【コミカライズ記念】掲示板ネタ・学生トーナメント

 

「そろそろか……」


 時刻は18時55分。スマホで時間を確認した小野弘之(おのひろゆき)は、ポテチやポップコーンなどのお菓子の袋と2リットルのコーラを用意すると、自室へと向かった。

 勉強机の上に載ったノートパソコンの電源を付け、スマホを片手に、TVの電源も付ける。

 静寂に満ちていた部屋がTVからの音声で一気ににぎやかになった。


『——迷宮が現れ二十年。現代の文化は迷宮と共に発展してきた。その中で最も人気のあるコンテンツ、モンスターコロシアム。数多の血を吸ってきたこの現代の闘技場に、今宵、学生たちが挑む! プロの卵たち、クリスマス特番、学生トーナメント開幕です!』


 それを見た小野は小さく口の端を吊り上げ、ノートパソコンのアイコンをダブルクリックした。

 それはとある匿名掲示板の専用ブラウザだった。

 そこから、その番組の実況をしている板を開く。



【プロの卵の卵】学生トーナメント雑談スレ【TV番組の生贄】


 46:名無しの冒険者さん

 人いねぇなー

 クリスマス特番なのに過疎ってる


 47:名無しの冒険者さん

 クリスマスだからみんなデートにでも行ってるんだろ


 49:名無しの冒険者さん

 >>47

 やめろ

 やめろ……


 50:名無しの冒険者さん

 つか、そもそもグラディエーターのクリスマス特番の方にみんな行ってるんじゃね?

 所詮プロの卵たちは裏番組よ


 51:名無しの冒険者さん

 結局、何人くらい集まったん?


 53:名無しの冒険者さん

 >>51

 総数68人

 応募はもっといたみたいだけど、直前で大分日和った模様


 54:名無しの冒険者さん

 ってことは、4人余るのか


 57:名無しの冒険者さん

 番組のHP見る限り、一回戦は34組。二回戦は17組、三回戦は一人をシードにして、8組でまずは試合

 勝ち残った8人でくじをひいて、ハズレを引いた奴がシードと戦ってベスト8を決めるらしい


 59:名無しの冒険者さん

 ハズレを引いたら不利だな。でも予選を行うほど人数集まってないし、しょうがねぇな


 60:名無しの冒険者さん

 そもそも、企画が無謀過ぎんだよ

 セミプロでもない学生ばっか集めてトーナメントとか

 よく苦情こなかったなってレベル


 61:名無しの冒険者さん

 学生とは言え冒険者だろ?

 むしろ迷宮より安全じゃね?


 62:名無しの冒険者さん

 命の危険と言う意味ならそうだけどカードのロストの可能性は迷宮よりもよっぽど高いだろ


 63:名無しの冒険者さん

 高校生以下の部門なんてほとんど☆1か2だろ?

 虎の子のDランクカードをロストしたら廃業確定だな


 64:名無しの冒険者さん

 親の金で冒険者になった糞ガキどもがカードを失って泣き崩れる瞬間楽しみ


 66:名無しの冒険者さん

 >>64

 わかる

 こんな裏番組を見てるのなんてそれが見たいだけだからなw



「ま、そんなもんか」


 小野はここまでの掲示板の流れを見て小さく苦笑した。

 表番組のグラディエーターの方では、総勢十名ものプロ冒険者たちがBランクカードを使いロストするまで戦うデスマッチを行うということで、だいぶ前からネット上で話題になっていた。

 そのインパクトに対抗するために、前代未聞の高校生以下の学生トーナメントを開いたのだろうが……どうにも反応は良くなかった。

 未成年が殺し合いというのは興味が惹かれるが、所詮はテクニックもないアマチュア。しかもしょぼいカードばかりとあっては、滅多に見れないBランクカードでのサドンデスの方に注目が行くのはある種当然のことだろう。

 世論の流れを確認しつつ、小野はスマホのSNSアプリを開いた。

 クラスメイト達のSNSグループでは、盛んに学生トーナメントについての発言がやり取りされている。

 実際に自分の知人が出るかどうかが、ネットとの熱の違いだろう。

 話題の中心は、参加を表明している北川歌麿がどこまで行くか。

 学生レベルの可愛いらしい賭けも行われており、一番人気は二回戦負け、二番人気は一回戦負け、三番人気が三回戦負けで、大穴がベスト4入りであった。準優勝以上の予想はない。

 それに苦笑しつつ、小野はそこに南山の名前がないことを再確認した。

 どうやら、南山の参加はみんなに隠し通せているようだ。

 小野は、クラスメイト達には内緒でこっそりと南山を学生トーナメントへと送り込んでいた。

 それは北川の活躍を阻止するため……ではない。

 むしろ本命は南山の廃業を狙ってのことだった。


 小野は、南山のことが嫌いだった。

 というよりも、小野は大体のクラスメイト達のことが好きではなかった。

 小野の価値観は至ってシンプル。面白い奴が強い、である。

 学校生活で重視される要素は、概ね4つ。容姿、成績、運動神経、コミュニケーション能力である。

 だが、このうち本当の意味で人生の役に立つものはどれほどあるだろうか。

 容姿。確かに重要だ。恋愛から始まり、普段の人間関係においても容姿がもたらす第一印象は密接にかかわってくる。

 ……しかし、容姿は衰える。十代、二十代をピークとしそれ以降は上がることはなくひたすらに下がり続ける。

 その時、容姿だけで生きてきた人間に、何が残るだろうか。


 成績。人生を決定づけるという意味である意味最も重要かもしれない。この国では、良い大学に入れるかどうかが、生涯収入を決定づける傾向がある。

 だが、学生時代は成績が良かった人間が、いざ社会にでてみれば何の役にも立たないということは多い。

 学歴は確かに重要だ。だが、周りが同じレベルの学歴ばかりとなった時、一体自分は何を持っているだろうか?


 運動。体はいついかなる時においても資本だ。体力があって困る時など存在しない。推薦で入れるほどの実績を上げれば、学歴すら手に入れることが出来る。

 ところで、この世界でプロスポーツ選手として食っていける人間はどれほどいるだろうか?

 プロになれる素質を持つというだけで一握り。しかしそこから大金を掴むことができるのは、さらに一握り。

 どこよりも険しい弱肉強食の世界、それがスポーツの世界だ。


 小野は考える。

 容姿、成績、運動……どれも長い目で見れば人生の一時期しか役に立たない要素だ。

 だが、コミュニケーション能力は違う。

 生まれてから死ぬまで、コミュニケーション能力は役に立ち続ける。

 同じ能力レベルの人間で集団をつくることになるこの現代社会の中で、他に差をつけることができるのは、コミュニケーション能力が高い人間だけだ。

 よく、上司に胡麻をするのが上手いヤツだけが出世していき、能力があってもコミュニケーション能力がない奴は出世できない……なんていう話を聞くが、そんなもの小野にとっては当たり前な話だった。

 そもそも同じ職場にいるという時点で、おおよその能力に差がないことは証明されている。突出した能力があるならば、より上位の環境にいるだろうからだ。

 そこで、多少の有能無能を分けたって、所詮はどんぐりの背比べ。ならば、同じ職場の中でコミュニケーション能力が突出した人間が出世していくのは当然のことなのである。


 小野はかつて、根暗で友達が一人もいなかった。小学校三年生くらいまでの話だ。

 それが変わったのは、小学四年生の頃。父親の仕事の都合で、大阪に引っ越したのがきっかけだった。

 小野の通っていた小学校だけの話なのかもしれないが、東京の小学校では話題の中心はアニメや漫画、TVドラマだったのに対し、大阪の小学校ではお笑い番組が話題の中心だった。

 転校生だった小野は、今度こそ友達を作ろうと、周りに馴染むためお笑い番組を見まくった。

 が、結局小野が大阪の小学校で友達を作ることはなかった。

 大阪に来てわずか一か月で、再び東京に引っ越すことになったからだ。

 最初に通っていた小学校とはまた別の小学校に引っ越した小野を待っていたのは、『大阪からの転校生』というレッテルであった。

 『大阪から来たんだから面白いことの一つでも言え』という周囲の圧力に対し、小野は苦し紛れに大阪で人気だったローカルのお笑い番組のネタを披露した。

 それが、偶然にもバカ受けした。

 他人に笑われるのではなく、他人を笑わす。


 小野の人生で初めての成功体験であり、忘れられない思い出となった。


 一気にクラスの中心人物となった小野は、それからというもの面白いか面白くないかで物事を判断するようになった。

 面白い、というのは別にユーモアのセンスがある奴だけを指すわけではない。

 小野の中で面白い奴と言うのは、どんな方向でも良いから周りから突き抜けた何かを持つ者のことだ。

 良い意味で変わり者。それが小野の定義する面白い奴。

 例えば、野球部の高橋などは朝から晩まで泥だらけになってボールを追いかけているのを、本気で面白いと思っている変わり者だ。プロを目指しているわけではなく、みんなにチヤホヤされるのを目的としているわけではなく、野球が本当に楽しいからやっている。実に、面白い人間である。

 四之宮楓や牛倉静歌なども、あれで結構変わっている。

 逆にナリキンや南山のような奴は、小野にとって何の価値も見いだせない人間であった。

 何のオリジナリティもないファッションに身を固め、他者を蹴落とすことで相対的に自分の地位を上げようとするナリキン。

 自身にはなんら特別なものはないにもかかわらず、冒険者という肩書だけで周りより自分が上だと思い込んでいる南山。

 ……なんもおもんない。それが彼らに対する小野の本音。


 だから、消えてもらうことにした。


 南山の実力はよく理解している。高価な眷属召喚型のカードで固めた、ただ数で押すだけの稚拙な戦法。それでごり押しして攻略していくのが奴の迷宮探索だ。

 だが、それが通用するのは所詮Fランク迷宮がせいぜいで、夏休みに挑んだ昇格試験では這う這うの体で逃げ出してきたというのを小野は知っていた。

 そんなアイツが、まがりなりにも二ツ星の北川に勝てるわけがない、というのが小野の見立てだった。

 南山と北川が、大会でうまくぶつかるかどうかは運次第であったが、もし自分が番組側ならば同じ高校の二人を早めにぶつけるだろうな、とは考えていた。

 そうなった場合、南山に屈折した想いを抱いているだろう北川は、高確率で南山のカードをロストさせるに違いない。

 その際に、運よく同士討ちになってくれれば、小野にとって言うことはなかった。

 当初大会に出るつもりのなかった南山を、出場するよう誘導するのは簡単なことだった。

 知り合った当初からなぜか覗かせていた北川に対する謎の対抗心、それと小野が冒険者になったことによるカースト地位に対する危機感、最後に牛倉静歌に対する仄かな下心……。

 それをほんのちょっと煽ってやるだけで、南山は大会への出場を表明した。

 クラスメイトたちにそれを隠すように言ったのは、小野が南山を誘導したと思われたくなかったからだ。

 南山は、北川に対しての異常な敵対心から彼の優勝を妨害するために大会に出場し……自滅した。

 そういう風にみんなが察してくれるのが、ベストだった。

 問題は、短期間で二ツ星まで上がり、イレギュラーエンカウントの討伐実績まである北川がどの程度まで行くか不明なことだったが……。


「まあ、勝ち進んだらその時はその時か。いやいや、北川君はイレギュラーエンカウントとも戦ったことあるんやし、意外と優勝したりするかもわからんで、と……」


 小野は、SNS上で北川が勝ち進んだ時のために彼を持ち上げる為の布石と、逆に早々に負けた際にこき下ろすための布石、その両方を巧妙に撒きつつTV画面へと目を向けた。

 そこには、数十組の対戦者の中でも、より選りすぐりのシーンを集めたのだろう、稚拙ながらも真剣さの伝わってくる戦いが映し出されていた。


 101:名無しの冒険者さん

 所詮はセミプロ未満の学生冒険者と思ってたけど、結構見ごたえあるな


 103:名無しの冒険者さん

 スポンサーのついてるプロと違って、負けてもカードの保証がないからな

 ある意味プロより真剣さが伝わってくるわ


 106:名無しの冒険者さん

 カードをロストされた選手が、試合終了後に殴りかかったのはさすがに笑ったw


 108:名無しの冒険者さん

 自分のカードを全滅させられた負け選手と、勝ったはいいけど主力のDランクカードをロストした選手の互いに呆然とした顔とかw

 何度見ても笑えるwww


 109:名無しの冒険者さん

 絶望、というタイトルで絵にしても良いくらいだなw


 113:名無しの冒険者さん

 JK冒険者が可愛いケットシーをロストされて泣き崩れるシーンを見た時

 なんていうか……その…下品なんですが…フフ……おっき……しちゃいましてね……


 116:名無しの冒険者さん

 >>113

「ぼ」を「お」に変えてもNGだからw

 でもわかる


 117:名無しの冒険者さん

 モンコロの質としてはグラディエーターの方が圧倒的に上だけど

 愉悦部としては断然こっちの方が上だな


 120:名無しの冒険者さん

 質は確かにあっちの方が上かもしれないけど熱はこっちの方が上じゃね?


 121:名無しの冒険者さん

 負けた選手もみんな熱いわ


 122:名無しの冒険者さん

 てか、意外と名付けしてる奴ら多いんだな


 124:名無しの冒険者さん

 確かに

 名づけをすると資産価値を失うから、ペット感覚での名づけは出来る限り避けるべきってのが、冒険者の認識じゃなかっけ?


 125:名無しの冒険者さん

 それはあくまでカードの転売で稼いでるグラディエーターの主張であって

 アマチュアではまた違ってくるんだろう


 126:名無しの冒険者さん

 俺も女の子カード手に入れたら絶対名付けする自覚あるわ


 128:名無しの冒険者さん

 >>126

 やめてくれ……貴重な女の子カードがまた独占されてしまう……


 130:名無しの冒険者さん

 女の子カードへの名付けが価格沸騰の要因の一つではあるからな〜


 133:名無しの冒険者さん

 お? 次、同じ高校同士か


 134:名無しの冒険者さん

 同じ高校同士で初戦とかwww

 番組、確実に仕組んだろwww



「お? ついにか!」


 小野は、TVから聞こえてきた選手たちの名前に、PCからTVへと視線を移した。

 そこには、南山と北川の冴えない顔が二つ並んでいた。

 手元のスマホからSNSを見ると、そこには南山の参加を知らなかったクラスメイトたちの驚きのコメントが土石流のように流れていた。

 小野は、このことを知っていたのかというクラスメイトたちの問いに対し、まったく知らなかったと惚けつつ、自身の策略が成ったことに口端を吊り上げた。


「南山くん、どうやら負けてしまったみたいやなぁ。短い間やったけど、お世話になりました、と」


 大会初日から数日たった今日にいたっても、南山から小野に対して連絡は来ていない。

 彼の性格上、もし北川と当たって勝ったなら、絶対に小野には自慢してくるはずだ。

 にもかかわらずそれがないということは、連絡できる精神状態ではないということ。

 それは、南山の敗北を意味していた。


「とりあえず、南山のカーストトップ脱落と、北川くんのカーストトップ内定は確定と」


 小野はラインに北川有利のコメントを書き込んだ。

 裏事情を知るが故の勝敗予想であったが、それを知らないクラスメイト達は冒険者視点からの勝敗予想と見ることだろう。



 140:名無しの冒険者さん

 同じ高校でクラスメイトで、苗字が北と南ww

 出来過ぎだなw


 141:名無しの冒険者さん

 これ学校でも絶対ライバル関係だろw

 お互いにめっちゃ敵意むき出しじゃんw


 142:名無しの冒険者さん

 これは面白い戦いが見れそう


 145:名無しの冒険者さん

 召喚した

 南はボアオークとハイコボルト×2か

 典型的な増殖デッキだな


 147:名無しの冒険者さん

 プロだと速攻で潰されて終わりだけど

 泥試合の多い学生トーナメントではアリな戦略じゃね?


 148:名無しの冒険者さん

 北はグーラーとザントマンと……あれ? いない?


 150:名無しの冒険者さん

 たぶん気配を消してると思われ


 151:名無しの冒険者さん

 ☆2にしては北の方、カードのランク低いな

 こんなもん? それとも見えないのがD?


 153:名無しの冒険者さん

 温存してるんじゃね?

 まあ☆2ならDランクカード一枚でもイケルっちゃあイケルけど


 154:名無しの冒険者さん

 もし温存ならヘタ打ったな

 Dランクカードでも上位のボアオークとグーラーじゃあ勝負にならん


 156:名無しの冒険者さん

 あ……


 157:名無しの冒険者さん

 おお! 速攻眠らされたwww


 158:名無しの冒険者さん

 ちょw えげつねぇww


 160:名無しの冒険者さん

 あー、これは☆2あるあるだわwww


 161:名無しの冒険者さん

 ザントマンとナイトメアのクソコンビのトラウマ蘇るわ


 163:名無しの冒険者さん

 お? 冒険者の方かな?

 どういう絡繰り?


 166:名無しの冒険者さん

 >>163

 Eランク迷宮で出るとウザい鉄板の組み合わせが、このザントマンとナイトメアのコンビなんだよ

 ザントマンで眠らせて、ナイトメアで寝てる間に殺される

 南は☆1か

 状態異常対策もってなさそうだな〜Fラン迷宮までは必要ないし


 168:名無しの冒険者さん

 ☆1と☆2の経験の差か


 169:名無しの冒険者さん

 つかこのグーラーも強いな

 グーラーってこんな滑らかに動けたっけ?


 171:名無しの冒険者さん

 それよりも指示なしで動いてる方が気になるわ

 これは相当仕込んでるな


 172:名無しの冒険者さん

 よく見ると、このグーラーさん結構美人


 174:名無しの冒険者さん

 蓋を開けてみりゃあスルスル勝ったな


 175:名無しの冒険者さん

 ボアをロストさせなかったのは、クラスメイトの情けか


 179:名無しの冒険者さん

 なんかこの大会で試合終了後に襲い掛かった奴いたとかSNSに流れてたけど、全然そんな様子ないな


 181:名無しの冒険者さん

 デマだろ

 証拠の動画もなかった奴じゃん

 それかさっきの殴りかかった奴を大袈裟に言ってただけか


 185:名無しの冒険者さん

 仮にそう言った事故が起こったとしても完全に番組側の準備不足

 プロ意識のない学生相手のトーナメントなんか開いてるんだから

 そういったトラブルに対しては人一倍気を遣っておくべき


 186:名無しの冒険者さん

 ガキなんだから頭に血が上りやすいだろうしな



「試合後に襲い掛かった……? まさかな……」


 小野の脳裏に一瞬だけ南山の顔が過ったが、すぐに振り払う。

 いくらなんでもそこまでバカじゃあないだろう。

 しかしそれにしても……。


「北川君、強いなぁ」


 北川が勝つのは予想通りだった小野だったが、この楽勝っぷりは些か予想外だった。

 南山に冒険者としてのテクニックがないのは知っていたが、持ってるカードの強さは別だ。南山のボアオークは、Fランク迷宮では無双と言える戦闘力を誇っていた。

 一度お遊びで自分のオークと手合わせしてもらったことがあるが、眷属召喚抜きでも手も足も出なかったほどだ。

 それを、同じD×E×Eの組み合わせで、しかもDランクカード最下級のグーラーで倒した。

 これは、北川の育成能力の高さを物語っていた。

 それに……と小野はかつての教室でのやり取りを思い出す。

 あの時、北川は自分のカードを晒すのを嫌がっていた。

 四之宮たちのフォローでうやむやになっていたが、あれはおそらく学生レベルでは持てないレアカードを持っていたからだ。

 だが、この試合ではごく普通の学生冒険者レベルのカードしか使用していない。

 つまり……隠し玉があるということだ。


「これは、ベスト4に届くやもしれんな……」


 小野はSNS上での世論誘導を、北川を応援する方向に切り替えることにした。

 おそらく北川はこの大会でそこそこの実績を残す可能性が高い。万が一ベスト4まで行った際、自分が敵対している空気だとカーストトップから落ちる危険性がある。

 ならば、今の内から小野は北川を応援していたという空気を作るべきだ。

 仮に北川がすべてのカードを失っても実力を示した以上ある程度の地位は保障されるだろうから、どう転んでも損はしないはず。

 小野がクラスメイト達の世論を操作しているうちにもTV番組は進んでいく。

 一回戦が終わり、場面が二回戦へと移ると北川はほとんど出なくなってきた。

 見どころの有るシーンが無かったのか、あっさりと消えてしまったのか……。

 判断に迷いつつも、ライン上では一貫して北川の味方をし続ける。そうと決めたらブレないのが重要だった。

 同時にTwitterでも番組の内容について適当に呟いていると、他のクラスの友人からとあるリツイートが回ってきた。


 シュン:これってもしかして北川って奴のTwitterじゃね?


 それは、とある新人冒険者の活動日記だった。

 ギルドのカードパックで、座敷童とクーシーとグーラーを一気に当てた幸運な冒険者が、個性的すぎるカードたちに四苦八苦する内容のTwitter。

 その中の一体は、確かにあの試合に出ていたグーラーであった。

 ……間違いない、これは北川のTwitterアカウントだ。

 このタイミングで特定できるとは、ツイてる。

 小野はニヤリと笑うと、高速でそれまでの投稿内容を読み込み始めた。

 グレてる座敷童のお菓子レビューに、小器用なグーラーの演奏動画、クーシーのモフモフ動画と多彩なコンテンツがウケてか、なかなかのフォロワーを獲得しているようだった。

 適当にいいね!の多かった動画を開いてみる。


『ハイ、今日のお菓子は、ダンジョンマートで独占販売している、死ぬほどうめぇ棒です』


 北川らしき声が、うめぇ棒を映しながら言う。

 すると、可愛らしい子供の声が横から飛び込んできた。


『えー、今日はうめぇ棒かよ。ケチってんじゃねーよ』


 カメラが移動し、紅い和服を身に纏った小学生くらいの美少女を映し出した。艶のある黒髪をパンキッシュに跳ねさせた、ちょっと眼つきの悪い女の子だ。


『ケチってねーよ。これは限定発売品で、うめぇ棒のくせに一本百円もするんだぞ』

『うめぇ棒のくせに百円!?』

「たっか! そんなん出てたんか!」


 思わず動画に向かってツッコミを入れてしまう小野。


「ようそんなん買う気になったな……通常の十倍のうめぇ棒とか、どんな味なんや」


 北川が座敷童へとうめぇ棒を手渡しながら説明する。


『ダンジョンマートの企画部と合同開発した、死ぬほどうめぇ棒、マリーアントワネット味だ』

『マリーアントワネット味!? どんな味だよ!』


 マジでどんな味だ……。


『まぁまぁ食ってみろって』

『あ、ああ……』


 座敷童が恐る恐るうめぇ棒を受け取る。通常の十倍の値段と言うだけあって、やたらキラキラした包装に包まれている。お馴染みのキャラクターもなぜかお姫様のようなドレスを身に纏っていた。


『ん? この匂いは……』


 袋を開けた座敷童が小さく呟く。なるほどね、と呟くと豪快に一口齧る。

 小野はいつしか固唾を呑んで、彼女の反応を伺っていた。どうだ……どんな味なんだ?

 座敷童がカッと目を見開く。


『う……』

「う?」

『う、うめぇぇぇ! こ、これは! ケーキ味! ショートケーキの味だ! 確かにうめぇ棒特有のサクサク感がありながら、しっかりショートケーキの味と風味がする! ぶっちゃけ、同じ値段のパウンドケーキなんかよりよっぽど美味い!』


 なるほど、マリーアントワネットだからケーキ味ということか、と小野は納得した。


『こりゃあ十倍の値段がするだけあるぜ。マジで死ぬほど美味い! おい、イライザお前も食ってみ!』


 座敷童は、興奮しながら横に立っていたグーラーへとうめぇ棒を勧める。

 だがグーラーはすげなくそれを断った。


『いりません』

『あ? なんでだよ、いいから食ってみろってマジで死ぬほど美味いからよ』

『だから、いりません』

『なんでだよ!』

『まだ、死ぬわけには、いかないので』

『もう死体だろうが……!』


 バシンと空の袋を地面へと叩き付ける座敷童。

 そこで、動画は終わった。


「フフ」


 ちょっと面白かった。全体の流れは北川の仕込みだろうか。

 小野は彼の評価を少し上げることにした。


「しかしこれを見る限り北川くんの手持ちはCランクが一枚にDランクが三枚か。組み合わせ次第やけど、これはマジでベスト4入るかもしれへんな」


 その小野の予想はアタリ、北川はベスト4へと入った。

 ただしその過程については、一回戦以外印象に残らないものだった。

 いつの間にか勝ち上がり、ベスト4に入っていたという感じだ。

 高校生以下の部は、途中から明らかに神無月というイケメンと、十七夜月という赤毛の美少女に焦点が当たっており、他の選手は大体カットかダイジェストになっていたからだ。

 北川が画面に戻ってきたのは、残ったベスト4の選手たちを集めてインタビューを行った時のことだった。


 578:名無しの冒険者さん

 残った選手が明らかに主人公組とモブに分かれてる件について


 580:名無しの冒険者さん

 これは……ちょっと残酷すぎますね


 583:名無しの冒険者さん

 決勝戦は神無月と十七夜月に100万ペリカ


 584:名無しの冒険者さん

 もうね、苗字からしてフラグが立ってますよ


 586:名無しの冒険者さん

 これ完全に番組側、この二人が残るように仕組んだろwww


 589:名無しの冒険者さん

 仕組むまでもなく、コイツラは残ったと思うけどな

 カードも実力も(顔も……)違い過ぎる


 590:名無しの冒険者さん

 神無月は三ツ星冒険者か

 セミプロクラスだな


 591:名無しの冒険者さん

 >>589

 顔はやめて差し上げろ……


 592:名無しの冒険者さん

 高校生で三ツ星は……。ベスト4入りは、やる前から決まってたようなもんだな


 595:名無しの冒険者さん

 とは言え、強すぎるから出るなとは言えないからな〜

 コイツが出るのを知らなかった他の選手たちは可哀想でしたということで


 598:名無しの冒険者さん

 むしろコイツと当たった選手は幸運だったんじゃね?

 一体もロストしてないし

 下手に拮抗した奴と当たる方がキツイという事実


 599:名無しの冒険者さん

 一理ある


 601:名無しの冒険者さん

 イケメン嫌い

 はやくカード全部失ってやめろ


 603:名無しの冒険者さん

 格下ばっかの大会に出て僕が優勝しますとかうぜー


 606:名無しの冒険者さん

 出るまで格下ばっかって知らないんだから仕方ねーだろ


 607:名無しの冒険者さん

 佐藤ユージンwww


 608:名無しの冒険者さん

 モブなんだから無理すんなw


 610:名無しの冒険者さん

 ああああ、もう見てらんないよぉ……

 これが共感性羞恥心って奴か……


 611:名無しの冒険者さん

 アナウンサーも空気読んでさっさと流したな


 613:名無しの冒険者さん

 アンナちゃん可愛いー


 614:名無しの冒険者さん

 語尾がッスとか、キャラ立ってんなw


 616:名無しの冒険者さん

 この苗字ってダンジョンマートの社長の?

 って書き込んでるうちに答え出たわ


 617:名無しの冒険者さん

 あの社長、こんな可愛い娘さんいたのかよ


 620:名無しの冒険者さん

 知らねぇの? 結構前に超美人のフランス美人と結婚してるってことで炎上してたよ


 622:名無しの冒険者さん

 炎上ww

 別に誰と結婚してても良いだろあれだけの金持ちなんだから


 625:名無しの冒険者さん

 どうみても童貞っぽいのにリア充だったってのが嫉妬を煽ったんじゃね?w


 628:名無しの冒険者さん

 最後は北川か

 コイツもウタマロってすごい名前だな


 630:名無しの冒険者さん

 顔はモブだけどアソコはデカそう

 ウタマロだけに


 631:名無しの冒険者さん

 インタビューは無難にまとめたな

 ユージンから学んだか


 633:名無しの冒険者さん

 ユージンは犠牲になったのだ……


 635:名無しの冒険者さん

 さすがにベスト4の賞品なだけあってどれも良いカードばっかだな


 638:名無しの冒険者さん

 どれも最低500万はくだらないな


 639:名無しの冒険者さん

 誰もヨモツシコメには見向きもしない件ww


 642:名無しの冒険者さん

 そりゃあネコマタとかシルキーとか並んでる中、それは、ねぇ……?w


 645:名無しの冒険者さん

 性能だけはクッソ良いんだけどね

 ヨモツシコメ

 Dランクでは間違いなく最強で、Cランクとも渡り合えるカード

 なお、容姿


 646:名無しの冒険者さん

 神無月とユージンはさっさと決めたな


 649:名無しの冒険者さん

 予め決めてたんだろ


 650:名無しの冒険者さん

 ウタマロとアンナちゃんは迷ってんな


 652:名無しの冒険者さん

 事前に候補を決めてても実物を目の前にしたら迷うもんよ


 654:名無しの冒険者さん

 お? アンナちゃんとウタマロの候補が被った


 656:名無しの冒険者さん

 候補が被った場合どうなんの?


 657:名無しの冒険者さん

 話し合いで決めるんでしょ


 659:名無しの冒険者さん

 おお、大会の成績が良い方が勝ち取るとか熱い展開だな


 660:名無しの冒険者さん

 負けた方も、他に魅力的なカードあるし悪くない提案だな


 663:名無しの冒険者さん

 これ、番組的に次の試合ウタマロとアンナで組むんじゃね?


 665:名無しの冒険者さん

 決勝まで二人が残るとは思えないし戦わせないってのはありえないだろうしな



「とりあえずベスト4に残ったんか」


 イマイチ盛り上がりに欠ける展開ではあったが、結果は結果だ。

 全国の高校生クラスの冒険者の中ではトップレベルであることを証明できたのはデカイ。

 あとは損失を出来るだけ抑えられれば残りの学校生活も冒険者生活も安泰だろう。

 ラインでも皆、クラスメイトがベスト4まで残ったことに興奮しているようだった。


 そうして、準決勝が始まった。


 顔面偏差値の残酷なまでの差もあって、人気は完全にアンナの勝ちのようであった。

 まあ、ハーフの美少女とモブ顔の冴えない男だったら、誰だって美少女の方を応援するというものだ。


 両者がモンスターを召喚する。

 十七夜月選手のメンバーは、ユニコーンとリビングアーマー、それにエルフの美少女。

 それを見た小野は、思わず「うお、マジか」と呟いてしまった。

 ただでさえ高額なエルフ、その女の子カードというのはモンコロですら……いやモンコロだからこそ滅多に見ることのないレアカードだ。

 最低価格で一億から、スキルや容姿によってはその何倍もの値段になるという女エルフ。

 そんなものを持っている中高生など、全国でも十七夜月選手くらいだろう。

 ユニコーンもリビングアーマーもDランクの中では高額なカードで、さすがダンジョンマートのご令嬢というところであった。

 だが、彼女が高額なカードを持っているということはさほど不思議ではない。

 小野にとって重要なのは、北川の方のカードであった。

 北川が召喚したのは、グーラーとエンプーサ、それに先ほどのTwitterの動画でも見た座敷童だった。


「ものの見事に女の子カードばっかやな」


 欲望丸出しなハーレムパーティーに呆れつつも、しかしこれはスゴイな、と小野は唸った。

 中高生レベルでDランクの女の子カードを持っているだけでも羨望の対象になるというのに、それを三枚……しかもそのうち一枚はCランク、というのは高校生のレベルを超えていた。

 これを一回のカードパックで当てるとは……なんという幸運。まさに宝くじが当たったようなものだ。

 だが、入手手段は問題ではない。他人から羨ましがられるカードを持っている、ということが重要だった。

 少なくとも、学校という空間においては……。

 この大会でカードを失いさえしなければ、北川の立場は盤石だろう。


「となると、今の立ち位置じゃあ若干不味いな」


 小野は、和解したとはいえ一度北川と対立しているところをクラスメイト達の前で見せてしまっている。

 休み明け、北川が名実ともにカーストトップになった時、それを利用して小野を蹴落とそうとする動きが出る可能性があった。


「今のうちに旗色を明確にしておくべきだな」


 小野はそう呟くと、SNS上での工作を開始した。

 ぽっと出の奴が一気に活躍し始めると、どうしても嫉妬を募らせたり、邪推をする奴が湧いてくる。その火消しを始めたのだ。

 同時に、クラスメイトたちには「みんなで北川を応援しよう」という空気を作り出す。

 こうして北川がすんなりとカーストトップとして認められる下地作りをしつつ、成り上がる前から味方をしていた、という実績を積んでいった。

 そうこうしているうちに、試合が始まった。

 先手を取ったのは……意外にも北川であった。


 701:名無しの冒険者さん

 おお!? 状態異常決まった!


 702:名無しの冒険者さん

 ダイレクト決まった!?


 703:名無しの冒険者さん

 防いだ! ってか、アムドてw


 705:名無しの冒険者さん

 古いなw 今時のガキとか知らないだろw


 706:名無しの冒険者さん

 北川と座敷童ちゃんも反応してるやんけw


 707:名無しの冒険者さん

 結構最近の子も知ってるんだな。ってか座敷童ちゃんも読んでるのかw


 709:名無しの冒険者さん

 最近の復刻ブームに乗って再アニメ化しねーかな


 710:名無しの冒険者さん

 カードにも漫画読ませてるとか、俺的に評価高い


 713:名無しの冒険者さん

 >>710

 わかる

 カードを使い捨てにする今の冒険者界隈の風潮嫌い


 714:名無しの冒険者さん

 北川って一回戦でも眠りの状態異常使ってたな

 必勝パターンなのか?


 717:名無しの冒険者さん

 座敷童は回復魔法と状態異常の確率を上げる典型的なサポートタイプだからな。

 エンプーサはデバフタイプで眠ってる相手の特効持ちだし

 そういうコンセプトのパーティーなんだろ


 719:名無しの冒険者さん

 単に女の子カードだけ集めたってわけじゃないわけか



 その後、十七夜月選手がイミュニティで状態異常対策を取ると、激しい攻防が交わされ始めた。

 リビングアーマーはグーラーが、エルフは座敷童が、ユニコーンはエンプーサがそれぞれ相手取る形だ。

 得意の状態異常を封じられ不利かと思われた北川であったが、思いのほか善戦していた。

 特に、グーラーの奮闘が目覚ましい。

 リビングアーマーとグール(グーラー)では、その評価に天と地ほどの差があるが、その理由は低級アンデッドであるグール(グーラー)では自分で高度な判断をできないところにある。

 ところが北川のグーラーは、グール(グーラー)とは思えぬほど滑らかな動作で戦闘力が上のはずの相手の攻撃を捌きつつ、脇を抜けてマスターの元へとダイレクトアタックしに行こうとするリビングアーマーを防ぐ、という臨機応変な対応を見せていた。

 これは明らかに心を持つアンデッドの動きであり、アンデッドの自我を目覚めさせるのは並大抵のことではないと言われる中、北川がそこまでグーラーを育成したことを意味していた。



 744:名無しの冒険者さん

 このグーラーすげぇな……


 746:名無しの冒険者さん

 アンデッドとか無機物系って高度な思考出来ないんじゃなかったっけ?


 748:名無しの冒険者さん

 普通は出来ない

 つか命令も碌に聞けないし、これは確実に心が芽生えてる動き


 751:名無しの冒険者さん

 低ランクのアンデッドで心が芽生えるとかあんの?


 755:名無しの冒険者さん

 不可能ではないけどアンデッドに心系のスキルを覚えさせるのは

 普通にスキルを覚えさせるよりかなり大変

 カードの属性によってスキルの覚えやすさ、覚えにくさがあるから


 760:名無しの冒険者さん

 心が芽生えるくらい大切に育てたってことか

 いいね


 766:名無しの冒険者さん

 人形とかアンデッドの本来心の無い存在に心が芽生える展開とか……


 大好物です


 767:名無しの冒険者さん

 よく見ればかなりの美人でスタイルも抜群だし

 これならグーラーでも俺イケるわ

 ……臭いさえなければ


 768:名無しの冒険者さん

 座敷童ちゃんには漫画とか読ませたりカードに名づけもしてるみたいだし

 この北川ってのは育成に力を入れるタイプみたいだな


 772:名無しの冒険者さん

 今の冒険者界隈の主流じゃないのかもしれないけど俺は好きよ

 やっぱ女の子カードユーザーならちゃんと扱ってくれないとね


 775:名無しの冒険者さん

 女の子カードに名づけされると流動が無くなって個人的には困るんだよな〜

 価格が高騰する要因だしさ



 試合の熱が上がるにつれて、スレの流れも徐々に加速していく。

 どうやら表番組のグラディエーターの方から徐々に人が移動してきているようだった。

 ふと、小野は話題の中心が北川ばかりとなっていることに気付いた。

 この試合が始まる前は、十七夜月選手の容姿ばかりが注目されていたというのに……。

 北川歌麿という、ただの無名の少年の名が、徐々に人々の頭に刻まれ始めていた。


 ————先にミスをした方が終わる、緊迫した均衡状態。それを先に動かしたのは……北川の方だった。


 北川が目つぶしの魔道具を地面にたたきつける。

 一瞬の閃光。十七夜月選手はそれにリビングアーマーを身に纏うことで対処するが、代わりに座敷童の姿を見失う。

 姿を隠し、ダイレクトアタックを狙うつもりか。

 十七夜月選手は、逆に先手を取って北川へのダイレクトアタックを行うことで相手の作戦を破綻させることを目論むも、グーラーによって防がれてしまう。

 そしてその隙を突かれ、状態異常対策の要であったユニコーンを落とされてしまった。

 昏倒したユニコーンに、夢魔が潜り込む。

 こうなれば、ユニコーンのロストは時間の問題だろう。

 時間制限が発生してしまったことで、勝負の天秤は一気に十七夜月の不利へと傾く。

 十七夜月選手は短期決戦を狙うも、それこそが北川の狙いだったのだろう。

 意識から外してしまったエンプーサからの奇襲により、瞬く間に勝敗がついた。

 北川の作戦勝ちだ。



 804:名無しの冒険者さん

 北川が勝ったか

 カードの質的にはアンナちゃんの方が上だったんだけどな


 805:名無しの冒険者さん

 北川選手の作戦勝ちって感じか


 811:名無しの冒険者さん

 というよりもアンナちゃんの自滅もやや入ってる感じかな

 眼潰しの後、座敷童が姿を消したところでアンナちゃんは無理に攻めに入らず守りに入っておけばよかった

 北川選手からのダイレクトアタックを警戒してたみたいだけど

 リビングアーマーを装備してるならダイレクトアタックはそんなに警戒する必要もないわけで

 座敷童も姿を隠しているうちは積極的に攻撃に参加できないわけなんだから

 リビングアーマーを自身の守りに置きつつ堅実に相手のカードを一枚ずつ落としていくべきだった

 そのうち形成が不利になったら座敷童ちゃんも姿を現さずをえなかったはず


 820:名無しの冒険者さん

 それは結果論だろ

 あの時点では北川選手の狙いもわかっていなかったんだから

 逆にダイレクトアタックを狙うことで相手の狙いをあぶりだすのは間違いじゃない

 そもそもリビングアーマーの装備化はそんなに防御力高くないからな

 Cランクカード相手だとヘタするとマスターごと落とされる可能性も十分ある

 まあ確かに落ち着いて考えればもっと上手い手もあったかもしれないがそれは安全なTVの前で考えてる俺らだからできることで、高校生にあの状況で瞬時に最適解を出せってのは厳しいよ

 あれは上手く相手の攻撃を誘ってユニコーンを落とし、さらにそれすらも布石にしてエンプーサの存在を相手の意識から外した北川選手を褒めるべきところだろ


 829:名無しの冒険者さん

 ああ、そうか……たしかに高校生だもんな、完全に忘れてたわ

 普段見てるプロの試合基準で考えてた

 そう考えるとむしろ学生レベルとは思えないくらいにレベルたけーな


 830:名無しの冒険者さん

 次の試合も楽しみになってきた



 これまで掲示板の雰囲気は、高校生たちががむしゃらに戦う姿——あるいは無様にカードを失う様——を楽しむものだった。

 だが北川と十七夜月の戦いが戦術を駆使するものであったためか、スレの雰囲気も戦術を考察する真面目な流れに変わりつつあった。

 これはプロやセミプロクラスの試合を見る時と同じ空気であり、先の試合がそれに準ずるレベルであることを示していた。


「こりゃ南山程度じゃかませ犬にもなれないわけだ」


 ここに至り初めて、小野は「南山に悪いことしたな」と苦笑した。

 北川の方が格上なのはわかっていたが、ここまで実力差があったとは……。さすがに素人に毛が生えたような奴をセミプロクラスにぶつけたのは残酷過ぎた。


「しかし、人間の才能ってのは、つくづく見かけからはわからんもんだ」


 そうして準決勝第二試合が始まった。

 ……が。



 899:名無しの冒険者さん

 これは酷い……


 901:名無しの冒険者さん

 【悲報】ユージンさん、一切見せ場無しで瞬殺される


 902:名無しの冒険者さん

 ユージンだせーなw


 910:名無しの冒険者さん

 いや、これは神無月が強すぎるわ

 これこそ完全にプロレベルだろ


 911:名無しの冒険者さん

 ユージンもアンナちゃんか北川にあたれば善戦できただろうにな

 ロストしなかったのが唯一の救いか


 912:名無しの冒険者さん

 これもう優勝決まったろ

 決勝戦やる必要ある?


 921:名無しの冒険者さん

 ベスト4まで残れば賞品はもらえるわけだし、ロストする可能性がある以上北川選手としては出るメリットはまったくないな


 929:名無しの冒険者さん

 だな

 さすがにこれと戦えってのは酷だわ



 神無月選手と佐藤ユージン選手の戦いは、あまりに一方的な物だった。

 ユージン選手のカードは神無月選手のカードに終始翻弄され、実力差を悟ったユージンの降参で幕を閉じた。

 それは囲碁の上級者が初心者に指導碁を行うような、あるいは意地悪な猫にネズミが遊ばれるような……そんな圧倒的格上による配慮と残酷さが入り混じった光景だった。


「これは、北川の優勝の目は完全に消えたな……」


 まぁ、準優勝でも十分だろう。

 ベスト4にさえ入れば賞品は手に張るのだから、先の試合も合わせてここから先はもはや蛇足だ。

 北川も一応挑む姿だけは見せて、カードを失う前に降参することだろう。

 小野はクラスメイト達に向けては北川を褒めちぎりつつも、どこか冷めた気分でそんなことを思った。




 20:名無しの冒険者さん

 北川は座敷童、グーラー、クーシー

 神無月はウィッチ、リザードマン、ケットシーか

 一応カードのランクとしては対等か


 23:名無しの冒険者さん

 は? Cランク4枚?


 24:名無しの冒険者さん

 決勝なのにCランクは一枚しか使わないとか

 舐めプかよ


 29:名無しの冒険者さん

 ……なるほど、自力で手に入れたモノじゃないから使わないと

 そういうの嫌いじゃない


 33:名無しの冒険者さん

 俺は嫌い

 結局舐めてるのか変わりないっしょ


 38:名無しの冒険者さん

 まぁ……舐めてても勝てそうだからな


 39:名無しの冒険者さん

 北川も座敷童ちゃんも切れてんなw

 めっちゃ悪い顔してるw


 44:名無しの冒険者さん

 この座敷童ちゃん結構良いよな

 普通の座敷童は常にお澄まし顔だけど、この子はコロコロ表情変わって可愛い


 51:名無しの冒険者さん

 ちょっとグレてる感じなのが可愛いよな


 52:名無しの冒険者さん

 お、始まった



 試合は北川の座敷童の不意打ちから始まった。

 先の準決勝でも座敷童の奇襲から始まったから、北川の作戦というよりはもしかしたらあの座敷童の気性が大きいのかもしれない。

 もっとも、その奇襲も相手のウィッチによりあっさり防がれてしまう。

 お返しとばかりに今度は神無月が仕掛ける。


 ……そこからは一方的展開だった。


 北川の護りの要であるグーラーはリザードマンに力負けし転がされ続け、クーシーは俊敏なケットシーを捉えられず、座敷童が仲間のフォローに入るもそれもウィッチにより妨害される。

 素人目に見ても、カードの地力と連携力に圧倒的差があるのがわかった。

 北川もそれを肌で感じ取ったのか、顔に怯みが浮かぶ。

 佐藤ユージンの時と同じ流れだ。

 ここまでか……。

 そう小野が思った時、座敷童の激励の言葉で北川が持ち直した。


「続けるのか……」


 小野は意外に思った。

 どう考えても勝ち目はないと思うが……何か勝算があるのだろうか。

 そう思い戦いを見守るも、やはり試合の流れは変わらない。

 先ほどよりは多少善戦しているように見えるものの、神無月は圧倒的格上だ。

 じわりじわりと傷を負っていく北川のカードたち。


「なにがしたいんだ、北川は……?」


 このまま良いところ無しでカードを失うつもりか?

 それじゃただの馬鹿だぞ。

 このままではせっかく手に入れたクラスカーストトップの切符も失いかねない。

 北川はもう少し賢い奴と思っていたが、勘違いだったか……?

 小野がそう思った時。


「……ッ!?」


 まるでスイッチが切り替わったように北川のカードたちの動きが変わった。

 それまで翻弄されるだけだった神無月のカードの動きについていけるようになり、一つの生き物のように自然な動きを見せる。

 これは……! 一体何があった!?

 小野は思わず立ち上がり、目を見張った。

 連携というのは時間をかけて少しずつ高めていくものだ。それは人間もカードも変わらないはず。

 それが急に変わるとすれば……。


「北川のカードのどれかが、何かのスキルに目覚めたのか……?」


 小野は顎に手を当て考える。

 思えば、いくら事前に仕込んであったとは言え神無月のカードは連携力が高すぎる。

 まるで蜂や蟻などの社会性昆虫のような……。

 訓練の賜物というよりフェロモンやテレパシーのようなもので交信していると考える方がしっくりくる。

 そういえばプロクラスの試合でも特にマスターが指示を出している素振りはない。

 これまでは特に深く考えず、事前に作戦を仕込んであったのだろうと思っていたが、プロクラスでは必須とされるようなスキルがあるのかもしれない。

 いずれにせよ……。

 小野はニヤリと笑い。


「この土壇場で新しいスキルに目覚めるとか……案外“持っとる”な……」



 194:名無しの冒険者さん

 北川のカード、動き良くなってきた?


 202:名無しの冒険者さん

 確かに……攻撃喰らわなくなってきたな


 223:名無しの冒険者さん

 神無月のなんらかの癖を見抜いたか?


 249:名無しの冒険者さん

 というより北川のカードがそれぞれをフォローできるようになった感じか?


 268:名無しの冒険者さん

 スキル……かな?

 カード間の連携力やコミュニケーションを補助するスキルに目覚めたんじゃないの?

 連携とかそんなの。


 281:名無しの冒険者さん

 連携スキルは合体攻撃的な感じで別に連携力は上がらないぞ


 293:名無しの冒険者さん

 北川なんか苦しそう? 頭痛か?


 311:名無しの冒険者さん

 動きは良くなったけど、やっぱ神無月に比べるとまだまだか

 辛うじて防御ができるようになっただけだな


 329:名無しの冒険者さん

 あっ……!


 333:名無しの冒険者さん

 座敷童ちゃん落ちた


 351:名無しの冒険者さん

 これで終わりか……


 352:名無しの冒険者さん

 まぁ、よくやったよ

 相手が悪すぎた


 381:名無しの冒険者さん

 神無月、どう考えてもプロクラスだもんな


 409:名無しの冒険者さん

 しかし知り合いのプロがこの決勝戦だけは見とけって言ってたのはなんだったんだ?



「終わり、か〜」


 座敷童が雷の槍に貫かれ地面へと堕ちる。

 それを見た小野は、ため息交じりに嘆息し天を仰いだ。


「まぁ……思ったよりもかなり楽しめたかな」


 最初は南山が負けるところと、北川がカーストトップに入るかどうかの確認だけが目的だったが、蓋を開けてみれば普通に試合として楽しめた。

 ここから先は北川が降参するだけの展開だが……。


「クラスメイトのよしみで最後まで見届けてやるよ」


 小野は視線をTVへと戻し。


「あ……?」


 座敷童を抱きかかえたまま降参する気配のない北川の姿に眉を潜めた。


「なにやってんだ? さすがに今度こそもう終わりだろ」


 画面が北川へと寄っていく。

 どうやら降参しようとする北川に対して座敷童がごねているようだった。

 それを見た小野は呆れた。

 カードの意思を尊重するは結構だが、大事な時の決断まで委ねてどうする。

 どう考えてもここは降参一択だ。

 カードは所詮カード。道具の意見に左右されてその道具を失うようじゃ素人以下の三流だ。

 そんな小野の考えは、しかし次の座敷童の言葉で完全に吹き飛んだ。


『——お前が、言い訳しようと、したからだ』

『お前、色々理由をつけて、負けを納得しようと、しただろ……。そうやって負けたら、お前の人生に消えない負け癖がついちまう。いつか来る、絶対に負けられないところで、負けちまう……そんな奴になっちまう、だろうが』


「…………ッ!」


 ハッと胸を突かれる思いだった。

 この試合を見る誰もが、試合の勝敗やカードの損害しか考えていなかった。

 それは当然のことだ。所詮、こんな試合はお遊び。迷宮探索と違って負けても死ぬことはない。ならば、勝敗よりもカードを失うかどうかの方が重要となってくる。

 だが、この座敷童は違った。


 ————この座敷童だけは、北川の今後の人生だけを考えて戦っていた。


 確かに、誰がどう考えてもここで降参した方が賢い。

 賢い選択だが……それは敗者の賢さだ。

 次があることが前提の、逃げの賢さ。

 だが冒険者は……、迷宮という世界では、たった一度の負けが死に繋がる。

 この先、北川が冒険者をやっていくというならば、そんな考えは許されない。


『お、覚えとけ。本当に負けるその瞬間まで、足掻けない奴に……幸運は、微笑まない、んだよ』


 いつか来るかもしれない絶対に負けられない戦いの時、どうすれば良いか。

 これまでの座敷童の戦いは、すべてそれを北川に教えるためのものだったのだ。


『なあ、知ってるか? 名づけは、カード側が拒否することもできるんだぜ?』

『世の、マスターたちが、名付けをどう思ってるのかは、知らない。もしかしたら、ちょっとした保険程度に、考えてんのかもな。でも、アタシたちにとって、名前は————マスターの為なら何度だって死んでもいいって思ってる証拠なんだぜ?』


 見てるこっちが恥ずかしくなるほどの青臭いやり取り。

 だが、それを馬鹿にする気にはなれない。

 それは、彼らが真剣だったからだ。

 カードは命を、北川は人生を賭けている。

 それが見てる者にも伝わり、胸を熱くする。


『……お前らが』


 北川が懐から一本の瓶を取り出した。

 おそらくはポーション。この場面で出してきたということは、北川も覚悟を決めたということなのだろう。


『全部割れても、必ず全部復活させてやるから、心配すんな』


 北川の判断は客観的に見ても愚かなのだろう。

 どう見てもここで降参する方が賢いし、これですべてを失ったらきっと彼らの決断と覚悟を馬鹿にする者も出るに違いない。

 だが……。


「北川……お前、めっちゃ面白いな!」


 それが良い! 面白い!

 ここで降参することなんて誰にもできる。だがそんなのは普通過ぎる。何も面白くない。

 こういう時にすべてを賭けて挑めるヤツこそ、本当に面白い奴だ。

 周囲を楽しませることができる、本物の人気者だ。

 そういう奴こそを小野は尊敬する。


「全部失っても俺だけは味方してやるよ」


 だから……。


「行け! 北川!」


 ————その瞬間、花吹雪が舞った


「…………は?」


 思わず呆気にとられる。

 闘技場一面に蓮華の花が無数に咲き誇り、花びらが舞い散る。

 その中心に立つのは、天女の羽衣を纏ったあまりに美しい女神。

 そして傍らには座り込んでポカンとしている北川。

 小野はなにが起こったかわからず、答えを求めるようにPCを見た。


 701:名無しの冒険者さん

 は?????????


 712:名無しの冒険者さん

 変身した?


 721:名無しの冒険者さん

 アムリタの雨? 吉祥天???? なんで????


 791:名無しの冒険者さん

 このタイミングでランクアップさせたってこと?


 839:名無しの冒険者さん

 高校生がBランクの、それも吉祥天なんて持ってるわけねーだろ!

 いくらすると思ってんだよ!


 893:名無しの冒険者さん

 つか見てたけどランクアップさせた様子なんてなかったし


 904:名無しの冒険者さん

 ってか、つよ……



 吉祥天へと変身した北川の座敷童の力は圧倒的だった。

 瞬く間に仲間の傷をすべて癒すと、重力波で神無月のカードを地面へと叩き伏せ、宇宙から流星群を降らせる。

 そのどれもに対処してみせた神無月もさすがではあったが、場の流れは完全に北川の方にあった。

 ケットシーがクーシーに抑え込まれ、続いてリザードマンがグーラーに関節を極められ拘束される。

 最後は互いのエースの一騎打ちとなり……当然のように吉祥天が勝利した。


「勝った……のか? ってことは北川の優勝?」


 そう口に出して見るも、小野はどうにも実感が湧かなかった。

 それは優勝よりも大きなインパクトがあったからで、小野を含めて視聴者たちは高揚感に包まれつつも混乱状態であった。



 56:名無しの冒険者さん

 神無月を瞬殺かよ……


 57:名無しの冒険者さん

 これ反則じゃねぇの? さすがに……


 101:名無しの冒険者さん

 >>57

 なんの反則なんだよ

 どんなカード使っても自由だろ


 158:名無しの冒険者さん

 >>101

 いやでも試合中のランクアップで有りなのか?

 カードを四枚使った……ってことになんじゃねぇの?


 241:名無しの冒険者さん

 >>158

 いや、俺はじっと見てたけど北川がカードを使ってランクアップさせた様子はなかった


 291:名無しの冒険者さん

 >>241

 カード使わずにどうやってランクアップさせんだよ


 401:名無しの冒険者さん

 ……いや、おまえらちょっと待て。

 実況の言ってることが確かだとすると……カード使わずにランクアップさせたって言ってねーか? これ


 559:名無しの冒険者さん

 >>401

 そう言ってるように聞こえた


 668:名無しの冒険者さん

 >>559

 ……ってことは新しいランクアップの方法を見つけ出したってこと?

 この土壇場で?


 701:名無しの冒険者さん

 漫画かよ!!


 704:名無しの冒険者さん

 アムリタ? アムリタを使えばランクアップさせられるってことか!?


 705:名無しの冒険者さん

 知り合いのプロがこの試合だけ見とけって言ってたのこれだったのか!


 801:名無しの冒険者さん

 別チャンネルのニュース番組では早速今回のことが報じられてんな


 821:名無しの冒険者さん

 番組の放送までは差し止められてたってことか


 825:名無しの冒険者さん

 まだ条件とか詳細はわかってないけど上位カードを使わないランクアップが可能ってのは確定ってことか!


 829:名無しの冒険者さん

 最後、吉祥天が座敷童に戻ったのを見るにランクアップは一時的か?


 833:名無しの冒険者さん

 これから自在に変身できるようになるのか、変身のたびに毎回アムリタが必要かで大分話変わってくるな


 904:名無しの冒険者さん

 アムリタが必要じゃあんま意味なくね?


 951:名無しの冒険者さん

 >>904

 んなことねーよ!

 Bランクカードを一時的にでもAランクできるなら十分すぎる効果があるわ!


 955:名無しの冒険者さん

 さすがにどのカードでもアムリタでランクアップできるってわけじゃないんじゃねーの?

 れいらく? だっけ?

 実況の言葉から見るにこの座敷童ちゃんもなんか特別なカードだったみてーだし

 吉祥天だからアムリタで変身できたってことじゃねぇの?


 981:名無しの冒険者さん

 >>955

 ……なるほど、それぞれ対応したキーアイテムがあるって考えた方が自然か?


 992:名無しの冒険者さん

 れいらく……零落せし存在か?


 998:名無しの冒険者さん

 >>992

 それってあのウンコッコランクの?



 徐々に考察スレに変わっていくスレについて行けなくなった小野は、そこでそっとパソコンを閉じた。

 TVでは大学生の部がそのまま始まっているが、もはや誰も碌に見ていないだろう。

 チャンネルを変えればニュース番組が、さっそく先の試合を流していた。

 どうやら北川は小野が思っている以上にとんでもないことをやったようだ。

 もはやクラスカーストがどうのこうのというレベルではない。


「……………………………………」


 小野は背もたれに大きく身を預けると、しばし目を閉じた。

 脳裏に再生されるのは、この大会での、特に最終戦での北川の戦い。

 あの座敷童が大怪我を負った時のあの顔……。


「……ふ、ふくく」


 思わず、笑みがこぼれた。

 北川の奴、学校ではいつも悪目立ちしないように、ナナフシの如く息を潜めているくせに。

 本当はメチャクチャ熱血キャラじゃねぇか。

 だが……。


「面白かった」


 いつ以来だろうか、こんなに胸が熱くなったのは……。

 他人を、素直にすげぇな、と思ったのは……。


「冒険者、か……」


 胸ポケットに入れていた冒険者ライセンスを取り出し、仰ぎ見る。

 クラスカーストの維持のためだけに取得した小道具。

 それを見て、小さく苦笑する。


「俺、つまんねえな」


 クラスカーストに拘り、常にだれかを蹴落とし少しでも自分が上位に立つために策を巡らせて……。

 そんなヤツの何が面白いのか。

 面白くない奴を見下していたが、気付けば自分が一番面白くない奴になっていた。

 そりゃあ四之宮にもツマンナイと言われるわけだ。

 ナリキン以下の糞野郎だ。

 ……いや、さすがにそこまでじゃないか。

 さすがに、満員電車でウンコ漏らした奴よりは糞野郎ではないだろう。

 アレ以来学校に来ていないが、元気にしているだろうか?

 ……まあ、どうでも良いか。


「あーぁ、こんなに面白い奴って知ってたら変なちょっかいなんか出さなかったのによ」


 小野はそうボヤき、嘆息した。

 今から友達になるには、さすがに印象が悪すぎる。

 今更近づいていっても、有名人になった途端すり寄ってきたとしか思われないだろう。


「いっそのこと、弟子入りでもしちまうか?」


 冗談交じりにそう呟いて、いや悪くないんじゃないか? と考え直す。

 肩書だけが目的で本気でやるつもりなど微塵もなかった冒険者だが、北川の試合を見て興味が湧いてきた。

 もし北川を変えたモノがそこにあるのなら……。


「俺も本気で冒険者やってみるかな」


 小道具のはずの冒険者ライセンスが、少しだけ輝いて見えた。



【Tips】コミカライズ版モブ高生

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作画は、さぎやま れん先生となります!


コミック一巻は、1月20日より発売予定!

よろしくお願いします!

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