STAGE 3-12;遊び人、エルフの街に到着する!


「思ったよりもずっと活気があるな」


 国家危機の脅威に分類されるS級魔物〝飛蜥蜴ワイバーンの変異種群〟を、文字通り一掃したアストは。


 クリスケッタに連れられて、世界樹の麓にあるエルフが暮らす街――〝樹下街じゅかがい〟に招かれていた。


「エルフと言えば、森の奥でつつましやかな生活を営むイメージがあったが、真逆だな。まさしく〝活気あるファンタジー世界の街〟といった様相だ」


 そんな樹下街を見渡しながら、アストは言った。


 街の入口から真っすぐに伸びたこけむすレンガ造りの道。

 その両側左右には、屋根から〝木々〟を生やした独特の形の家屋が並んでいる。

 軒下に看板が下がった建物も多い。どうやら、中央の通りは商店街になっているようだ。

 周囲を長耳のエルフたちが、どこか高揚感のある表情で行き交っている。


「〝お祭りの前〟というのは、こんな雰囲気なんだな」


「ご主人ちゃんは、お祭りははじめてー?」


 アストは唇に手をあて考えてみる。


「そうだな――の人生で初めてかもしれないな。ああ、ひとつだけ……俺が職業を授かった〝成人の儀〟の前は、まさに領地がそういう雰囲気にあったと聞くが……」


 主役のアストは、慣れないドレスの着付けや数々の準備で、雰囲気を楽しんでいる暇はなかった。

 肝心の〝お祭り〟本番も、彼女の職業が『最底辺職』と発覚すると同時に〝中止〟となってしまい――

 以降は一転、お通夜のように消沈した空気になったという。


「いずれにせよ、皆が楽しそうにしているのは良いものだな」


「いや、それにしても――いささか士気が


 アストたちを街に案内してくれたエルフの第一王女・クリスケッタが不思議そうに言った。


わらわが街を出立する前と比べても、より高揚感が募っているようだ。まるで、捧蕾祭ほうらいさい以外に何かがあるような――」


 ううん、と首を捻っていると。

 今度はリルハムが口を突き出し、不満そうに言った。


「うーん……」


「どうした、殿。渋い顔をして」


「だから、リルは狼だよー! って、今はそれどころじゃなくってー……」リルハムは気になっていたことを聞く。「なんかさー。ここ最近……ご主人ちゃんとクリスケッタ、ちかくないー?」


 ちかい。

 というのはそのままの意味だった。ちかい。近い。


 アストとクリスケッタの距離は、近かった。


「……うん? そうだろうか」


 ワイバーンの撃退劇を目の当たりにしてからというものの。

 クリスケッタの心はアストに対してすっかり開かれたようだ。


 なにかにつけ『アスト殿、アスト殿!』と頬を高揚させながら声を掛け、そして身体の物理的な距離も近くなった。

 とはいえ、はたからみれば、スタイルの良い大人のお姉さん(クリスケッタ)が、親戚の子供(アスト)をスキンシップを交えながらあやす微笑ましい光景にも見えるのだが。


「うー……リルだってふだんは我慢してるのにー」


 しかし〝筆頭従者〟の自負があるリルハムは、尻尾をぱたぱたふりながら、


「だったら我慢しないもんねー!」


 負けじと、アストを抱きしめるようにその距離を縮めたのだった。


「む、うう……急に、なにをふるんふぁ……」


 ふたりの胸の間(リルハムはぷにぷに、クリスケッタはほどほど)で挟まれたアストが、苦しそうな声を出す。


「犬耳殿! アスト殿が困っているではないか」


「鼻をつまみながら言うなー! リルは近くにいるとする〝おひさまのにおい〟なんだぞー! ねー、ご主人ちゃんー?」


「安心どころか、俺は今潰れかけているのだが……ふむぅ……」


 そんな風にわちゃわちゃしていると、


『クリスケッタ様!』『戻られたのですね!』『王女様!』


 などと、街を行き交うエルフたちから声がかかった。


 クリスケッタはいったんアストから身を離す。

 彼女は咳払いとともに仕切り直して、毅然とした態度で彼らと向き合った。


「すまない、心配をかけた。やけに皆が〝祭り気分〟のようだが……何かあったのか」


 エルフの民たちは互いに目を合わせて、不思議そうに首を捻る。


『クリスケッタ様は、ご覧にならなかったのですか? ――【神の御奇跡みきせき】を……!」


「神の、御奇跡?」


『ええ! 大樹林を覆っていた白霧だけでなく、このところ続いていた曇りをも晴らした〝天からの閃光〟……! 今や樹下街は、その話題でもちきりです!』


「隊長! ご無事ですか!」


 街の入口で人だかりを作っていると、飛蜥蜴との戦闘中に互いに行方が分からなくなっていた弓兵隊の兵士たちが駆けつけてきた。


「おお! 妾は無事だ、皆はどうだ」


「負傷者はおりますが、命に別状はありません……!」


 クリスケッタは、ふう、と安堵の息を吐いて、「まさか、あの状況から生還できるとはな」


「ごもっともです。一時はどうなることかと思いましたが――【神の奇跡】を、あのように目の当たりにできるとは……! やはり神様は偉大なお方です、どれだけ絶望的な状況でも、我ら森人族エルフを見放されることはなかった!」


「うん?」


 クリスケッタが、明確な違和感を覚えて尋ねる。


「……さっきから、【神の奇跡】という言葉が触れ回っているようだが、……まさかとは思うが、飛蜥蜴の大群を倒したのは、神によるものだとでも思っているのか?」


 エルフの兵たちは一瞬不思議そうな表情を浮かべてから、力強く頷いた。


「他になにがございましょう! 国王様にも、をご報告したところ『神の御奇跡である』とお墨付きをいただけました! 白霧に乗じて無限に増殖するS級魔物――国が亡びうる危機を、〝天からの稲妻〟で救われた神の御業――これを奇跡と呼ばず、なんとしますか!」


 目をきらめかせるエルフの兵士と街の人々とは対照的に。

 クリスケッタは長い息を吐いてから、アストの手を取って衆前へと引っ張り出した。


「……あー、神の奇跡の件であれば、最後までその場に居合わせた妾から〝真実〟を伝えよう」


 そして大げさに咳払いをひとつしてから、


「一連の奇跡をもたらしたのは――アスト殿という。この真人族ヒューマンの少女のお陰に他ならぬ」


 得意げに。堂々と。胸を張って。


 彼女は言ったのだが……。


『『――あはははははははははは!!!』』


 衆人から返ってきたのは、大きな笑い声だった。


「クリスケッタ様、さすがにそれは無理があるかと――」言葉を選びながらも、兵士の頬は我慢ができないように緩んでいる。「確かに真人族ヒューマンの彼女の〝怪物ぶり〟は私も目の当たりにしましたが……その先に待ち受けていたS級魔物は、さらに次元が異なる〝怪物以上の存在〟です。実力あるお客人を大きく見せたい気持ちは分かりますが、神の所業を肩代わりするには……いささか荷が重すぎるのではないでしょうか」


「くっ! 何を言っている……父上国王にどう伝え事実が婉曲されたか知らぬが、妾は実際にこの目で見たのだぞ――アスト殿! 貴殿の口からも説明を、……」


 どう説明しても、真意が伝わらないことにやきもきして。

 誰もが〝神の御業〟としか考えられない事態を実際にやってのけた少女――アストのことを振り向くと。


「ふむ。なかなか旨いな」


『でしょう? エルフに伝わる特製のお菓子なのよ』




 当の本人は、少しの危機感もなく街のエルフたちにされていた。




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