幕間「ハーベストムーン」
秋の訪れが感じられるようになった9月。
稜線から、今宵の「満月」が顔を覗かせ始めたシャプロンの城下町にて。
普段の牧歌的な雰囲気とは異なり、今夜の城下町は全てが華やかに彩られていた。
その彩りが最も輝かしい大広場では、この国の女王「ルージュ」が、高さ数メートルほどで設置されたステージの中心に立っている。
ステージを取り囲む人々の高まる興奮が伝染するほどの熱視線に応えるように。
ルージュはゆっくり片手を藍色の空へと伸ばすと、高らかに声を張り上げた。
『……これより、ハーベストフェストを開催する!』
その一言を皮切りに、国民たちが一気に歓喜の声を上げた。
シャプロン国の収穫祭である“ハーベストフェスト”の開幕である。
「農作物の収穫時期に上る満月」という名を冠した今宵の月に合わせて行われるこの祭は、神々への感謝と翌年の豊作を祈る国内随一の祭典だ。
主催者としての挨拶を終えたルージュは、ステージからふわりと飛び降りると、用意された椅子に腰掛け、そのままいつも通りに足を軽く組み頬杖をついた。
そして、楽しそうに祭に参加する国民たちの姿を見遣る。
酒を酌み交わす者。豊作の祈りを込めた踊りを捧げる者。それを手拍子で盛り上げる者。
数え切れない笑顔が溢れる穏やかな様子を、ルージュは優しく見守った。
それからしばらくは声を掛けてくれる国民たちとの会話を楽しんでいたルージュだったが、不意に周囲の人だかりから体半分が飛び出ている子どもが、こちらに向かってくるのが見えた。
「あーっ! ルー、いた!」
その異様な高身長の子どもの正体は、町の子どもを肩車して巡回する近衛騎士の人狼〝ルドルフ〟だった。
自身の肩に乗せた子どものほかに、数人の手を引いているルドルフは、腕と緋色の尻尾をブンブンと振りながらルージュの前へとやってきた。
「ずっとここに居たの? ルー、ちゃんと楽しんでる?」
『楽しんでるさ。ロロは……確認するまでもないね』
「みんな俺に肩車して欲しいって、次々乗ってきちゃうんだよ!」
あっちに順番待ちも居るんだから!と、手を引く子どもたちの頭を撫でるルドルフの表情はルージュ同様に柔らかい。
『いいね、しっかり遊んであげてよ』
「ごめんね? 一緒に居なくちゃなのに」
『構わないさ。しっかり皆に感謝を伝えておいで。その方がボクも嬉しい』
「分かった!」
「ルドルフ様! 今度はあっち行こう~!」
「よし、走るよ! 落とされないようにしっかり掴まってね!」
『ははっ、ロロの全速力は早いよ? みんな、気をつけてね』
「「は~い!」」
ルドルフを含めた子どもたちの明るい返事と同時に、行くよ!と声をかけたルドルフは、ルージュに背を向けて一気に子どもたちの歓声を引き連れて行った。
「……どっちが子どもか分からないな」
すでに小さくなったルドルフの背中に手を振り見送っていると、ルージュの背後にもう一人の近衛騎士〝アルフレート〟が呆れた表情で姿を現した。
『今日は許してやってよ。あの面倒見の良さがロロの魅力だよ』
「仕方がないな……」
重いため息をついているつもりだろうが、その声色はいつもより穏やかで……などと言えば、この狼は臍を曲げてしまうだろうか。
ルージュはバレぬように小さく笑った。
「それより、ルー。楽しんでるか?」
『ロロと同じこと言うね』
「座ってばかりで……疲れでも出た……」
『そんなことはないさ』
アルフレートを遮るようにそう言い放つと、ルージュは琥珀色の瞳を細めてふわりと微笑んだ。
『ねぇ、アルフ。見てよ……みんな笑ってる』
人だかりを指さすルージュにアルフレートの視線が導かれる。
『ボクはたまに分からなくなる……防衛国代表としての務め。それ自体はなんの迷いも不満もない。ただ、争いは無意味で虚しい。この闘いを続けることに何か意味があるのか……時々、悩むんだよ』
苦しみを抑えつけるように胸に手をあて、ギュッと自身の服を握りしめてからルージュは瞳を閉じた。
『でも、あの笑顔を見てたらさ。ボクが戦う意味は、ここにちゃんとあったんだなって思えるんだ……だから、まだ止まれない』
胸に巣くう苦しみを解放するように、握りしめた拳を開いて。
ルージュは琥珀色の瞳にゆっくりと覚悟の光を灯す。
『……ボクが守る。そう決意して見守ってた。それだけだよ』
「そうか……」
『でも、そうだな……主催者たるボクがこれじゃ確かに盛り上がらないか……そうだ!』
何かを閃いたルージュはバッと立ち上がると、アルフレートの制止も聞かずに、その身軽な体をステージへと舞い上がらせた。
『みんな、祭りも終わりに近づいてきたし……全員で歌おう!』
「「「え!?」」」
ルージュのその言葉に全員がステージに注目する。しかし集まる視線は期待に満ちた表情というよりは、心なしか凍り付ついた表情に見えるのは、気のせいだろうか。
『9月の満月は別名シンギングムーン。この気持ちを歌にして、神々と我々を称えようじゃないか!』
両手を広げ、キラキラと瞳を輝かせてそう提案するも。
なぜかステージを取り囲む人々はシーンと静まりかえっている。
さすがにこれは気のせいではない。
『……ん?』
露骨に疑問を体現するルージュが首を傾げていると、いつの間にかステージへ上がってきたアルフレートが、全てを察せよと言わんばかりの手をルージュの肩へそっと置いた。
「ルー、秋の夜風は冷える。もう終いにしよう」
『……なんで!?』
なぜか目を合わそうとしないアルフレートの様子に、ルージュが詰め寄る。
そんな女王と近衛騎士の姿を全員がハラハラと見守る中、ルドルフと共にステージ近くへ戻ってきた少年が、ルージュの後ろ姿に声をかけた。
「だって、ルージュさまはお歌が下手……」
「わーーーっ!!」
『ん? ロロ戻ったのか……で? 何だって?』
子どもの言葉を上書きするような大声を上げるルドルフに、ステージから身を乗り出たルージュが聞き耳を立てるが。
そこには、顔面蒼白のルドルフが少年の口を手で塞ぎ、引きつった笑いを見せるだけで。
「な、なんでもないよ!! ルー!」
『なぁんか……みんな隠し事してない?』
「「「してません!」」」
『怪しい……』
……「グリム同盟史上最悪」の称号を得るほどの音痴だなんて。誰が言えるだろうか。
ある意味で今日一番の団結力を見せた、国民一同の言葉と想いが揃ったところで。
淀みない段取りをつけたアルフレートは、納得せぬままのルージュを置き去りに、祭の閉幕を宣言した。
……どうにも腑に落ちない。
けれど、自分に勇気と誇りを。
そして決意を改めてもたらしてくれた彼らの笑顔に免じて。
今日は誤魔化されたことにしておこう。
……どうか自分の歩む道の先が、希望と笑顔の溢れる世界でありますように。
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