第13話 変なおっさんの使ってた笛とか……ちょっと無理っス②



 どさり、と地面に座り込む。


「あ……あ……」


 震える手で矢に手を伸ばすが、力が入らず上手く抜くことが出来ない。

 ようやく矢を抜き取り。


「危ねぇ~~!」


 俺は深々と安堵の息を吐いた。

 迷宮産の新素材を用いて作られたタクティカルベストは、見事にクロスボウの矢から俺を守り切ってくれていた。

 カードのバリア機能はマスターの肉体を完全に保護してくれるが、その身に着けた衣服まではその限りではない。

 そのため、こうして防具に矢が刺さったりしてマスターを驚かせるという事態もたまに起こりうる。

 ちなみに、酸性の攻撃を受けて真っ裸になる女性冒険者もいるとかいないとか。


 そんなことを考えている間にも、蓮華たちは部屋に突入し戦闘を開始していた。

 彼女たちは、矢に打たれた俺を見てもチラリと横目で確認するだけだった。

 冷たい……わけではない。ダメージを肩代わりできる彼女たちは、俺が無傷であることなど俺よりも早く気づいていたのだ。

 むしろ、迅速に動けた彼女たちを称賛すべきだろう。

 ……でも、本当はちょっとだけ心配して欲しかったりして。


 そんな甘えを頭を振って掻き消すと、俺は彼女たちの後を追って部屋へと入った。

 普通に考えれば、マスターは敵の出現しない部屋の外で待つのが安全だ。

 だが以前外で戦闘の終了を待っていた際、倒しても倒しても際限なくモンスターが現れ続けるということがあった。おまけにドロップもなし。

 おそらく、迷宮はマスターが部屋にいるかどうかで戦闘終了を判定しているのだろう。

 一体どういう仕組みで、どういった思惑からそうしているのかはわからないが……。

 それ以来、俺も必ず部屋の中に入ることにしていた。

 部屋の中に居たのは、四体のモンスター。石でできた大男に、口元から火を漏らす黒い犬、大袋を持った老人と黒い靄……。

 大男と黒い犬は戦ったことがある為すぐわかった。ストーンゴーレムとヘルハウンドだ。

 だが、老人と黒い靄は初見である。

 十階層を超え、Eランクモンスターが出るようになると敵の強さと多様性がぐんと増した。

 単純な戦闘力もそうだが、そのスキルの厭らしさも厄介だ。

 ストーンゴーレムもヘルハウンドも戦闘能力は高いが妙な搦め手を使うタイプではない。

 ならば、こういう時は——!


「まずはその老人から片付けろ!」

「OK! わざわざ殺さなくてもそのうちぽっくり逝きそうだけどな!」


 ユウキが老人に飛びかかり、蓮華が後ろから光弾を放つ。

 すると、その軌道上にストーンゴーレムが割り込んだ。その石の身体でユウキの爪と光弾を防ぐ。

 頑丈さが売りのゴーレムだったが、上位ランクの連撃には耐えられず無数の石礫となって崩壊していった。

 ゴーレムが命と引き換えに作り出した一瞬の影。そこからヘルハウンドが現れ、小さな座敷童へと飛びかかった。

 それに気づいた蓮華だったが、動けない。いや、動かない。

 金色の影がヘルハウンドと蓮華の間に割り込む。瞬間移動のように素早い動き。

 イライザだ。

 プロテクターをつけた左手でヘルハウンドの牙を受けた彼女は、噛みついたまま火炎を吐く黒犬を地面へと叩き付け、スタンロッドを押し付けた。


「ギャンッ!」


 死んでも離さぬ、という気概すら感じさせたヘルハウンドは、しかし電流の力で無理やり顎を開かされてしまう。そこに逆にイライザが噛みついた。捕食者と被捕食者が入れ替わった瞬間だった。

 結局、真っ先に殺すはずだった老人と黒い靄がその場に残ってしまった。ほんの数秒、たったそれだけの順番の前後だったが、それで老人が仕掛けるには十分だった。

 老人が背中の大袋を部屋に撒く。袋の中身は、砂であった。……目つぶしか?

 なんだその程度かと一瞬だけ拍子抜けし、すぐに気を張り詰めた。馬鹿な、そんなはずはない。ストーンゴーレムとヘルハウンドが命を懸けてまで稼いだ時間だ、他に何かある。

 しかしそんな俺の思いとは裏腹に、うちのカードたちに何かが起こった様子はない。

 ユウキの爪が老人を切り裂き、光弾が黒い靄を打ち抜く。それで戦闘は終わった。


「……結局、この砂は何だったんだ?」


 俺の呟きに蓮華が答える。


「んー、多分眠りの粉だな。これが撒かれた瞬間、ちょっとだけ眠くなった。余裕でレジストしたけどな」

「なるほどな」


 眠りの砂か……危なかった。眠りは戦闘中だとシャレにならないくらいヤバい状態異常だ。幸いうちのカードたちは状態異常の耐性がある奴らばかりだからなんとかなったが、レジスト出来なかったらそのまま全滅していた可能性もある。


「それで、コイツは……と。ゲッ、ナイトメアじゃねぇか」


 俺は黒い靄が落としたカードを拾い上げ、呻いた。

 ナイトメア……悪夢を操るといわれるモンスター。ただの悪夢と言うなかれ、夢の中であればコイツはワンランク上程度のモンスターならば容易く殺す力を持っている。反面、現実世界ではほとんど無力に近いのだが……。


「ザントマンとナイトメアのコンボかよ。Eランクに上がって、いきなり難易度上がってきてねーか?」


 ストーンゴーレムがガード、ヘルハウンドがアタッカー、ザントマンがサポートで、ナイトメアが眠った相手の即死役か……。

 Fランク迷宮までのようにDランクカード一枚のゴリ押しじゃあ、普通にロストもあり得るな。下手すりゃ全滅することもあるんじゃねぇか? ここの構造なら即部屋を出れば死ぬことはないだろうが……地上までの帰還は一人では無理だろう。

 そうなれば、ギルドへと糞高い金を払って救助隊を呼ぶしかない。当然その金額は自己負担となっており、Fランク迷宮ならば百万程度で済むが、Eランク迷宮となると一千万近く掛かる。

 毎年それで莫大な借金を背負う奴が一定数出てくる。俺が両親を説得するときに一番のネックとなったのもそこだった。


「さて、そろそろお楽しみタイムと行くか」


 そう言って俺が眼を向けたのは、いつの間にか部屋の中央に現れた宝箱だった。

 これが、このタイプの迷宮の最大のメリットだった。小部屋での戦闘を強いられる反面、稀にガッカリ箱が出現するのだ。確率で言えば……大体5%くらいか。

 中身は当然Fランクの踏破報酬よりもしょぼい。ほとんどが千円程度の消耗品で、ポーションなどは当たりの部類に入る。その上、ガッカリ箱には高確率で罠が仕掛けられていた。

 中身もしょぼい上に罠もあるとなれば普通はスルー推奨だ。にもかかわらず俺たちがガッカリ箱に挑み続けるのは極まれに大当たりが含まれているからに他ならない。

 その大当たりの名は、スキルオーブ。使うだけでカードにスキルを覚えさせられるという夢のような魔道具である。

 迷宮の外には持ち出せない、使うまで中身が分からず必ずしもメリットだけのスキルとは限らない、という条件はあるがお手軽にカードにスキルを得られるとあっては食いつかずにはいられないアイテムだ。

 俺たちは潜り始めた比較的当初に偶然スキルオーブをゲットして以来、ガッカリ箱の魅力に取りつかれてしまっていた。

 ちなみに得たスキルオーブは、技術系——スキルオーブはその色で大体のスキル傾向が分かる——のスキルだったため、誰に与えるか迷った結果イライザに与えることにした。

 グーラーという種族の性質上、イライザの動きはどうしても精彩さが欠けるものとなる。鈍いというよりも荒いというべきか。技術系のスキルはそう言った動作に補正を与えてくれるスキルのため、これが少しでも改善されればと彼女に与えることにしたのだ。

 これが結果的に大正解だった。

 彼女が得たスキルの名は、精密動作。動きの精密さを上げてくれるスキルで、まさに彼女に最適のスキルだったからだ。

 まず戦闘中の動きが滑らかになり、庇うなどのスキルの発動も素早くなった。演奏の練習中、もどかし気にしていた指の動きも思い通りに動かせるようになってきたようだ。それは今も向上し続けている。

 何より一番の収穫は、彼女が罠の解除が出来るようになったことだ。

 これまでは不器用過ぎて、不死身の身体で喰らって解除することしかできなかった罠を、事前に解除できるようになったのである。

 無論、その成功率はまだまだ低い。しかしこのまま経験を積んでいけば罠解除のスキルを目覚めさせる日もくるだろう。

 そう、俺たちは確信していた。


「よし、それじゃあイライザ開けてくれ」

「イエス、マスター」


 念のため距離を取って俺たちが見守る中、イライザがガッカリ箱へと挑む。

 鍵穴と格闘すること数分。カチリという音と共にゆっくりとふたが開いた。イライザがこちらを振り向き——。


「申し訳ありません。失敗しました」


 その胸には深々と矢が刺さっていた。


『イ、イライザさぁぁん!』


 俺たちは慌ててイライザに駆け寄った。

 彼女が解除スキルを覚える日は、まだ遠い。



【Tips】魔道具

 迷宮からは多くの魔道具が出現する。傷や病を癒せるポーションはその最たる例であり、ほかにも魔法が使えるようになる杖、聖剣、魔剣、空飛ぶ絨毯、無限にパンが出てくるパン籠など夢のようなアイテムが存在している。しかし中には、猿の手のように不幸をもたらす魔道具も確認されている。

 基本的に高ランクの迷宮ほど良い魔道具が出現するが、低ランクの迷宮でも激レアの魔道具が出現することもある。その逆も有り、高ランクの踏破報酬で【大人のおもちゃ】が出たこともある。

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