第7話 突然のオファー

 

 夏休み、七日目。

 この日は、久しぶりのモンコロの試合日だった。

 前回の試合から大体三週間ぶりだろうか。今までは一週間に一回か、二週間に一回だったので、少し期間が空いている。

 事件のこともあり、俺の選手としての価値は高まっているはずだが、これほど期間が空いたのは、番組側も俺の試合相手をセッティングするのによほど苦慮しているのだろう。

 タッグマッチで人気差を埋めると言っても毎回だと飽きられるからな。

 今回の相手はまだ明かされていないが、一対一のスタンダードルールなのは聞いている。

 ただ、今回は珍しく番組側から座敷童、ライカンスロープ、ヴァンパイアを使って戦ってくれと使用するカードに指定があった。

 俺のカードに有利な種族を使うことでオッズを均等にする試みだろうか。

 そんなことを考えながら俺は、リングへと向かい——。


『————今日のキャットファイトは、特別企画! 『日曜日のダウンダウン』とのコラボでお送りします。今回実証する説はこちら! プロ冒険者でも、がっつり育成されたアマチュアのカードに対して新品のカードを使って戦ったら、さすがに厳しいんじゃないか説〜!』

『おおおお〜〜!』


 電光掲示板に表示されたお馴染みのテロップと、実況のアナウンスに上がる観客たちの大歓声。

 それを聞きながら、俺は「なるほど……そうきたか」と苦笑した。


『今回プロ冒険者には、番組側が用意したアマチュア冒険者のメインカードと同じ種族のカードを使っていただきます。これらのカードは迷宮からドロップしてそのまま売られた物を購入し、戦闘力のみレベルアップの魔法で成長限界にした新品同然のカードとなっております。後天スキルの詳細については伏せさせていただきますが、マイナススキルはついておりません』


 つまり、これはハンデ戦なのだ。

 普通にアマチュアとプロが戦っては、勝ち目はない。

 そこで、アマチュアの主力カードと同じ種族の新品のカードで戦わせることで、勝敗の行方をわかりにくくする、という作戦なのだろう。

 プロが使うのは、番組が用意したマイナススキルこそないものの普通のカード。対して、俺が使うのは名づけをして育成されたカード、しかも座敷童は霊格再帰持ち。

 これなら選手の腕に大きな差があっても良い勝負ができるのでは……?

 そう考えたのだろう。

 しかし、日曜日のダウンダウンとは……。

 確かにあの番組が企画しそうな試合だ。

 実際、俺自身も興味がある。

 今の俺が、プロ相手に同じカードを使ってどれほど戦えるのか……。

 ただ一つ心配があるとすれば、ウチの蓮華とユウキが完全にランク詐欺ってことだろうか。

 プロクラスともなると手に入れたばかりのカードでも確実にフルシンクロを、最低でも90%以上のシンクロが使えるだろう。

 しかし、いくらフルシンクロにより通常の二倍近い戦闘力を引き出せるとはいえ、そもそもの馬力が違うのでは大分苦しい。

 蓮華とユウキは、同種の二倍の戦闘力を持ち、俺も一枚だけならフルシンクロすることができる。

 ぶっちゃけ、シンクロによる戦闘力の上昇という点では俺とプロの間に差はないことになる。

 そうなってくると問題となるのは後天スキルの差となるわけで……。

 俺の心配をよそに、選手の入場が始まる。


『まずは赤ゲートから登場するのはお馴染みの北川歌麿選手! 地味な見てくれとは裏腹に、霊格再帰の発見や凶悪事件の解決に尽力するなど話題に事欠かないキャットファイトのスター選手だ! 鉄壁のガードを持つ吸血鬼、忍術を操るクノイチ人狼、そして霊格再帰を持つ座敷童の万全の布陣で挑戦だ〜!』


 地味な見てくれは余計だろ。

 そう口をへの字に曲げていたら、地味な見てくれと言われても仕方ないような相手が出てきた。


『対する白ゲートは、あのREIKA(レイカ)の弟子ということで話題沸騰中! REINA(レイナ)選手です!』


 白ゲートから姿を現したのは、二十代後半ほどの妙齢の美女だった。

 天使の輪の出来た茶髪のロングヘアーに、ちょっとキツめだが美しい顔立ち、官能的な身体つきを強調するようなリングコスチュームを身に纏っている。

 観客席へと向けて笑顔で手を振るその姿からは、芸能人特有のキラキラオーラが迸っているように見えた。


 おいおい! マジかよ、本物のレイナじゃん……!


 レイナは、現在絶賛ブレイク中のタレント冒険者だ。

 元は女子総合格闘家で、ぶっちゃけ現役の頃はビジュアル優先で格闘家としては大した実力ではなかったらしいのだが、美しすぎる格闘家としてそこそこの知名度とファンを持つ選手だった。

 強くて美しい選手が戦う姿、あるいは美人がボコボコにされる光景というモノには、一定の需要があるものだ。

 結局、自分の力に限界を感じて引退してしまったのだが、その後彼女は冒険者へと転職し、ダンジョンチューバーとなる。

 その動画は、一言で言うとREIKAの動画の模倣で、彼女はREIKAチルドレンと呼ばれる者の一人だった。

 それでも元々そこそこの知名度を持っていたことと、美人であることもあって彼女はREIKAチルドレンの中では代表格のダンジョンチューバーとなり、REIKAとコラボしたことも何度かあった。

 そんな彼女が、ブレイクし始めたのは数か月前のこと。プロライセンスを取得したことがきっかけだった。

 星の数ほどいるREIKAチルドレンの中でもプロまで行ったのはレイナが初めてで、TV局はこぞって『REIKAの弟子!』と彼女を持ち上げた。


 ……ただ、この『REIKAの弟子』という触れ込みについては、熱心なREIKAファンからは若干懐疑的ではあった。


 第一に、プロ合格後にREIKAから祝福メッセージを貰い、過去のコラボ動画内でいくつかレクチャーは受けてはいるものの、本人からは公式で弟子認定されていないこと。

 第二に、プロフェッサー型の冒険者を自称し、時間ができたらまた迷宮攻略に専念したいと公言しているREIKAに対し、レイナは明らかにタレント業に注力し、モンコロを主な舞台としているグラディエーター型であること。

 これらからレイナはダンジョンチューバーとしての弟子ではあるかもしれないが、冒険者としての弟子とは認められていない、というのがコアなREIKAファンの見方であった。


 俺個人としてもレイナがREIKAの弟子というのは、冒険者の感覚から言っても『うーん……?』という感じであった。

 動画外のことはよくわからないが、動画内において特にレイナがREIKAから指導を受けているようには見えなかったからだ。

 また動画の内容についても『迷宮やカードという存在に一般人にも興味を持ってもらう』事を目的としているREIKAの動画に対し、レイナのそれは『冒険者である自分に興味を持ってもらう』事を目的としているような節が見られた。

 まぁ、これは俺がREIKAファンであるが故に偏見かもしれないが……。

 だが、それでもレイナがソロでCランク迷宮を踏破し、プロライセンスを取得しているのは事実である。

 冒険者歴も五年と長く、俺よりも経験、リンクの技術ともに高いことは間違いない。

 カードの性能はこちらが上とはいえ、胸を借りるつもりで挑むべきだろう。


「今日はよろしくね、北川君」

「よろしくお願いします。いつもTVで拝見させてもらってます」


 試合開始の前に、闘技場の中央で握手をする。いつもはこんなことをしないのだが、今回はレイナの方から歩み寄ってきて握手の手を差し出してきたため、俺もそれに応えた形だ。

 間近で見たレイナは、予想以上に美人で若々しかった。芸能人でプロ冒険者と言うことで、美容に使う金はたっぷりあるのだろう。それに、結構胸もデカイ。


「こちらこそ、君のことは知ってるよ。キャリア一年未満でプロに近いレベルの三ツ星冒険者なんて嫉妬しちゃう。今日は手加減できないと思うけど、ごめんね?」

「いえ、プロの実力を間近で拝見できるチャンスと思って頑張ります」


 にこやかに笑顔を交わし、定位置へと戻る。

 ……さすが元格闘家のプロ冒険者と言ったところか。握手を交わした手は思った以上にゴツゴツとして力強かった。

 これは、もしかすると予想以上に苦戦するかもしれん……。


 ————そうして試合は、オッズでは俺が不利という状態から始まった。


 それぞれの選手のカードの後天スキルなどはマスクデータとなっている。

 どれだけ蓮華たちが反則的なスキルを持っているか知らない観客たちからみれば、霊格再帰があるとはいえ、多少のカードの性能差などアマチュアとプロの技量の差には及ばないと考えたのだろう。

 ……あるいは、単純に俺とレイナの人気度の差か。


『それでは試合開始! 両者カードを召喚してください!』

『——召喚!』


 実況の試合開始の合図と同時に俺たちはカードを召喚する。

 さて、まずは観客向けのパフォーマンスから、と俺が考えた瞬間。


『ッ!? マスター!』


 蓮華への敵の人狼の奇襲を、間一髪、イライザが献身の盾で受け止める。


「開幕! 奇襲かよ……!」


 まずはファンサービスから、というキャットファイトの暗黙のルールを知らないのか、あえて知らないふりをしているのか。レイナの初手は奇襲だった。

 イライザと鍔迫り合いをしている赤髪の人狼がニヤリと笑う。


『ごめんね、北川君。霊格再帰はさすがにキツいから速攻で沈めさせてもらうよ』


 同時にグンッと人狼の膂力が倍増する。……いきなりフルシンクロか!

 こちらも対抗し、イライザとフルシンクロする。

 それに気づいたレイナ選手と人狼が顔を顰めた。


『む、もうフルシンクロが使えるなんて、生意気……!』


 満月でもなく変身もしていない人狼と、血を蓄えたヴァンパイアでは、さすがに膂力はこちらが勝るようだった。

 一気に押し返してそのまま組み伏せ——。


『ッ!?』


 ——ようとしたところで、巧みにすかされ関節を極められた。

 ……勝負勘が良い! さすがに近接戦では相手が一枚上手か!

 素早く腕を霧化して、技から逃れる。

 すると相手の人狼も小さく舌打ちをして、素早くバックステップで自分の陣地へと戻って行った。

 仕切り直し。互いに睨みあう。

 実況の声も耳に入らない俺に対し、レイナ選手は余裕の表情。

 今のやり取りで自分の有利を確信したような顔だった。

 実際、近接戦で圧倒的アドヴァンテージを持っているのはあちらだ。

 マスターの格闘技能と武術スキルは、単純な足し算の関係にある。

 武術スキルは古今東西の武術の基礎の集合体である。そこからどういう動作を引き出していくかはカードやマスターのセンスや経験次第となる。

 この点、格闘技経験者はすでに自分の型を持っているため、武術から最適な動作を引き出すことに長けている。

 わかりやすく例えるなら、武術スキルを持つカードは格ゲーのキャラのようなものだ。同格キャラでの勝敗は、プレイヤーのセンスと練習量がモノを言う。

 ……やはり、出し惜しみは無しだ。霊格再帰を使う。

 霊格再帰を使ってはプロ相手にも圧勝してしまうかもしれん、それではマズイか……などと要らぬ心配をしていたが、とんでもない。


『蓮華、霊格再帰だ』

『了解』


 蓮華が、黒髪の童女から、妙齢の美女へと姿を変える。

 周囲に蓮華の花の香が漂い、神のカード特有の波動が広がった。

 それを見たレイナ選手がさすがに顔色を変える。

 さぁ、ここからが本当の勝負だ。

 俺は気合を入れ直し、全力でレイナ選手へと挑みかかった。


 そして————。




 数十分後。

 俺は一人、選手控室で頭を抱えて項垂れていた。


 ————瞬殺してしまった……。


 完全にやり過ぎた。

 霊格再帰した蓮華の戦闘力は、2300にもなる。内訳は、吉祥天の初期戦闘力×2(1500)+座敷童成長分(700)+霊格再帰(100)だ。

 この数値は、最高ランクのBランクカードの成長限界をも超えている。

 それがどういうことなのかということを思い出したのは、小手調べにライトニングを人狼へと向けて撃ったところ、一発で瀕死へと追いやってしまったのを見た時だった。

 それを見たレイナ選手と言ったら……。ドヤ顔が一瞬でスンッ……っていう顔になってたからな……。

 その後、すぐに回復魔法を使ってカバーしたのはさすがだったが……まさかレイナ選手がフルシンクロを一体しか使えなかったとは。

 考えてみれば、プロとは言え、三枚以上同時にフルシンクロできる者は少ない。

 シンクロ率を高めていくことと、複数のカードとシンクロするのは、似ているようで全く異なる技術だ。

 例えるならシンクロ率の高さが上手い字を書く技術だとすれば、複数枚のシンクロは左右の手でバラバラの文字を書く技術だ。

 当然、シンクロする枚数が多くなればなるほどその難易度は飛躍的に上昇していく。両手が埋まったら脚や口を使って字を書くしかないからだ。

 彼女がプロになってから一年も経っていないことを考えれば、複数枚同時のフルシンクロが使えなくても無理はない。

 一方で、こちらは戦闘力2300の吉祥天と、戦闘力1600のライカンスロープ、フルシンクロ可能なヴァンパイアと、実質的フルシンクロ三枚分以上の戦力だ。

 それに気付いた時のレイナ選手の顔は『ちょ……お前フルシンクロ三枚できるのかよ』と語っていた。

 途中でフルシンクロを止めて手加減するのもおかしいので、そのまま蓮華の力ということにして押し切ったのだが、これはちょっとマズイ勝ち方だろう。

 ハンデ戦だったとはいえ、プロに圧勝したとなると、いよいよ本格的に対戦相手がいなくなって干されるかもしれん。

 キャットファイトは、ロストするリスクも低く大金を稼げる良い場だったのだが……。


「北川さん、今ちょっと良いですか?」


 俺が頭を抱えていると、顔なじみの番組スタッフ、田中さんが訪ねてきた。

 俺が学生トーナメントに出る前から俺のTwitterをフォローしてくれていたという彼とは、待ち時間などに時折雑談をする仲である。

 今日もそんな感じかと思ったのだが、彼の申し訳なさそうな顔にどうやら違うと察した。


「どうしたんですか? そんな改まって」

「いや〜、ちょっと北川さんにお願いがありまして」

「お願いですか? ……日曜日のダウンダウン関係ですか?」

「あ、そちらは関係ないです、大丈夫です。……実は、キャットファイトで夏の特番を企画しておりまして」

「夏の特番」

「ええ、たくさんの三ツ星冒険者を集めて、誰がDランク迷宮を一番早く踏破できるかを競う、という番組なんですが」


 そう前置きして、田中さんは企画を簡単に説明し始めた。


 ……ふむ、簡単に纏めるとレースとバトルロイヤルを足して二で割ったような競技のようだ。

 総勢百名の選手が集められ、女の子カードのみを使って三つのDランク迷宮の踏破タイムを競う。

 選手はそれぞれ『星』というポイントを所有し、これを互いに賭けあって戦う、と。

 この『星』はそのまま番組側からの選手への出演料であり、ゴール後にお金やカードと交換可能。もちろん最初に一律で配られる十個の星とは別に、レースの着順によってもドカンと星を貰える。

 星の換金レートは一個百万なので、選手一人当たりの出演料は一千万程度か。

 モンコロの出演料としては、やや割が良いと言った感じ。ただ、ロストの可能性は通常のキャットファイトの比ではないだろう。


「HP上で募集した一般公募とは別に、視聴率を確保するために番組側がオファーした特別枠を用意していたんですが、実は一人出られなくなっちゃって」

「それで自分を、と」

「ええ、さっきの試合を見た上の人が『彼で良いんじゃないか』って。急な話で申し訳ないんですけど……」

「それっていつやるんですか?」

「それが……実は一週間後でして」

「一週間。うーん……」


 モンコロレースか……。正直興味がそそられないこともないけど、来週はさすがにキツイなぁ。冒険者部の合宿とかもあるし。

 俺がちょっと渋っているのを見た田中さんは、両手を合わせて拝んできた!


「お願いします! 結構スケジュール的に厳しくて北川さんで絶対OK貰ってこいって言われてるんスよぉ〜。ほら、賞品とかも結構豪華なんで、せめてこれ見て判断してみてください! ね?」


 押し付けられるように渡されたルールブックと賞品のリストを見てみる。

 目玉商品は、星600個で交換できるBランクカードのキマリス。一着で貰える星が500個なので、一着を取った上でそこそこ戦わなければ手に入らない感じだ。

 キマリスはソロモン七十二柱と呼ばれるカードの一枚であり、ソロモン七十二柱の特徴として眷属召喚の上位スキルとされる『軍団召喚』の能力を持つ。軍団召喚は眷属召喚の能力を持つ眷属を複数呼び出す能力であり、圧倒的人気を誇る。

 その中でもキマリスは希少な装備化スキルを持つカードであり、とても六億で買えるカードではない。最低でもその二倍、三倍はする。

 換金すると星の価値は低く、カードを選ぶと星の価値は高くなるのだろう。

 キマリスは魅力的だが、正直ロストのリスクを背負ってまで出場するほどじゃないなぁ……と思いながら何気なくリストを一枚捲り、俺は思わず驚きの声を漏らしかけた。

 おいおい、マジか。蓮華が運命操作をしたわけじゃない、よな?


 ————そこには、零落スキル持ちのサキュバスの名前が並んでいた。




【Tips】マルチシンクロ

 シンクロリンクの応用で、複数枚同時にシンクロする技術。一つのことにとことん集中するフルシンクロと異なり、マルチシンクロは同時並行的な作業を要求される。

 書道で例えるなら、シンクロ率の高さが字の上手さならば、マルチシンクロは両手で違う字を書いていく技術である。

 男性はフルシンクロ、女性はマルチシンクロの方が得意な傾向がある。

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