特別な第11話
「ちゃんと食べてる~?」
久々に、椅子に腰かけて『邪飲み』を待つ僕は、例のごとく正座して準備するレイ
ラに問われた。
「なんか、痩せてるように見えたから~。大丈夫~?」
「ああ、うん。平気だよ!」
満面の笑みで心配する少女は、僕の表情を鋭く察して首をかしげる。
「それならいいんだけど~」
二週間も彼女のところに来なかったわけだが、別にいつも通りなので安心した。
『幸せボケ』が進むと意識が昇天して二度と戻ってこなくなる、というのをさっき美
亜さんから言われた。
僕は安堵した。
新しい『お客さん』を呼ぶつもりだった、と美亜さんがどこか寂しげに言ってい
た。つもり、の時点だということは『お客さん』はまだ呼んでいなかったということ
になる。僕がまだ、彼女を独り占めしている。
綻びそうになる口元を引き締め、彼女の口元に指を差し出す。
触れる唇、懐かしく柔らかい感触。
流れ出す黒い液体。
それをゴクゴクと音を立てて飲み干す彼女。ズキンと走る痛みも懐かしく、いとお
しい。
それからいつもの、『邪』を吸われた後に感じる浮かれ気分。
「他の『お客さん』、これから呼んだりするの?」
僕は問う。
「どうして~?」
問い返すレイラ。
まさか、質問を返されるとは思わなかった僕は面食らう。幸せそうな彼女なら、疑
問を抱くことなく、はい、いいえ、で答えてくれるものだと思っていた。
だよな、と僕は思いなおす。
レイラにだって意思はあるんだから。ただ笑っているだけの人じゃない。ちゃんと
考えてるんだ。
彼女をどこか見くびっていた自分に反省し、僕の方から答える。
「いや、僕が最近忙しいから、『邪飲み』しない日が続いて『幸せボケ』が悪化し
たらどうしようって、ちょっと心配だったんだ…」
思っていたこととは別の回答をしてしまう。
「心配してくれたんだ…」
レイラは、下を向いて薄く笑う。
以前にも見たことのある笑い方。愛想笑いだろうか、僕のような男が心配だなんて、
気分が悪かっただろうか。
「大丈夫だよ~」
すぐに元通りの舌足らずな声に戻り、にこにこと笑う。
「『お客さん』は、この先ずっと、ず~っと、壮也君だけだから~」
心臓が内側から強く叩かれるような感じ。
私ね、蓮見君のことが…。
中学時代の、『あの日』と同じ感覚。全く同じだった。
特定の女子に感じる特別な気持ち。
思い当たる一語を、あるいは一文字を、心の中ですらいうことをためらってしま
う。照れくささ、恐怖、そのどちらかがはっきりと定まらない、浮ついた心の揺れ。
そんな気持ちを後押しするように、17時半の陽光は僕とレイラを眩しく照らし
た。
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