第14話 かんづめ
昨晩は、うたた寝から本格的に寝てしまった僕の髪は風呂上がりだったから、ちゃんと乾かしていなくて、朝起きたらボサボサだった。
本来、朝からシャワーなんてしないんだけど、学校での噂は怖いものがある。こんなことで陽キャから虐めのターゲットになるルートは考えたくないし、いつも通りに過ごそうと思った矢先、僕の電話が鳴った。
「葵社長、おはようございます。ご気分はいかがでしょうか? いま、マンションのエントランスにいますけど、お迎えにあがっても差し支えないでしょうか?」
昨日のやり取りからは、一変してビジネスライクな会話から始まった。
僕が言葉選びを迷っていると、すーっと音もなく忍び寄って来た姉の真香が僕のスマホを奪いとる。
「おはよ、琴乃。昨日は頑張ったね。もしかして、今日からわたしは琴乃からお姉様と呼ばれたりして!?
いやいや、全く冗談じゃないし応援してるけど。
ごめんね。うちのヘタレが素直にならないで、迷惑かけてるのは、うちの方だよ。えっ、いまエントランスなの? 早く来なさいよ。ここはあなたの家にもなるんだからね。そうそう、今更遠慮するより、押して押して押し倒すのよ。姉が許す!じゃあ、待ってるよ」
勝手に切られたスマホを僕に渡すと、そそくさと逃げ出す真香の腕を掴む。
「あおくん、痛い」
いつものはぐらかしの時に使う常套手段であったが、今日は逃さない。
「ねえさん、全部聞いてました。僕のこと、勝手に決めないでくださいね」
「ごめんなさい」
素直に謝られるが、今起きた余波を食い止めてもらい、尚且つ鎮火まで持って行く必要が姉にはある。
「あなたの考えは分かりました。でも、これは2人の問題だから、さっきまで言っていたことは、否定しといてくださいよ」
姉はしゅんとして俯いていたが、勢いよく僕を見上げた。
「あおくん、琴乃は嫌い? そんな訳ないよね。私たちにとても親切にしてくれるし、私が忙しい時は、あおくんを晩御飯に誘ってくれたでしょう。あの子、相当の数の見合い話が来てたのに全て断ったこたは知ってるんでしょう。あなたのこと、弟とは見てないし、なんならわたしに会いたいから、この家に来ていた訳でもない。まあ、ほんの少しはあったんだろうけどさ。さあ、しばらく学校はお休みの連絡をしておいたから、しっかり琴乃の力になっておいで、そして琴乃を狙う男どもに、あなたという存在がいるということを広く世間に認めさせなさい」
姉は言いたいこと全て、しかも一気に話したが、ちょうど玄関のインターホンがなり、琴乃さんがうちに来た。
いや、なんというか、風祭さんと真香さん、2人とも、かなりバクってないか?それと、彼女らに付き合える役員連中もね。なんでこう流れを読むように動けるのか理解不能だ。
ガチャ、と音がなり玄関ドアを開けると琴乃が真香にハグをした。
「おはよー!」
それを見ながら、寝癖を直そうと洗面室に行きかけた僕の肩に小さな手が掛かって強引に振り向かされた。
「あおくん、おはよー!」
それは、姉との軽いハグでは無くて、映画で観る夫婦がするハグのソレであった。頬に軽くキスを受け、魂が抜けそうになる。真香も見ていたが、とても嬉しそうだ。
「ねえねえ、あおくん、もう車を用意しているから、絶対に必要なものだけ忘れなければいいよ。必要なものは全て揃えてあるし、なんなら買ったり、真香に届けてもらえるから、スマホと身一つでおいでください。もちろん、その寝癖やパジャマのままで大丈夫! うちのこともあなたの実家と思っていいから、そのままで行きましょう!」
なんだ、このテンションは?
まだ、昨日の続きというか、アプローチが始まったのか?このハグをずっと1月の間受けるのなら、僕は紳士でいる自信は全くない。
とはいえ、薄くて箱に入ったヤツは手元に入手していない。だから持っていけない。
いや、葵、それほ早過ぎるだろ!
つい自分一人でツッコミを入れてしまう。
また、全くボケになっていないところが、恥ずかしい。
とはいえ、ビシッとしたスーツ姿の琴乃さんとしわくちゃのパジャマで寝癖男が合っているはずもない。
寝癖だけは残るものの、制服に着替えてから玄関を出た。
「さあ、着いたわ」
車のドアを開けてもらい玄関に立つと、いつものお手伝いさんが、案内してくれた。
琴乃さんは家に帰ると別室に行き、後から来るように言われている。
お手伝いさんから、案内されたのは琴乃さんのお部屋、じろじろと見てはいけないものだろうが、でかい。
「ご安心ください。ベッドはクイーンサイズに替えてます。言いつけ通り、机とパソコンが2台、モニター2台を揃えております。スペックも指示されたものになっています。プリンターは、続き部屋にコピー、スキャナーとの複合機配置されています。では、ダイニングにご案内いたします」
いや、なんの安心なんだ?
シングルでないのは支障ないけど、わざわざ替えたのか。琴乃さんが何を考えているのか分からない。
そんなことを考えていたのだが、ダイニングテーブルには、普通にご飯が並んでいた。
「あおくん、わたしが料理した朝ごはん。食べてくれる?」
えっ、お嬢の琴乃さんの手料理。
今まで食べたこと無かったな。
「お嬢様は、昔からご自分のご飯はご自分で用意されていました。とても美味しい思われるはずです」
……そうなのか、僕を朝早く招いたのはこれが理由だったんだ。
「さあ、どうぞ」
目の前に配膳された湯気が立つご飯にお味噌汁。
お味噌汁を一口味合うと、優しい香り。
「美味しいです」
僕から自然に出た言葉に、琴乃は今まで見たこともない微笑みを僕に向けていた。
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