14.誤解



イザベルお母様に【聖霊の卵】を取り返した事が伝わる前に、さっさとクリスディア領へ向かいなさい」



そう言い残し、ミランダさんは部屋を出て言った。

その言葉を受け、出発の準備を急ピッチで進め、本来は昼過ぎに出発する予定だったのに急遽午前中に出発する事になった。



ーー・・・・・・ーー



あっという間に支度を整えられ、私たちは今から乗るという馬車の前にいた。

私も長時間の馬車移動に備え、いつもより簡易的なワンピースドレスだ。

・・・元庶民の日本人としてはヒラヒラが付いてたりして十分豪華なんだけどね。


エリザベスさんも私を見送った後、すぐにヴィリスアーズ家を出るらしく、いつもの侍女の服ではないパンツスタイルだ。

この世界に来てから女性のパンツスタイルを初めて見たので新鮮だが、スタイルが良くクールな印象の彼女によく似合っていた。



「エレーネ、ジルティアーナ様の事、頼みますね」


「精一杯務めさせて頂きます」



そんな2人のやり取りを見ながら私はある事を決め、声をかけた。



「エリザベス」



これを。と私は小さな袋をエリザベスさんに渡した。



「これは?」


「今は開けないで。私が出発した後に見て下さい」



エリザベスさんが何か言い返そうとしたようだが、私はそれを遮るようにエリザベスさんに袋を渡すと、そのまま彼女の手を握り言葉を続けた。



「今まで····ありがとう。この1ヶ月、どうしようかと思った事が色々あったけど·····貴女が居たからやってこれました。

これからはクリスディアで私らしく生きられるよう頑張ってみようと思います」


「・・・はい。そう出来る事を、私も願っています。

ジルティアーナ様。クリスディアへの道程、慣れない長旅で大変かと思いますが、お気をつけて下さいませ」



お互い、エレーネさんや他の使用人等が居たため普段の話し方ができず、話もぼかした言い方になってしまったが、手を握り目を見て話し、お互いの気持ちは伝えられたようだった。




私はエレーネさんと共に馬車に乗り込み、馬車から離れて行くエリザベスさんの背中を見つめた。


これからはーーー・・・エリザベスさんに頼らず、頑張らないと。


エリザベスさんが居なくなると聞いてから、心の中で何度も思った事を自分に言い聞かせる。

またエリザベスさんが居なくなる事への不安や悲しみに襲われた。

自然と涙が溢れ、声にならない音を出してしまった。

コレも、ジルティアーナの記憶のせいなのだろうか?



「・・・っ申し訳ございません」



か細い声が聞こえそちらを見ると、向かいの席に座っていたエレーネさんが怯えたような様子で小さくなっていた。



「申し訳ございません・・・平民の私が直接、ジルティアーナ様に関わるなど、あるまじきことかと存じます。

至らぬ事もあるかと思いますが・・・」



・・・・・・え?

もしかして、平民なんかに世話されたくないわ。と思って私が泣いてると思われてる!?


そう言われれば、下級といえど同じ貴族の侍女にさえ何かミスをした時は義母は食事を抜いたり、鞭で打つなど罰をあたえていた。


それが、“ 同じ人とは思わない ”と言われる平民では、恐らく理不尽な思いをする事が多く、ただ気に食わないという理由だけで虐げられる事もあるのかもしれない。



「違うの、エレーネさん」



とりあえず誤解を解かなければと、震える彼女に声をかけた。



「決して貴女に問題があるわけじゃないの。恥ずかしいけど私・・・エリザベス、と別れるのが不安で・・・」



言っていて恥ずかしくなってきた。

エリザベスさんが居なくて泣くとか子供か!ジルティアーナになってから感情のコントロールが出来なくて、ほんと嫌になる。



「わかる・・・ような気がします。

私もエリザベス様のお側を離れるのがとても心細いです。たった10日間くらいの事がとても長く感じてしまいます」


エレーネさんが励ますように言ってくれた。でも、たった10日間て・・・もしかして・・・



「クリスディア領に私を連れてったら、エレーネさんもエリザベスと一緒にいっちゃうの・・・?」



そう聞いた後、「私・・・本当に独りになっちゃうんだ・・・」そう呟くと、ますます不安に襲われた。

私は、やっぱり独りなんだ。エリザベスさんが居ないだけでも不安だったのに、エリザベスさんから信用できる人としてエレーネさんを付けて貰えて少し安心してた。

でも、エリザベスさんの主がジルティアーナであるように、エレーネさんの主はエリザベスさんなんだ。



「ジ、ジルティアーナ様!?」


「・・・っ!ごめんなさい、でも、止め・・・られない・・・。ふぇん・・・っ!」



情けない声をあげ泣いてしまった。

泣いたりしたらエレーネさんに気を使わせてしまう。

だから泣き止まなくちゃ。と思うのに、涙どころか嗚咽が漏れてしまった。

エリザベスさんとエレーネさんが行く所へ私も連れていって!!

と叫びたくなったが、今の私は何の力もなく足手まといになるだけだと解るので言葉に出せず、またそんな自分が情けなくて涙がボロボロ出てきた。


するとフワリと頭から全身を覆う大きなローブをかけられた。



「差し出口かもしれませんが・・・ジルティアーナ様は何か思い違いをしてるように思えます」



・・・何を?


と、呆気にとられているうちにエレーネさんは馬車の扉を開け、御者と何やら言葉を交わしたあと、私の手を引いた。



「ジルティアーナ様、行きましょう!!」



・・・何処に!?


さっきまでのオドオドした態度とは、全く違う様子のエレーネさんに驚き涙も引っ込んでしまった。

ヴィリスアーズ邸の庭を走る。


庭、広っ!?

て、どこまで走るのーーーー!!?






はぁはぁはぁーーー・・・や、やっと止まった。

息が上がり、膝に手を着く。

エレーネさんに連れられ、屋敷の裏手まで来てしまった。

この身体・・・若いから体力あるかと思いきや、運動不足のせいで本来の私よりも疲れやすい気がするわ・・・。


そんな事を考えてると、驚くような声が聞こえた。



「エレーネ・・・?と、ジルティアーナ様!?

どうされたのですか?」



息を切らす私に心配そうに近づいてくるのは先程、涙ながらに別れたばかりのエリザベスさん。


いや、どうされたかと言われても私にはサッパリ・・・と思っていると、エレーネさんが声をあげた。



「エリザベス様!今回、馬車に私が同乗する事。ジルティアーナ様に何て説明されたのですか?」


「私は一緒に行けないので、エレーネが同乗するとお伝えしましたが・・・?」


「同乗出来ない理由はお伝えしましたか?」


「いえ・・・」



そこまで会話をすると、エレーネさんが溜息をついた。



「ジルティアーナ様は、もうエリザベス様が御自分の侍女ではなくなると思ってるようですが?

クリスディアに行くにあたり、エリザベス様が居なくなり独りになるのが不安だと泣いておられました」



やめてーー!!そんな恥ずかしいことバラさないで!と、心の中で叫ぶとエリザベスさんが驚いた様子でみてきた。



「違います!馬車には一緒に乗れないのでエレーネに任せお側を離れるだけで・・・!

クリスディアでもお側に居させてください」



え?居なくなるのはクリスディア領へ行くまでの間だけの話だったの?

そう思うと気が抜けて、思わずしゃがみこんでしまった。



「本当に?これからもエリザベスさんが私の側に・・・居てくれるの??」


「申し訳ございません。私の言葉が足りなかったみたいですね」



苦笑いの顔で、エリザベスさんは私に手を伸ばし立ち上がらせてくれた。


良かった・・・。これからもエリザベスさんが側にいてくれるんだ!


そう思い今度は嬉しさと安堵から、じわりと涙が出てきたが・・・


べろん!


と、その涙は舐めとられた。

ビックリして横をみると、そこには真っ黒なお馬さん。綺麗・・・黒色のツヤツヤの毛並に深い緑色の宝石のような瞳だわ。と見とれていると



「せ、聖獣様!?」



それを見てエレーネさんが驚きの声をあげた。



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