第32話・グランへの帰省3
ジークが戻って来ていることが、執務室で書類に目を通していたグラン領主の耳に届いた時、すでに長子の姿は館の敷地内には無かった。ほんの数時間で行き来できる距離に居るのだから、用も無いのにわざわざ顔を見せるつもりもないと言うことだろうか。領主の口から、寂しさの籠った溜息が漏れた。
ジークに会った者達の話を聞く限りは元気にやっているようだし、何やら虎の子を契約獣として従えているというから、冒険者としても順調に力を付けていることが伺い知れる。
ただ、どんなに強かろうが、親にとっては子は子である。少しくらい顔を出してくれても良いのにと残念に思うのは仕方がない。
領主本邸を後にし、ルイとの待ち合わせ場所である中央通りの一角で、噴水の縁に座ってジークは街並みを眺めていた。変わっていないと思っていた街も、よく見れば新しい店が出来ていたりして、難易度の高い間違い探しのようだ。ローブの中に隠されたティグは、退屈そうに欠伸をしてから、ジークの腕の中にすっぽりと入り込んで目を閉じていた。
騎士になったアデルから情報を得たところ、グランとシュコールとの領間で出没するという盗賊は、ここ最近は特に被害が頻発しているらしい。商人が運ぶ積み荷だけを狙う為、旅人や地元民が襲われたという話はない。
「定期的に警備兵が巡回してるから、捕まえたら縛り上げて道に転がしておけばいいさ」
万が一遭遇することがあっても、微塵も心配はしていないとアデルは冗談ともつかないことを笑いながら言っていたし、言われたジークも一緒になって笑っていた。
「だからって、本当に出るとはね」
森の木々の合間から急に飛んで来た矢は、幌馬車の側面に深く突き刺さっていた。手綱を持っているルイに停まるように指示を出し、ジークは馬車全体を覆うように結界を張った。次々に飛んでくる矢は結界に弾かれて折れ曲がり、馬車周辺の地面へと落ちていく。
怯えて青褪めているルイを幌の中に押し込み、ジークは周辺の気配を探った。日が落ち始めた森の中を走る道は薄ぼんやりと暗く、賊が潜んでいるのは道沿いの木々の陰。視覚が使いものにならない状況だが、相手は魔獣ではなく人間だから、今回はティグを頼る訳にはいかない。
結界により矢が効かないことに気付いたのか、姿を隠していた盗賊達が武器を変えて近付いて来る。落ち葉や木の枝を踏みしめる音から、その数は8人ほどと見た。顔の大半を布で覆った男達が、大剣や槍などを構えながら、左右両方の沿道から姿を現した。
うぉーっという低い雄叫びをあげながら、武器を持った集団が一斉に馬車めがけて駆け寄ってくる。そのいきなりの大声に、ルイの馬が驚いて嘶いた。
パニックを起こして馬が急に走り出さないよう、ジークは御者席に飛び乗って立ったまま手綱を引いた。そして、幌馬車を中心とした四方八方に向けて、風魔法を放つ。馬車めがけて走り寄ってくる賊は強い突風に身体を持ち上げられ、数メートル後方へと吹き飛ばされていった。
地面に強く身体を叩きつけられた者、近くの木に体当たりして呻く者、自ら構えていた武器で怪我をしてしまった者など、半数は一度の反撃でその場で動けなくなっていたが、さすがに世間を騒がす荒くれ者達だ、動ける者は再び体勢を整え直して武器を構えていた。
さらに追い打ちをかけるよう、ジークが再度放ったのも突風。ただし、今度は地面から吹き上げるように起こされた風が、馬車の荷を狙ってくる賊達を空高く持ち上げた。
「う、うわっ……」
「下してくれー」
地上から5メートルほどの高さでバタバタもがいている男達は、見えない力で空中に固定されたまま、完全に動けずにいた。高さと不安定さによる恐怖で、次々に降参を口にしていく。手に握っていた武器を放棄し、御者席に立ってこちらを見上げている青年へと、一刻も早く下して欲しいと懇願するが、冷ややかにジークは眺めているだけだ。
「ルイさん、ロープってありますか?」
「あ、うん、あるある」
荷台に避難している商人へ声を掛けると、「もう大丈夫なの?」と幌を捲ってルイが顔を出した。積み荷を固定する為の丈夫そうなロープを抱えたまま、馬車の上空で浮かんでいる男達に気付いて、口をポカンと開けていた。
「あれ、何かな?」
「盗賊です」
「あ、そう……変わった捕まえ方だね」
ジーク君と一緒だといろいろ麻痺してしまうね、と半笑いを浮かべながら、ルイは指示されるがままに賊の一人一人を縛り上げていく。地面でうごめいている者達から拘束していき、宙から容赦なく落とされた者達も順にロープでグルグル巻きにする。普段は荷造りで慣れているからか、さすがに手際が良い。
「この後はどうするんだい?」
「警備兵の巡回があるらしいんで、このまま道に転がしてていいらしいです」
「そうなんだね、早めに巡回して貰えることを願っとくよ」
整備された道といっても、魔獣の住まう魔の森の中だ。何も起こらないとも限らない。二人の会話を横で聞いていた盗賊達が一斉に青褪めていく。
「ま、結界くらいは張っておきますよ」
運悪く遭遇してしまった魔導師の優しさに、荒くれ者達は密かに胸を撫でおろしていた。
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