弁償してくれるんだろうなぁ?」
「···すみません」
「すみませんじゃねーんだよ!謝ってほしいんじゃなくて弁償しろって言ってんだよ。
もしくは今すぐ、元通りにしてくれ!」
「それは···」
店主の怒鳴り声も、
周りのバカにするような笑い声も、
本当に不愉快。
「ねぇ」
突然現れた私に、視線が集中した。
「なんだ······っ!
なっ!な、なにか御用でございましょうか?」
私に背を向けていた店主はうるさい!と言いたげに、イラついた様子で振り返ったが、私の姿を見ると言葉遣いを改めた。
今の私は位が低いと言えども、お貴族様の格好だ。
おそらく暴行していた男達もお貴族様に絡まれたら面倒だと思い、私の視線に気付き逃げたのだろう。
平民向けの店の店主は貴族対応に慣れていないのか、戸惑う様子が見て取れる。
そんな店主に私は聞く。
「これは、酷い状況ねぇ」
「え?···そ、そうなんですよ!この獣人の野郎が滅茶苦茶にしてくれたもんでして···」
「まぁ!そうなの。
どうしてこんな事になってしまったのかしら?」
へらっと笑いながら手を揉み、絵に描いたようなゴマすりをしながら私に言ってきたので、私は驚いたように口に手をあて、声を上げた。
そんな私の様子をみて、味方にでもなると思ったのか、店主はニヤリと笑うと饒舌に語り出した。
「この獣人の野郎が先程のお客様と、そこでぶつかったようでして···。
なのに、そいつがちゃんと、誠意を持って謝罪せずにいた為に、あの方達が怒って殴ったら、この野郎がウチの商品の上に倒れてきたんですよ!」
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