STAGE 2-8;遊び人、すごい邪神に気に入られる!


「ーーーーっ!????」


 リルハムの無邪気な笑顔が完全に硬直した。


 【冥界】に繋がるという黒い水晶に向けて。

 アストは自身の持つ〝全力の魔力〟を込めた。

 

 水晶から放たれた黒い光は、それまでとは桁違いの量となり。


 周囲の黒を染めていく。


「な、にー、これ……こんな規模の魔力、リルが、見たこともないよー……!?」


 リルハムがとまん丸の目を見開きながら呟いた。


 その間も黒光の放射はとどまることを知らない。

 びりびりと空気が。大地が。世界が――震えている。

 光は今や完全に周囲を飲み込み、漆黒の空間が出来上がった。


 その黒色が――


「うあっ!? 冥界の【次元】が――変わったー!?」


 リルハムがたれ気味の耳をぴんと伸ばして驚愕した。

 水晶玉から溢れる闇黒は止むことはない。


 それだけの魔力を放出し続けているにも関わらず――

 アストの表情は、なにひとつ変わることなく。


 冷静さを保っていた。


(うそ、でしょー……!? 魔力に、果てがない――!)


 リルハムの全身からは冷や汗が滴り。

 足は震え、今やまともに立っていられないほどになっている。


 それでもまだ――【黒】はより深くなる。


「うあ、また……!? 次元が何回変わったー……? ――まだ、潜る、の……? とっくにリルの知らない階層セカイまで届いてる――!」


 黒が黒を塗り替えて。

 それでもアストの魔力はとめどなく溢れていく。


(こんなこと、ありえないよー……!)


 ふるふると全身を襲う悪寒を振り払って、リルハムは続ける。


「一体、どこまでいくつもりなの……? あまりにも、――」


 アストの魔力が作り出す黒の激動は、もはやを震わせているように思えた。


 次元にまで干渉する振動は、アストが放つ魔力に呼応するように。

 これ以上ないほどにまで高まっていく。


 そんな異次元の現象の極大点で。


(だ、だめだよー! これ、以上は……、)


 リルハムは恐怖からまともに働くなった思考を。

 どうにか動かし涙を零して。

 喉から震える声を、絞り出した。


「――【源初】に、届きうるのー……!」


 そして。

 無限に続くかと思われた黒光の奔流が。


 ――を作り出した。


 〝黒以上の黒〟に埋め尽くされたその空間で。

 上下左右の平衡感覚も。時間の感覚も。

 果ては――生きているかどうかの生命の感覚まで。


 何もかもが麻痺するこの世の極地に。


 アストはたどり着いた。


 リルハムは汗やら何やら様々な体液でぐしゃぐしゃになりながら。


 放心したように――呟いた。


「ここは、どこー……? リルの知ってる冥界の、どことも違――うあ!!?」


 無限に空間を染める闇黒の中に。


 そこだけすっぽりと切り抜かれて、まさしく次元の異なるような。


 極めて異質な――〝巨大な門〟が。ひとつ。


 アストたちの前に現れた。


「うそ、でしょー……?」


 激烈な圧気オーラを放つ門を前に。


 リルハムの全身の毛が逆立った。

 丸い瞳からは、ぽろぽろと零れる涙が止まらない。


(この子は一体、のー……!?)


 どれほどの時間が流れたのか分からない。

 にも満たないかもしれないし。

 が経ったのかもしれない。

 そんな時流の狂った空間の中で。


 扉は。


 


「ーーーーーーーーーっ!?」


 万物すべては震撼する。

 

 そこから漏れ出るように姿を見せた〝なにか〟に対して。


 悪魔であるリルハムは、ごく本能的に。自然に。無意識に。


 地面に全身をひれ伏し、頭を垂れた。


 がくがくと震えながら、目線を上げた先で。


 び出した規格外の少女は。


「ア、アストー……?」


 すべての黒の中心で。


 どこまでも異質な――白金に輝く美貌を持つ彼女は。


 その漆黒の〝なにか〟とをするような仕草をしたあとに。


『……………………』


 口元を、微かに緩めた。


「……う、あー」


 この極限的な状況下においても。


 どこまでも妖艶なその表情に――


 リルハムは。ただただ。


 ――美しいと。


 自らの魂が。衝動が。

 熱く揺り動かされる少女と、自分が契約できたことに感謝して。


 その頬を自然と暖かな涙が伝った。

 

 ゆっくりと時間ときが流れて。


 すべてが終わった刹那。


 黒が――


 厚く塗られたモノクロの絵画の下から。

 また別の鮮やかな絵が出てくるかのように。


 世界が元の色を取り戻していく。

 

「っ! はー! はー……!」


 遅れて音が帰ってきた。

 リルハムは過呼吸のように息を荒げている。


「よかったー、かえって、これた――」


 リルハムはぽろぽろと涙を流しながら、声を震わせて言った。


「もう、と思ったよー……」


 世界に散らばった黒い圧気オーラは。

 主人のもとに帰る動物のように――やがてアストの小さな身体の中に吸い込まれていった。


「アストー……うあー!?」


 悪魔であるリルハムは即座に理解した。

 そこにいるアストは――明らかにこれまでの彼女アストとは


 その白く美しい小さな体躯から、これまで以上に途轍もない圧気が漏れ出ている。

 まるでその体内で〝世界を滅ぼす化け物〟を飼っているかのような。

 その〝化け物〟を飼いならす、そのであるかのような。


 異様な雰囲気を今の彼女は纏っていた。


 リルハムはそんなアストを見て。

 未だおさまらない震えと共に、唾をごくりと飲み込みながら言った。


(一体、この子は――何を魅入みいったのー……!?)


 永遠に塗り替えられる黒の先で。

 アストが対峙した存在は、悪魔であるリルハムにすら存在だった。


 そんな超越者と、僅かでも対話コミュニケーションをしたアストは。

 やはりいつもの調子で淡々と言った。


「ふむ。これで終わりか。案外大したことはなかったな」


「いやいやいやいやー!!!! ほぼ全部すべてが〝大したこと〟だったでしょー!?」


 リルハムが胸を揺らしながら全力で突っ込んだ。




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