STAGE 3-44;遊び人、帝国軍を制圧する!


 大樹林。

 森に火をつけ、エルフを凌辱し。

 暴虐の限りを尽くしていた帝国特別軍の膨大な兵士たちを。


「ぐ、ううう……! 貴様……何者だ……⁉」


 アストという、たったひとりの少女が――


 容赦なくしていた。


「こんな馬鹿なことがあってたまるか!」


 A級職である帝国軍隊長格の男が、ぼろぼろになった身体を地面に這わせながら言う。

 

「シンテリオ様の名のもとに選抜されし我ら特別軍の兵士は、そのだれもが一級の手練れ……! それを……このような少女ガキ一匹にさせられるなど……!」

 

 彼の目の前で行われたのは。


 帝国特別軍が誇る最高戦力の集積が、この世のものとは思えない美しさの少女ひとりによって。


 ただ、ただ。

 無残に蹂躙じゅうりんされていく〝悪夢〟のような光景だった。


「う、ぐうう……!」

 

 帝国軍にとっては悪夢でも。

 窮地から救われた森人族エルフたちにとっては、まさしく〝希望の光〟として映る交戦だった。


『……奇跡だ』『神のつかいではない』

『どこまでも現実的な』『たったおひとりの真人族ヒューマンの少女が』

『――我々を、救いたもうた……!』

 

 エルフの民たちは涙を滲ませながら、アストに向かって謝意を示す。

 

 両の手を組み合わせ、膝をついて目を瞑り、こうべを垂れて――


 それはまさしく、神様に向けるのと同じ〝祈り〟の形だった。


「く、はは……なんて、景色だ」


 隊長格の男が、信じられないように首を振りながら呟いた。

 帝国軍の壊滅。その残骸の跡に立ち尽くす少女。彼女に向かって祈るエルフの民。

 悪意と殺意の空気に満ちたほんの数分前からはとても想像のつかない状況を――


 アストという少女は創り出してみせた。

 

「貴様……! その神にも迫る並外れた力をもってして……どこへゆくつもりだ……⁉」


 息も絶え絶えに問われたその質問に。


 どこまでも常識外で。

 どこまでも神話的で。

 どこまでも無自覚な少女は。


「――む」

 

 いつもと同じ、淡々とした――

 だけれどあどけなさも残る声色で、言った。



 

「決まっているだろう――お姫様を、助けにいく」

 

 


      ♡ ♡ ♡



 

「うん……?」


 帝国特別軍の拠点。

 その最深部でエルフが第一王女・クリスケッタが目を覚ました。

 彼女は自らの身体の無事を確かめたあと、呟く。

 

「……貴殿が、救い出してくれたのか」


 視線の先には犬耳の少女・リルハムの姿がある。

 彼女はシンテリオが扱っていた神遺物アーティファクト――【侵樹化杖インヴェジテイション】を振るって、他の植物化したエルフたちも元の姿に戻していた。


「えへへー、すごいー?」


 リルハムが振り返り、得意げに尻尾を揺らしながら聞いてきた。

 

 クリスケッタは周囲を見渡す。

 何か異常な力を、で滅したような激闘の気配がそこにはあった。

 

「ああ、凄まじいな」ごくりとクリスケッタは喉を鳴らして、頬を引きつらせた。「礼を言おう。流石はアスト殿の従者様だ」


 植物化の呪いから解放されたエルフたちは、互いに抱き合って自らの生への帰還を喜んでいる。

 彼女たちの歓喜の様子を見て、クリスケッタも短く息を吐き胸を撫でおろした。


 そんな穏やかなひと時の中で。

 

「ふふ、ははっ……!」


 聞き慣れた笑い声が響いた。

 

「……っ⁉ シンテリオ! 貴様、まだ息があるか……!」

 

 見るとそのシンテリオが瓦礫の中心に倒れて居た。

 全身はずたぼろで、息も絶え絶えにしているが――その無機質な瞳には変わらず不気味な光が灯っている。

 

「うあー、お前もしぶといねー……」


 リルハムが呆れるように言った。

 

「ええ、ええ。しぶとさは私の取柄のひとつです」シンテリオは皮肉に頬を上げて言う。「確かに誤算はありましたが――私の申し上げたことに偽りはありません。世界は、一度滅びる運命にあるのです! 貴女方がどうあがこうが、すべては無駄に終わることでしょう……!」


「ふん、何を言っている」クリスケッタが言う。「まさしくその身をもって理解したであろう。アスト殿にリルハム殿――我らには〝規格外〟の存在が二方ふたかたも味方についてくださっている。貴様らの目的の成就は、もはや果たされぬ」


「その上で〝無駄〟だと申し上げているのです!」


「……っ⁉」


 クリスケッタが気圧された。

 死に瀕していもなお、シンテリオの言葉には嘘偽りない迫力が込められていた。

 彼は心の底から言っている。


 ――〝2人の規格外〟をもってしても、世界は滅びる運命にあると。


「はてさて。すでにサイは投げられました。世界樹の中には、既に【あのお方】が潜り込んでおられる! あのお方の手をわずらわせてしまうのは甚だ恐縮ではありますが、私たち帝国軍の〝一の矢〟が失敗に終わろうとも、計画は滞りなく進むことでしょう……ふふ、はは……我ら【次なる人類】の夢は……未だ……」


「いい加減にしろ、シンテリオ!」クリスケッタが叩きつけるように言った。「貴様らが盲目的に慕う【あのお方】とは一体なんなのだ⁉ 世界を滅ぼした先で、何を目指している――?」


 しかしシンテリオは既にこと切れて、答えが返ってくることはなかった。


「くっ……!」クリスケッタは唇を噛み締めて振り返る。「リルハム殿! 奴らの目先の目的は【世界喰セカイグライ】の復活にある! そして信じがたいことに、捧蕾祭ほうらいさいの儀式はのミサダメによるもので――そして、その虚言まやかしを創り出した――神にも逆らう【奴らの親玉あのおかた】なる者が、既に世界樹の内部に紛れて居るという……!」


 クリスケッタはリルハムと視線を交わし、頷きあって。


 互いにその瞳の奥にある決意を認め合った。

  


「うんー! リルたちも行こう、世界樹に――!」



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