閑話 逃れられぬ……税金からはな!




 バレンタインデーの翌日。

 俺は自宅のリビングで昨日の戦利品を見ていた。

 テーブルの上には、大量のバレンタインデーチョコが乗っている。

 その数は、十や二十では利かないだろう。

 まさか、俺がこんなにチョコを貰う日が来るとは……今でも信じられん。

 ……その全部が、義理チョコと言うのが悲しい所だが。

 と、その時、テーブルの脇からにゅっと影が飛び出した。

 でっぷりと太ったラブラドールレトリバー。愛犬のマルだ。

 マルはふんふんと鼻を鳴らしながら、テーブルの上のチョコに顔を突っ込もうとし。


「はい、ダメダメ!」


 そこで俺は慌ててマルの鼻を押し戻した。

 チョコを犬に食べさせてはいけないというのは、犬を飼っている家庭では常識である。

 そのためウチも当然マルにチョコだけは絶対与えないように注意しているのだが、それをこの馬鹿犬は何を思ったのか、チョコを見ると何が何でも食おうとするようになってしまった。

 おそらく、「ご主人様たちが独り占めしているあの食べ物は、きっと自分には食べさせたくないほど美味しいに違いない!」とでも思っているのだろう。

 そのため、この馬鹿犬はチョコを一度も食べたことがないのにチョコが大好きというよくわからないことになってしまっていた。

 ……自殺志願者かな?

 俺がチョコを奪おうとするマルと格闘していると、


「おはよう、そんなところで何してるんだ?」


 二階から親父が降りてきた。テーブルの上のチョコの山を見て、眼を丸くする。


「おお、これはチョコか? もしかして、バレンタインデーか?」

「ああ、うん、まあ」

「お前、モテモテじゃないか! 俺の息子がこんなにモテるなんてなぁ。俺が学生の頃なんか全然だったぞ。生まれる時代を間違えたか?」


 ニヤニヤと笑いながら言う親父に、俺は顔を顰めた。


「別にモテてるわけじゃねぇよ。面白半分と、応援って感じ。あと、俺らの顔がモテる時代は、過去にも未来にも存在しない」


 親父の顔は、俺と同じ特徴のないモブ顔である。

 違いと言えば、綺麗な二重瞼で優し気な瞳をしていることか。それ以外は俺のまんま三十年後の姿だった。俺は、完全に親父似なのだ。


「そうか……大丈夫、男は顔じゃない。金と学歴だぞ。母さんは俺の収入とこき使いやすそうな性格で俺を選んだんだからな」


 なんとも悲しいことを、胸を張って言う親父に、俺はなんて言っていいかわからなかった。

 ちなみにお袋は息子の俺が言うのもなんだがかなりの美人である。

 親父とは十年近く年が離れている上に歳の割にかなり若く見える為、親父と並ぶと夫婦というよりは親子にすら見えるほどだ。

 親父はこの幼な妻に結婚十数年経った今でもゾッコンで、見事に尻に敷かれているのである。……お小遣いが月一万円でも何の文句も言わないほどに。

 なお、愛は完全に母親似で、目元だけ親父に似ている。

 両親の優れた部位が集まったのが、愛。両親の平凡なパーツが集まったのが、俺だ。

 近所の心無いババアどもは、お兄ちゃんがいらないパーツ先に持って行ってくれてよかったね、などと平然と言いやがる。

 もし俺が兄ではなく弟だったら、出涸らしと呼ばれていたことだろう。


「……ところで、歌麿。お前の仕事の件なんだが」


 親父が急に真面目な顔になったので、俺はちょっと身構えた。

 うちの両親は、危険と隣り合わせの冒険者業に良い顔をしておらず、事あるごとに引退を進めてくるのである。

 そんな俺を見て、親父が苦笑する。


「ああ、そんなに身構えなくていい。大会のこととか、お前の最近の頑張りを見て、ちょっと見守ろうって話になったんだ。まあ、怪我とかしたら即辞めさせるがな」

「そ、そうなのか……」

「うん、どうやら頼りになる仲間もいるみたいだしな。で、だ。ここからが本題なんだが……」

「う、うん……」


 いつになく真剣な親父に、椅子に座り直す。


「……お前、確定申告は大丈夫なのか?」

「…………………………はい?」


 親父の言葉に、俺は首を傾げることしかできなかった。




 冒険者は、れっきとした職業の一つである。

 迷宮へと潜り、そこから手に入れたものを売ることで収入を得ることが基本となり、分類としては第一次産業となる。

 モンコロなどの試合をメインで食っていく者たちは、第三次産業扱いだが、基本は迷宮に潜って資源を採取してくるのが仕事だ。

 収入がある以上、そこには当然税金が発生する。

 税金……学生のうちはピンとこない言葉だ。

 アルバイトなどで金を稼いだとしても、大抵はバイト先が勝手に年末調整とやらをやってくれるため、税金を払っているという感覚はあまりない。

 だが、誰にも雇用されていない冒険者となると話は違ってくる。

 なぜならば、冒険者は自営業だからだ。

 自分で計算し、税務署に確定申告する必要がある。確定申告には白色と青色があるらしく、俺の場合は後者となる。よくわからないが、冒険者になる際に提出した書類の中に、この青色申告諸々の書類が含まれていたらしい。

 どうも冒険者は青色申告と決まっているようだ。


 もしこの確定申告をしなかった場合……地獄を見る羽目になる。

 税金の基本は、所得に掛けられる。所得とは、収入から経費と控除を引いた額となる。

 ところが、確定申告をしなかった場合、税務署は単純に昨年の収入に対して税金をかけてくる。

 例えば、俺の場合は去年800万近い収入があった。

 ではそのうちいくら手元に残ったのかと言えば、ほぼゼロだ。

 カードや魔道具を買ったり、魔道具のカード化などをした結果、すべて吹っ飛んでいってしまったためである。

 これらは、冒険……つまり仕事に必要なモノのため、当然経費として認められる。

 いくら収入があっても所得はゼロに近いので税金は払わなくてよいですよ、となるわけだ。

 だが確定申告をせずに経費を証明できないと、収入=所得と見なされ800万丸々に税金がかかることになる。

 900万以下の所得に掛かる税金は、なんと23%。……計算するのも恐ろしい額の税金を払わなくてはいけなくなる。

 毎年この確定申告をよく理解せずにすっぽかす学生冒険者が、税務署の恐怖の訪問を受けるということが繰り返されているらしい。

 よって、冒険者は必ず確定申告をする必要があるのである。

 確定申告には領収書が必要と知って一瞬焦ったが、財布の中に大量のレシートを入れっぱなしにしていて、助かった。

 俺はよく貰ったレシートをとりあえず財布に入れてパンパンにしてしまう悪癖があるのだが、それが功を奏した形となった。


 以下が、親父の説明の元作成した確定申告の概略である。


【2018年度のリザルト】(一万円未満は計算せず)

・冒険者収入787万円(魔石等売却額)-経費(情報料29万、カード購入費750万(エンプーサ650万+カードパック100万)、魔道具のカード化費用100万、冒険者用品代5万、交通費1万、雑費2万)=0円

・アルバイト代(源泉徴収済み)-控除103万円(基礎控除額38万+給与所得控除65万円)=0円


 ……とりあえず、今年は税金納めずに済むのか。

 俺はホッと一息ついた。

 冒険者の経費の範囲が広くて助かったぜ。

 ちなみに、俺が去年手に入れたもので最も高額なのはヴァンパイアのカードだが、これに税金はかかっていない。

 テレビや懸賞などで当たった賞品は、ある一定の金額を超えると税金がかかってしまうのだが、カードに限っては取得するだけでは税金がかからない仕組みとなっている。

 これは、冒険者にとってカードが漁師の漁船、農家のトラクターに当たるのに対し、保険が一切掛けられないことに対する配慮だ。

 明日にも失うかもしれないものにいちいち税金をかけていたら冒険者は破産してしまう。

 よって、大会などで手に入れたカードには、税金がかからない。

 勿論、このカードを売って手に入れたお金については税金が発生する。


「冒険者やっていくんなら、来年からは自分で気付いてやるんだぞ。あんまり収入が大きくなるようなら、税理士の先生に相談してみるのも手かもな。なんだか、色々なテクニックがあるみたいだぞ」

「……………………」


 冒険者は、色んなしがらみとは無縁で、ファンタジーに満ち溢れてて、女の子にモテモテの夢のような職業……そんな風に思っていた時代が俺にもありました。

 でも実際は結構泥臭いし、女の子にモテるようで実際は大体が金目当てだし、本命の娘には振り向いてもらえないし、経費が掛かるせいで実際の所得はそうでもないし、命の危険性はあるし、そしてなにより税金という魔の手からは逃げられないようだ。


………………なんだか、冒険者って、意外と夢のない職業なんだなぁ。


 こうして俺はまた一つ大人に近づいたのだった。





【Tips】冒険者の経費

 冒険者に対して認められる経費の範囲は非常に広い。カードの購入費は勿論、大半の魔道具に対する購入費や、物品のカード化費用、バイクや車の購入費、食料の購入費すら経費が認められる。

 ただしこのうちカードの購入費と魔道具の購入費などは、『ギルドや公認店で購入したもの』にのみ認められる。

 個々人間のやり取りで手に入れたカードは、経費として認められない。それが本当に買ったものなのか、自分で手に入れたものを買ったと言い張っているか証明できないからである。

 ……というのは建前で、本当はギルド外でのカードや魔道具のやり取りを減らすための措置の一つである。

 ギルドを通さないやり取りも禁止はしていないけど、それによるトラブルにも関与しないし、それによる税金も知らないよ、というのがギルドのスタンスである。

 

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