STAGE 3-17;お姫様、帰還する!


「あのっ! ――ただいま、ですっ」


 それまで姿を消していた森人族エルフが第二王女――【エリエッタ】が頬を紅潮させながら言った。


「「………………っ!?」」


 まわりの皆は喜びよりも〝驚き〟の方が強いようだ。

 エリエッタが帰還したエルフの街の最奥部――樹上宮じゅじょうきゅう

 その王座の間には、ひどく長い沈黙が満ちていた。


「……本当に、エリエッタか?」


 沈黙を破ったのはその姉――第一王女のクリスケッタだった。


 こくり。彼女は頷く。「心配かけて、ごめんなさいっ」


 とろんとした大きな目。新緑をおもわせる瑞々しい瞳。

 白い頬に差した赤みは、まるで雪原に咲く一輪の花のようだ。

 エルフの特徴であるつんと尖った耳は、眉と同じく少し下がり気味で。

 自らが輝きを放っているかの如く煌めく亜麻色の髪は、腰元にまで伸びている。


 ――まさに〝王女〟にふさわしい。


 クリスケッタがそう言っていた意味が、どうしようもなく理解できて。


 すべてを包み込んでくれそうな優しさと気品に加えて。

 歩くたびに、そのわだちに花びらが散るような華やかさも持った――どこまでも〝お姫様〟な佳麗な少女であった。


「「…………っ!」」


 周囲がふたたび息を呑む。


 この世にふたつとないような彼女の美しさが。


 ――ニセモノなどというわけがなく。


『……やはりエリエッタ様だ!』『神使命ミサダメに選ばれし』『我らが王女様が戻られた!』


 ようやく彼女が戻ってきたという実感が湧いたのか。

 王政の上流を担うエルフたちが涙ながらに歓喜の声をあげ始め、エリエッタの周囲に集まった。

 

「――アスト殿っ!」


 クリスケッタがその中に混じろうとしたのを、ぐ、と堪えて振り返る。


「む?」


「感謝する……! 貴殿の力を疑うことは決してなかったが――それでも過小であったようだ」


「いや、俺も潜入調査スパイ・ゲームのようでなかなか楽しかったぞ。に、思う存分〝魔法〟もぶっ放せたからな」


 アストは何かを思い出すようにして、頭上の髪を揺らした。


「礼を言うならルウルキフにもだ」アストは三番目の王女の名前を出して言う。「あいつが王を説得していなければ、俺も晴れない気分のままだったからな」


 クリスケッタは口角を緩めて、「ああ、伝えておこう。彼女もできた妹だ――今は捧蕾祭ほうらいさいの準備で外しているようだが……エリエッタに一番会いたがっていたのは、あやつだからな」


 喜びの空気で満ちた王間の中心で。

 沈黙を続けていたエルフの王が立ち上がった。


「…………」


 こつり、こつりと。手にした杖で何かを確かめるように床を叩きながら。

 ゆっくりと、彼もエリエッタの元へと向かう。


「……お父様っ!」


 エリエッタが王を向き直る。

 そして、エルフの王――アルフレッデは彼女の目の前で足を止めると。


 手にしていた杖を思い切り振りかぶり、エリエッタに向けて振り下ろした。


『『国王様ッ!?』』


 周囲のエルフたちが叫んだ。

 振り下ろされた杖は――


 間に入った姉のクリスケッタの手によって受け止められた。


「……何をする、愚かな娘よ」


「どうか、おさめていただきたい」


「拒絶。此奴には罰を与えねばならぬ――」


 ぱん。

 ふたたび乾いた音が鳴り響いた。


「これで……よろしいか」


 エルフ王が〝罰〟と言うや否や。

 当のクリスケッタが、妹であるエリエッタの頬を平手で打った。


「「ク、クリスケッタ様――!」」


 その行動は他のエルフたちにとっても想定外だったのだろうか。

 戸惑うように顔をしかめ、周囲には嫌な沈黙が出来上がった。


「……やはり愚盲の極みである」


 やがて王は呆れたように目を見開いたが。

 それ以上の〝罰〟とやらは要求することなく、きびすを返した。


「待たれよ!」


 去っていこうとする背中にクリスケッタが声を掛ける。


「エリエッタを連れ戻したのは、ここにいるアスト殿だ」


 彼女は視線と片手で、敬意をもってアストのことを示した。


「エルフの王として、なにか仰られるべきであろう」


 エルフの王が覇気のない動作でゆっくりと振り返る。

 そして、光のない瞳でただただ一瞥いちべつをくれると、


「……存分に褒賞を与えるがいい」


 とだけ答えた。


「くっ! 我らの運命を救った大恩人に、その態度か!」


 我慢ができかねたように、クリスケッタは口調に怒気を滲ませて叫ぶが――


「何をしている――とっとと連れていけ!」


 返ってきたのは、別の怒号であった。

 視線の先には、どうしていいか分からず気まずそうに戸惑うエルフの第二王女の姿があった。


『『……っ!』』


 王の言葉に、周囲は少し躊躇ったが。

 やがて居合わせたエルフの何人かが彼女――エリエッタに近寄ると、その手を後ろに回し縄をかけた。


「む?」


 その行動に違和を覚えたアストが、口を出す。


「これではまるで罪人ではないか」


「愚問。まさに、この娘は〝罪〟を犯した」


「……どういうことだ」


「エリー――エリエッタは。自らが暮らしていた塔から逃げ出したんだ」


 王の代わりに姉のクリスケッタが答えた。


「逃げ出した?」


「彼女は森人族エルフの命運を握る『文化職』の王族だ。外界のケガレが紛れ込まぬよう――捧蕾祭ほうらいさいまでの期間――監視のもと、大樹林の辺境にある塔で過ごすことになっていた」


 エリエッタの職業は文化職――『剣舞家ソード・ダンサー』と聞いていたことをアストは思い出す。

 しかし、それにしても。


「塔で監視のもと過ごす、か――大切にしたいのかは知らんが、それだけ聞けばまるでだな」


『な! いくら恩人とはいえ、部族外の者が失礼でありますぞ……!』


 周囲のエルフが叫んだ。


「よいのだ!」


 クリスケッタが制する。しかし〝幽閉〟の件については彼女もそれ以上は答えなかった。


「アストさん、ご心配をありがとうございますっ――」


 沈黙の中で当事者であるエリエッタが口を開いた。


「他の種族の方からは不思議に思われるかもしれませんが、あたしはむしろ誇りに思っています。これは神使命ミサダメを背負った王族の責務ですから」


 エリエッタの表情は、まさしく自らの与えられた役目を果たそうとする毅然めいたものだった。

 しかしアストの中ではひとつ疑問が残る。


 ――であるならば。なぜ彼女は塔から逃げ出したのだろうか。


「捧蕾祭さえ終われば、エリエッタも塔とやらでの生活から解放されるのか?」


「ん? ああ、勿論だ」アストの問いにクリスケッタが答える。


「そうか……しかし、なぜだかするな」


 唇に手を当てていると、エルフの王のしゃがれ声が響いた。


「愚問。れがの宿命である」


 そのまま彼は目線を周囲のエルフに向けた。

 それを合図に、エリエッタはまるで連行されるように側近から腕を捕まれた。


「神に選ばれた、か――ならひとつ訊いてもいいか」


 アストは呟くように言う。


「お前らはエリエッタの失踪が人の手によるものか、はたまた〝神〟によるものかで随分と揉めていたようだが――」


「ア、アストさんっ……!」


 エリエッタに制されたが、アストはそのまま続けた。


「結果としてエリエッタは――辺境伯を名乗るの貴族のもとに売られていた」


「「な……!?」」


 帝国というその名が出たことで周囲がざわつき始める。


「つまりは徹底的なまでに〝人の手〟だったわけだが……その犯人であるの捕縛はお前らに託されているんだったか?」


 アストが視線を向けた先には――大樹林に常駐する帝国特別軍大佐・シンテリオがいた。


『まさか、帝国が』『シンテリオ、殿……?』


 周囲からも戸惑いと疑念を向けられる中。

 色白で線の細い灰髪のその男は、やはり瞳だけは笑っていないまま――


「おやおや。聞き捨てなりませんね」


 などと。

 平然と言いのけたのだった。


「いやはや。まさか〝帝国〟の中に、そのような不届き者がいようとは。にわかには信じられない話です」


 彼は芝居がかった身振りで続ける。


「とはいえ。売られた先が仮に帝国であったとしても、王女様自身を捕らえた悪漢もそうであるとは限らないのでは?」


「何をごちゃごちゃと……!」


 責任の所在を誤魔化すような言い回しに、クリスケッタが身体に力を入れた。

 それをとがめるように王が問う。


「どうなのだ、エリエッタ」


「は、はいっ……」彼女はとつとつと語り始める。「塔から離れた先の森で、急に袋を被せられたように視界が真っ暗になって。そのあとのことは、分かりません。気付いた時には、帝国の貴族の館――その地下牢にいました」


 エルフの王・アルフレッデが納得したように頷く。


 シンテリオはすかさず、「はてさて。後ほど仔細しさいを伺い王女をさらった〝愚者〟の調査にあたりましょう――一度あったことが、二度ないとは言い切れませんしね」


 形ばかりに眉をひそめるその男に対して〝王が過剰に心酔している〟と聞いていたが。

 狐につままされるような彼の態度にも、周囲のエルフたちは何も言い返すことはできないでいた。


「……どうも、きな臭いな」


 アストの呟きは、そのまま床へと吸い込まれるように落ちていく。


 仕切り直すようにエルフの王が杖で床を叩いた。


 動揺を隠せないままに、エルフの側近たちがエリエッタを扉の外へと連れていく。

 その彼女が意を決したようにアストを振り返った。


「アストさんっ!」


「む……?」


 目と口を開き、必死になにかを訴えたいようにしていたが。

 やがて思いとどまったのか。ふるふると首を振って、


「捧蕾祭の期間に国の皆様へ向けた、あたしの〝剣舞〟のお披露目があるんです。良かったら――アストさんも見ていかれませんかっ?」


 そう言ってどこか寂しそうに微笑んだ彼女に。

 アストは微かに口角を上げて返した。




「分かった。楽しみにしていよう」


 


     ♡ ♡ ♡




 それからしばらくの後。

 夜が訪れた大樹林の奥深くで、なにやら怪しげな談合が開かれていた。

 ローブを深く被った黒ずくめの男たちが語気を強めて囁き合っている。


『これは一体どういうことだ!』『なぜ第二王女エリエッタが戻っている!?』『辺境伯ゲルデとも連絡がつかぬらしい』

『あのアストという少女は何者だ』『本当にただの遊び人なのか』『分からぬ』『〝あのお方〟の指示をあおげ!』

『いずれにせよ』『このまま黙ってはおれん』『〝あのお方〟の崇高なる目的のために』

『粛清せよ』『その少女を』『粛清せよ』『アストという名の少女を』




『『――粛清せよ!!!』』




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なにやら不穏な魔の手が……次回、いよいよ捧蕾祭に突入していきます!


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