14.付近の村へ
「どうして人がいないの……?」
「……魔物が普通に村の中に入り込んでいるみたいですね」
リクが指差した先には四足歩行の獣のような魔物。唸り声を上げて我が物顔で村の中を闊歩している。その魔物が私たちに気付いた瞬間猪突猛進してきた。猪、という単語が真っ先に頭に思い浮かべた私に対して、私たちの前に躍り出たリクは刀を構えたった一太刀で魔物の身体を真っ二つに斬り裂く。あまりの手際の良さにカミラが私の視線を遮ろうと手で覆い隠そうとしたけれど間に合わなかった。
ハルバの「お嬢ちゃんの前で……」という声はリクには届かなかったようで、刀に付いた血を横に振り払ったリクは私に振り返る。
「碑石のところまで行きましょう――サヤ」
「……! うんっ」
村近くにある碑石がどういう状態になっているかわからない。でも見に行かなきゃ、そう思い急いでリクの元まで駆け寄る。そんな私たちの後ろをカバーしてくれるようにハルバとカミラが付いてきた。
サブノック国の碑石はフェネクス国とは違って領地の端々にあるけれど、城付近ではない村には碑石が近くに設置してあった。前までは村を守るために置いてあるのかなとは思ったけれど、今のサブノック国のことを思うとそう考えるのは難しい。
魔物に襲われそうになりながらもそれらすべてリクが倒してくれて、私は一直線に碑石へと向かった。一度来ているから例え霧が濃くてもどこにあるか覚えている。あともう少しで、というところで再び四足歩行の魔物が現れたけれど、後ろから駆けつけたハルバがあっという間に倒してくれた。そんなハルバにお礼を言いつつ、急いで碑石に駆け寄る。
「砕けてる……?!」
「サヤ、修復できますか?」
「……もちろん……!」
風化しているのはよく見たけれど、目の前にある碑石のように砕けている状態で見るのは初めてだった。けれど、聖女の力があれば。碑石の前に屈んで手をかざす。急がなければまた霧から魔物が現れてリクたちがその対応に追われてしまう。今のところ三人とも強いから怪我がないようだけれど、数が増えるとどうなるかはわからない。
手から淡い光が出てくる。今まで何度も見てきた光だけれど、とにかく早く直ってほしいと気持ちを込めた。そうしたところで早くなるかどうかは実際わからないけれど魔物がいなくなるために、早く、早く直ってとそれだけを願った。
「早いな?!」
「神官よりも強い力があると、依頼を受けた時に記載してたけれど……本当にいるのね、聖女って」
二人のそんな声を聞きつつ、徐々に手元の力が弱くなる。そっと息を吐き出した頃には周辺の霧は薄くなっていて、出かけていた魔物も霧が晴れるのと同時にその姿を消した。
「サヤ、確か付近にもう一つありましたよね」
「うん、畑の方に。そっちにも行ったほうがいいと思う。あの、ハルバとカミラ。お願いがあるんですが……」
私たちがもう一つの碑石に行っている間に村のことを守ってほしいと告げれば、二人はすぐに首を縦に振ってくれた。
「霧も薄くなってるしリク一人でも大丈夫だろ」
「もしかしたら村に魔物が残っているかもしれませんし、そちらの対応をしておきますね」
「ありがとうございます、二人共」
「お安いご用だって!」
「お気を付けて」
付いてきてくれた人が二人でよかったとそっと胸を撫で下ろした。フェネクス国には聖女の伝承はないから、聖女の力のこともきっと疑っていただろうしもし直せなかったらすぐに王様にも報告が行っていたと思う。偏見を持たれていてもおかしくない、と不安だったけれどそんなことはなかった。
それよりも、と目と合ったリクとお互い小さく頷く。霧は多少薄くなったけれどそれでもまだ村を覆っている。もう一つの碑石にも何かあったのかもしれない。その確認をするために急いでその比席の元へ向かう。
畑付近にあった碑石は、砕かれていることはなかったけれどやっぱり風化したわけではなく斜め真っ二つに割れている。どうしてと思いながらもこっちも急いで修復した。
「なんでこんな形に……」
「先程の碑石もそうでしたが、恐らく他所から来た魔物が壊したのでしょう。碑石を壊せば出現できる、という知性を果たして魔物が持っているかはわかりませんが……」
「でもこれで、少しはましになったかな……?」
「この周辺はだいぶよくなったと思いますよ。サヤの顔もよく見えますし」
「ど、どこで確認してるの」
確かにさっきまでは近くにいないとすぐに相手を見失うほどの霧だったけれど、今ではお互いの顔がよく見える。ということで穏やかなリクの笑顔もよく見える。視界も良好、魔物が出る様子もない。ずっと刀を握りしめていたリクも、村に戻るときは鞘に刀を収めていた。
「おーい、めっちゃ見えるー!」
「お帰りなさい」
村に残っていた魔物も二人が倒してくれたのか、ちょっと目の端に転がる『だったもの』が見えるけれどリクがさり気なく身体で視界を遮ってくれる。両手を振っているハルバだけれど、その大きな声が響いたからか建物からチラチラと人影が見えるようになった。
「二人共無事でよかったです」
「俺らギルドの人間だぜ? このくらいどうってことないって」
「二人が戻ってくるまで談笑してました」
「だ、談笑……」
「聖女様……?」
合流してそんな会話をしていると、不意に聞こえてきた声に視線を向ける。あそこは確か村長さんが住んでいる家だ。ドアからゆっくりと現れたご老人に私も急いで駆け寄る。
「あぁ、あぁ……! 聖女様っ……我々を見捨てなかったのでございますね……!」
「……あの、少し聞きたいことがあるんですが」
「何なりとお尋ねください! 立ち話もなんですしどうぞ我が家へ! お連れの方も、さぁさぁ!」
促されるように村長さんの家にお招きされて、空いた席に私だけ腰を下ろした。三人とも座ればいいのにとは思ったけれど、彼らは頑なに座ることはせずに立ったままだ。そしてこの家には村長さんとは別に、もう一人男性がいた。確か記憶間違いじゃなければ村長さんの息子さんだったはず。会釈をすれば向こうも小さく頭を下げた。
「聞きたいことはなんでございましょうか、聖女様」
「あの、まず始めに言っておかなきゃいけないことがあるんですけど……実は私、もう『聖女』ではないんです」
「……え?! ど、どういうことで……?」
戸惑ったのは村長さんだけではなく、その息子さんもだった。私が聖女としてやってきたという誤解を招かないためにも、他に聖女が召喚され私は国を追い出されたことを口にした。
「そ、そのようなことが……いや、通りで……」
「今の聖女はどうしているんですか?」
「……儂らは今一度も、新しい聖女様を目にしておりません。この辺りに巡礼に来ておりませなんだ」
「他の村にも聞いてみてが、そこにも聖女様は来ていないらしい。そのせいでこの辺りは霧が濃くなってこのザマだ。折角アンタが直してくれた碑石も隣からやってきた魔物が破壊しちまった」
リクの予想が当たっていて思わず目を合わせる。例えここだけ直したところで、他所の碑石が壊されたままならばそこから魔物が流れてしまう。だから、巡礼で巡っていたはずなのに。村長さんの話を聞く限り、今の聖女はこの周辺の巡礼をしていないことになる。
「城がどうなっているかわかりますか?」
「前に一度村の若いのが霧をどうにかしてくれと城に直談判しに行ったが、門前で追い返されたんだと」
「その時城の周辺の霧はどうでしたか」
リクの言葉に息子さんは誰かを呼び寄せて、しばらくしていると若い男性が二人家の中に入ってきた。もしかして彼らが直談判に行った二人なのかもしれない。その時の状況を詳しく説明しろと息子さんに話の催促をされていた。
「城周辺の霧ですか? 薄かったですよ。なんで村ばっかり霧が濃くなってるんだって文句言いながら帰ってきました」
「なるほどなぁ」
「この国の王がどういう人物なのか、大体わかった気がする」
独り言のようにこぼされたハルバとカミラの言葉に口を噤む。村ばかり濃くなる霧、でも城周辺の霧は薄い。現れない聖女……リクに視線を向ければ小さく顔を歪めていた。きっと私と同じことを思っているに違いない。
聖女は、各地に配置されている碑石を修復するための巡礼に行っていない。修復を行っているのはきっと城周辺だけだ。
「さてさて、ここいらでアンタ方に提案だ。俺らは何も善意でここに来たわけじゃねぇ。フェネクス国の王様の依頼を受けて来たんだ」
「……な、なんですと?」
「なんで隣国の王が」
「こっちの霧が酷すぎて国境まで来てんだよ。すでに魔物が流れ込もうとしている。それを止めるために来たってわけ。そこのサヤはそのお手伝いで一緒に来たんだよ」
「我々を助けるために来たのではないのですか?!」
「彼女はそのつもり。危機に瀕するあなた方を助けたいという一心で危険を顧みずにここに来た。でも私たちは違う」
凄む村長さんとその息子さんに思わず肩を揺らす。確かに、彼らはずっと聖女が来てくれることを待ち望んでいた。ようやく来たらそれは隣国からの使いだと言う。彼らが憤らないわけがない。その彼らの怒りを一身に受け取ろうとしたところ、カミラが庇うように前に出てきてくれた。
「サヤを責めるのはお門違いだって。だってサヤはこの国から追い出されたんだぜ? それなのにこの国を助ける義理なんてあるかよ」
「そ、それは……」
「まぁ話は戻すけど。俺らもアンタらもこのままじゃ困る、ってことで。フェネクス国の王はこのアンタらがフェネクス国の民になるのであれば助ける、っていうめっちゃわかりやすい簡単な提案をしてきたわけ」
「……ここをフェネクス国の領地にする、ということですか」
「そういうことですね。そうすれば王も支援を惜しまないと言っています」
ハルバもカミラも、私の護衛で来たのかと思ったけれどその実は交渉係だったんだと今になって気付く。淡々と交渉を続ける二人に私は口を挟むことなく、黙って行方を見守ることにした。
「ただよくよく考えた方がいい。こっちの領地になるんなら安全の保証はするけど、もしサブノック国に知られてしまえば」
「……この村が、戦の最前線になる。ということですな」
「そういうことだな。アンタらの選択肢は二つ。一つはフェネクス国になって攻め込まれる可能性もある中安全に生活するか、もう一つはこのまま濃い霧の中で生活するか。どっちかだ」
「濃い霧のままならそちらも困るのでは?」
「そうなりゃこっちは国境で対策するまでだ」
村長さんと息子さん、そして肩身が狭そうにしていた若い男性二人、その四人で顔を見合わせている。すぐに答えを出せるようなものでもない、どちらにしてもリスクが伴う。彼らは表情を歪め喉の奥で唸り声を上げていた。これは彼らの生活に関わることだから、第三者がどうのと言える立場ではない。でも、それでも私はどうかと願ってしまう。
しばらく沈黙が続きハルバとカミラが視線を絡める。このまま答えが出ないならば一度出直そうとしているのかもしれない。少し前屈みだった二人が身体を起こした時、向こうも動き出した。
「この村にはか弱き者が多い……どうか、どうかお願い致します」
「ありがとな」
「すぐに知らせを」
頭を下げる村長さんにハルバは肩をポンと叩き、カミラはすぐに家の外に向かった。よかった、前者を選んでくれてと私もひっそりと安堵の息を吐き出した。
「なぁサヤ。この村って農作物育てられる場所ってあるのか?」
「はい、ありますよ。そっちにある碑石も修復してきたので霧が薄れています。魔物の出現する心配はあまりないかと」
「おう、よかった! んじゃ、俺らも協力するから一先ず普通の生活できるように戻そうな」
あれだけ霧が濃くなっていたせいで、村の人々は魔物を恐れて家からほぼ出れない状況だったらしい。家にある備蓄で何とか食べていたものの、そろそろ底をつくところだったと村長さんが涙ながらに話してくれた。
けれど霧が晴れれば農作物も育てられるようになる。彼らは私たちに深く深く頭を下げた。
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