第15話・猫と護衛
遠隔地での依頼を受けた者が早々と出て行くのと、夜通しで飲み明けた者が帰って来るのが丁度入れ替わる時間帯、ジークは宿屋の小さな中庭で模擬剣を振っていた。武具屋でサービスして貰った木製の剣は鋼の剣の重さを忠実に再現されていて、鍛錬には最適だった。
模擬剣とは言え、剣を握るのは本当に久しぶりだったので、スピードよりも型に注意しながら慎重に振る様は、本職の剣士達の目には滑稽に映っていたかもしれない。ただ、ジークにあえて喧嘩を売ってくるような強者はいなかった。
同じ動作を繰り返す内に、少しずつ昔の勘を取り戻して来たなと感じ始めた頃、厨房の内窓から女将がひょこりと顔を見せた。
「ジークさん、ちょっといいかな?」
また魔力補充かな、と思いながら、剣を降ろして窓の下へ近付いていく。それとも娘のエリーから聞いて、ティグのことで何か言われるのかもと、内心は少し動揺もしていた。
「今日ってもう何か予定入れてる?」
「え、今日ですか? 依頼は受けてますが」
いつも通りに前日にギルドで討伐と採取の依頼は受けて来ていた。ただ、どうしても本日中にという急ぎの案件という訳でもない。いくらでも予定の変更はできる。
「知り合いがね、アヴェンへの護衛を探してるのよ。ギルドを通すといろいろと細かいでしょ、直接頼めそうな人が居ないかって聞かれてさ」
隣接する北の領への護衛依頼となると、往復だと丸一日を要する。ギルドに依頼を出すと安全の為に最低二人はと条件を付けられた上に、仲介料も発生するから安くはない。
「ジークさんなら、一人でいけるでしょう? 仲介料分は報酬に乗せてくれるっていうし、頼まれてあげてくれないかな」
要は護衛は付けたいけど一人だけで済ませたいということだ。頼まれた側からすると、本来はギルドに支払われる仲介料も貰えて3割増しになるので破格の報酬になる。
「出発はいつ?」
「いつでも出れるらしいから、準備できたら声かけてくれるかな」
食堂で朝食中らしく、すぐに伝えてくるわと女将は慌ただしく奥に入っていった。ジークも部屋に戻ると、鍛錬でかいた汗をシャワーで流して着替えを済ませる。
「ティグ、今日は護衛依頼なんだけど、どうする?」
連れて行っていいものかと悩んでいると、起きたばかりのトラ猫は身体を小刻みに震わせながら大きな伸びをしていた。気合十分、出かける気は満々だ。
「にゃーん」
「一緒に行くの?」
当然、とでも言うように、ベッドから飛び降りて扉へとスタスタ歩いていく。ジークは慌てて、椅子に掛けていたローブを羽織った。
ジークとティグが外に出ると、宿屋の前に一台の幌馬車が停められていた。一頭引きで小型だが、馬も車体もよく手入れされている。御者席に座る商人風の男と女将が話していたのを見ると、彼が依頼主なのだろう。まだ若く、独立したてといったところか。
「あ、彼が噂の魔導師よ」
ジークの姿を見つけた女将に手招きされて、ルイと名乗った商人に会釈する。ニコニコと愛想の良い新米商人は、ギルドを通さない依頼なのをしきりに恐縮していた。
「ギルドにも一応は行ってみたんですけどね、護衛はソロでは無理だと言われて」
別に護衛料が惜しい訳ではなく、彼の馬車では定員オーバーなのだ。護衛を増やすとなると、馬車のサイズから変えなくてはならなくなる。さすがに幌馬車を買い替える余裕はまだ無いし、かと言って護衛を増やす為に積み荷を減らすと商売に響く。
「最近、アヴェンとの領境で魔鳥が大量発生してるらしいからね」
護衛を主にしている冒険者達の間ではその噂で持ち切りだった。大群に狙われてしまうと、馬も荷物も全てがズタズタに切り裂かれて、その残骸は悲惨極まりないと。
その噂も災いして、アヴェンの山脈越えの護衛条件はひと際厳しくなっているのだった。
特に何事も無ければシュコールからアヴェンの中心街までは半日ほどで辿り着く。途中何度か馬の休憩を挟みながら、北に向かって道なりに走っていた。
ティグと共に幌付の荷台で荷物に圧し潰されそうになりながら、ジークはじっと後方を見張っていた。馬車には魔獣除けの魔石を積んでいたので、その効果もあってか魔獣と遭遇する気配はない。
幌の天井近くまでぎっしりと積み上げられた商品を興味深げに匂いを嗅いで回っていたティグも、長い旅路に退屈し始めたのか、ジークが脱いで置いていたローブの上に丸くなっていた。
整備された平坦な道を進み、何度目の休憩の時だっただろうか、明るかった空が突如バサバサという多数の羽音と共に一気に暗くなる。驚いて見上げると、はるか上空には無数の魔鳥。黒い大群が空を覆い、日の光を遮っている。群れはジーク達の頭上を中心に旋回していて、明らかにこちらを狙っていた。
「ルイさん、中に入って!」
降りて馬の世話をしていたルイを幌の中に避難させると、ジークは馬車を囲むように結界を張り巡らせる。おそらく奴らは馬車めがけて急降下してくるはずだ、厚めの防御結界で馬車ごと護るつもりだ。
中を覗くとルイはジークのローブを頭からかぶって、荷物の陰で小さくなって震えていた。そこに居れば大丈夫だからと声を掛けると、黙って何度も頷いていた。
「ティグ、来るぞ」
耳をつんざくような金切り声を上げながら、数百という数の魔鳥が彼らをめがけて急降下を始めた。
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