STAGE 3-27;遊び人、探索家とタッグを組む!


「約束はきちんと守るから安心してほしいっす~!」


 チェスカカが冒険服の袖を肘までまくし上げながら言った。


 心なしか彼女の頬はとしハリがあるようだった。

 対してげっそりと頬をこけさせたアストが力なく言う。


「た、頼むぞ……このままでは俺自身が報われん……」

 

 〝舐められ損〟などという訳の分からない事態にはどうしたってなりたくなかった。

 チェスカカは胸を叩いて得意げに続ける。

 

「自分に任せるっす! まずは与件よけん整理っすけど、アストさんは【神典】の内容を神様に書き換えてもらいたいんすよね?」


 アストは頷いた。「まさしく」


「でも実はこの場合、それは本質じゃないと自分は思うっす。つまりは……神典を書き換える〝目的〟のことっす」


 チェスカカは仕事モードに入ったのか、さっきまでの悦に入った表情を瞳の奥に押し込んで、指を空に立ながら言った。


「アストさんが神典を書き換えたいのは、森人族エルフが神様からたまわった【ミサダメ】に〝物思うこと〟があって、それをどうにかしたい――つまりは第二王女エリエッタ様が【世界樹の生贄】にならなくても済む方法をどうにか知りたいってことじゃないっすか?」


 アストはそこで鼻から短く息を抜いて、口角を微かに上げた。


「回りくどく言わなくてもいいぞ、チェスカカ。まさしく――俺は。ただそれだけだ」


 その凛とした表情に。声に。態度に。

 すっかり落ち着いていたチェスカカの頬にふたたび赤みが戻ってきた。

 彼女はそれを誤魔化すこともせず、真っすぐにアストの瞳を見つめて言った。

 

「アストさん……! かっこいいっす、惚れるっす……!」


 声のトーンを一段階上げて彼女は続ける。


「とにかくも! 例えばこのままエリエッタ様を捧蕾祭の日に隔離して『これで生贄は免れたっす!』と、アストさんから追加の〝成功報酬〟をもらうわけにはいかないっす。なにしろそのことで世界樹のつぼみが実らず宝珠湖への捧げ物がなくなれば――終末の獣である【セカイグライ】が目覚めて、今度は世界の方が終わっちゃうっすから」


 その話の途中で『む? この相談、事前料金だけでなく〝成功報酬〟も別にあったのか……?』という疑問が頭をよぎったが、アストはもはや諦めるように息を吐いただけでチェスカカの言葉の続きを待った。

 

 そんなアストの心中も知らずに彼女は。

 すうううううう、と何か覚悟を決めるように大きく息を吸ってから、きりりと目力を強めて続けた。


「そもそもなぜエリエッタ様が命を捧げる必要があるかと言えば、すべては〝世界樹につぼみをつけさせるため〟っす。『文化職』を神から授けられたエルフの王族の命……たとえばエリエッタ様の〝血〟だったり〝魂〟だったりが関係してるかもしれないっすね。すくなくとも、そういったものを世界樹は求めていて蕾をつけるために必要……あれれ? なんかアストさん、納得いかないような顔してるっすね」


「む? ああ、なんだか手の込んだみたいだと思ってな。血だとか魂だとか、ふるい時代にありがちな伝承のようではあるが……そもそも本当にエリエッタの生贄は必要なのだろうか」


「あ、それは間違いないと思うっすよ」しかしチェスカカは間髪入れずに頷いた。「そういうふうに【神典】に書かれてるってことっすから。神様は嘘をつかないっす!」

 

 ――神様は嘘をつかない。


 その幾分強い言葉にアストの眉根が跳ねた。

 すくなくとも、様々な神が乱立し互いに異なる主張をし争いが多く起きていた〝前の世界〟を生きたことのあるアストにとってはにわかに信じられないような概念だった。

 。アストは口の中で小さく繰り返してみる。


「正確には嘘をつくのがすごく苦手みたいなことらしいっす。神様の存在原理上、そういうことになってるっすね。どう苦手なのかは自分は神様でないので分からないっすが……」


 そこでチェスカカは自分が神様でないことを本当に悔やむような表情をした。

 

「とにかく! 今から本祭のある6日以内にサイハテの神様に会ってどうにかすることは無理っすけど、手がかりを探ることはできるかもしれないっす……!」


「手がかり?」


 チェスカカは大きく頷いて両手を広げた。


「エルフが護ってきたこの土地・大樹林は――異次元なる存在が跋扈ばっこした神代かみよの大戦に際して〝神々〟の拠点になった要所っす!」

 

「――ほう」


「ここらの地形で【神遺物アーティファクト】や他のふるい時代の埋葬品が多く出土されるのは、それが理由のひとつっす!」


 チェスカカは胸でその神遺物アーティファクトのひとつである首飾りを揺らしながら言った。


「本来は世界中から涎を垂らして発掘作業をしたがる人が絶えないっすけど……それを森人族エルフの政府が規制し大樹林を護ってるっす。排他的だと非難されることも多いっすけど、自分は尊敬するっす! 知的探求の精神を忘れ、お金や財産・名誉にしか興味のない連中の発掘は、ただその場所を荒らす行為にしかならないっす……! そんな中で条件付きとはいえ、自分には〝発掘許可〟をもらえて感謝しかないっす~!」


 大樹林に常駐する帝国特別軍は、捧蕾祭に向けての近隣の警備や他国との折衝や貿易を仲介する代わりに、一部の大樹林の調査を許されていると第一王女のクリスケッタが言っていた。

 アストはこれまでに幾度か神遺物アーティファクトに触れたことで感覚が麻痺しているが、この世界においては神の遺物は【絶対不壊】をはじめとした様々な特性をもつ、国家に数点も存在しないまさに国宝級の魔道具であった。『現存する神遺物のほとんどがこの大樹林産っす!』とチェスカカは補足した。

 

「今はその大部分が土と緑で覆われてしまってるっすけど……大樹林のどこかにまさしく神が暮らした証左となる神の住居――いわゆる本物の【神殿】があるはずっす!」


「はず、ということはまだ見つかってないんだな」

 

 チェスカカは悔しそうに頷いた。「その、通りっす……」

 

「ふむ。神が暮らす規模の住居なんぞ、すぐに見つかりそうなものだが」


「まさしく! 本来であれば神の威光がかかった構造物なんて土にも埋もれず、何千・何万年もそこに在り続けてもおかしくないはずなんすけど……逆に、神々はその【神殿】を人類の目に触れられないよう〝隠されて〟しまったみたいっす」


 チェスカカは頭を振りながら続ける。

 

「どういう隠し方なのかは分からないっす……。地中に埋めたのか、樹々の中に紛らわしたのか、のか。はたまた我々の目には見えないように魔法をかけたか――とにかく、これまでエルフの許可を得た調査員たちが数多挑戦し続けてきたっすけど、未だ【神殿】の手がかりひとつですら見つかっていないっす……!」


「ほう――面白そうな話だな」アストの頭上の髪がぴょこぴょこと揺れ始めた。「つまりは俺たちでその【神殿】とやらを見つけ出そうという話で合っているか?」


「さっすがアストさん! 勘がいいっす!」


 チェスカカが目をきらめかせた。


「神様には会えないっすけど、神様の元・住処すみかを探れば。エリエッタ様が生贄にならなくても〝世界樹に蕾をつけさせる方法〟とかとか、なにかしらヒントが見つかるかもしれないっす! 本来であれば自分もこんな提案はしないっすけど、他ならぬアストさんと一緒なら――未だ誰もたどり着けていない【神の御殿】ですらも見つけ出すことができるんじゃないかと思うっす……!」


 彼女は〝未知〟に対する好奇心からか、鼻息を荒くしその頬を上気させている。

 そしてアストにとっても――その気持ちはとても理解できた。

 

「どうっすか!? やってみる価値はあるんじゃないっすか……?」


 アストは腕組みをしたまま口元を緩めて頷いた。


「ああ、礼を言う。お前に相談してよかった」


 のは想定外だったがな……とアストは付け加えて続けた。

  

「ちなみにだが――途中でお前が言っていた〝成功報酬〟とやらは一体なんなんだ?」


「アストさん! ふふふ~……それはあとからのお楽しみっす!」


 チェスカカは指を口元に当ててウインクを飛ばしてきた。


「い、いや……そもそも成功報酬は後から決めるものじゃない気がするんだが……」


 事前に互いに納得したものでないと意味がないだろう、というアストの溜息のような突っ込みは、大樹林の木々が立てる不穏な音の中に吸い込まれて消えてしまった。


 アストがさっきまで倒れていた地面には、ちょうど女の子2人分がおさまりそうな空間が下草をかき分けるようにして空いていた。

 自らの身体には、未だチェスカカの深紅の舌のが残っている。


 ――どうか成功報酬が〝そういう系統のもの〟ではないように。


 アストは赤みの差す頬を誤魔化すように顔を両手で挟みながら願った。

 

 とにかくも。

 アストは人間としての尊厳に近いナニカを失い羞恥した代わりに。

 

 一度は助けたエリエッタの命をもう一度救うために。

 神に定められたお姫様の非業の運命を変えるために。

 

「それじゃあアストさん、早速〝冒険〟に出かける準備っすよ~~~~~~~!」

 

 

 帝国軍が誇る『探索家』の赤髪美少女とともに。

 大樹林のどこかにるという前人未踏の【神殿】を暴くことになった。

 


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