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カヤと再会したのは、それから五年後のことです。
私は首都圏の大学を卒業し、地元へ戻って就職していました。
彼女を見つけたのは、深夜のコンビニでした。
私から声をかけられたのは、まがりなりにも都会で揉まれた成果でしょうか。
カヤは私と気付くと、気さくに応じてくれました。
気まずかった時代や五年の空白が嘘のようでした。
カヤはすっかり大人の女性になっていました。
面持ちに幼さはありますが、物腰は落ち着き、清楚な若妻という感じです。
看護師になったと訊いて、少し納得したのを思い出します。
薬指に指輪がないのを確かめてから、私はかつてなく積極的に連絡先を聞き出しました。
そして、コンビニでの逢瀬を重ねた末、映画に誘ったのです。
もうタイトルは覚えていません。
不慮の死を遂げた恋人が、死後も霊となり、愛する人を見守り続ける。
確か、そんな内容だったと思います。
上映の間、カヤは私の手を握ったまま、ぽろぽろと大粒の涙を流していました。
帰り道でも泣き止まない彼女が心配になった私は、家まで送ることにしました。
集落を離れた、閑静な庭付きの一軒家。
そこは、かつて彼女が母親と住んでいた家でした。
ダイニングには昔と変わらぬ、花びら一枚の一輪挿しがありました。
お茶を淹れ、少し落ち着いた彼女は、身の上話をしてくれました。
誰にも話さなかったという過去を打ち明けてくれたのです。
「わたしのお父さん、結婚詐欺師だったの」
周囲の制止を聞かず、彼女の母親は男に入れ上げ、そして身篭りました。
結婚式の翌日、祝儀とともに男が姿を消しても、彼女は男を疑いませんでした。
一人娘のカヤを育てながら、この家で、男の帰りを待ち続けたのです。
人は弱い生き物です。娘に手を上げたり、男を招いたこともままありましたが、
それでも男を待つことはやめませんでした。最後の糸にすがるように。
ですが、娘が十六になった時、彼女に届いたのは、男の逮捕という報せでした。
何人もの女性に貢がせた金で、本命の妻子と暮らしていたのです。
カヤは、母の死に目に会えたそうです。
助けを呼ぼうとする彼女を呼び止め、母親は湯船に手を沈めたまま、最後の話をしました。
秘密にしてきた経緯、男への思い、彼女への迫害の謝罪。
「あなたは本物の愛を探しなさい」――最後にそう言い残し、母親は亡くなったそうです。
私はいつしか、彼女を抱きしめていました。
自分の愛は本物だ。証明してみせる……そんなことを何度も伝えたと思います。
その夜、私たちは結ばれました。
けれど、当時の――いえ、今に至ってさえ。
「本物の愛」の何たるかなど、私には何もわかっていなかったのです。
カヤの家で見かける奇妙な花については、この頃に知りました。
「あれは花占いなの」と彼女は教えてくれました。
「好き、嫌い」と花びらを摘んでいくものだとは私も知っています。
よい結果を飾るというのは初耳でしたが、母親譲りと言われ納得しました。
いつ占っていたのか、何を占っていたのか、それはわかりません。
人に見せたり言ったりすれば、せっかくの幸運が逃げるそうです。
素顔の彼女は寂しがりで甘えたでした。少なくとも私にはそうでした。
私が結婚を急いだ理由は、誰もが予想する通りです。
彼女は魅力的でした。夜闇に佇む姿は夜来香の花のようでした。
病院という職場も、出会いや誘惑が多いのではと気が気ではありません。
カヤは拍子抜けするほどあっさりと、私の求婚を受けてくれました。
両親に報告すると、意外にも反対したのは母でした。
寛容な父は母を取り成してくれましたが、母の意思は強固でした。
カヤを前にしてなお、首を縦には振らず、私は途方に暮れました。
今から思えば、母とカヤの母親には浅からぬ因縁があったのかもしれません。
母はカヤの父について何か知っていました。
何がしか口外できぬ理由があった気がするのです。
私は悩みました。
両親の認めを得ず、駆け落ちするという選択肢はありませんでした。
何年かかろうとも両親を説得しよう。
そんな結論を出そうとした矢先、母が急死しました――交通事故でした。
父を喪主とし、葬儀はしめやかに行われました。
カヤも喪服に身を包み、弔問に訪れてくれました。
親族に彼女を紹介するなら今だろうか。母の前で不謹慎だろうか。
抜け殻のような気持ちで、そんなことを考えていた時、事件は起こりました。
母の遺体を収めた棺が、燃え上がったのです。
犯人はカヤでした。火のついた蝋燭を棺に投げ込んだのです。
棺には、おがくずが詰めてありました。炎は天井を舐めるほど昂ぶりました。
葬儀の場は騒然となりました。
火を消し止めた頃には遺体は焼け焦げ、肉の焼ける匂いに気を失う者も出ました。
あらゆる人間がカヤを糾弾しました。
葬儀社はもちろん、父も親族も、参列者の全てが。
私はカヤを別室に連れて行き、真意を問いました。
彼女は水のような表情で、ぽつりと答えました。
「あなたを連れて行ってしまいそうだったから」
私は、胸を衝かれました。
結婚に反対だった母の葬儀は、彼女にとって敵地同然のはずです。
彼女の唯一の味方であろう私は、何をしていたのでしょう。
母の死に打ちのめされ、心を奪われてはいなかったか。
純粋な彼女には、私が遠ざかっていくように感じられたのかもしれません。
私は何も言わず、彼女を抱きしめました。
世界を敵に回そうとも彼女と添い遂げよう。そう心に決めました。
母の死の翌月、私たちは結婚しました。
父には勘当を言い渡され、親戚筋から絶縁されても、私の決意は揺るぎませんでした。
荷物をまとめ、カヤの家に転がり込んだ後、式をあげたのです。
それは六月末日。雨上がりの心地よい空の下でした。
純白の衣装をまとった彼女は「ぎりぎりジューンブライドだね」と笑いました。
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