STAGE 1-12;神童、職業魔法を起動する!

「アスト様っ」「大丈夫」「でしょうか……?」


 職業授与の儀を終えたアストは、俯いたまま無言で部屋へと戻った。

 表情は前髪に隠れ読み取れなかったが、心配したメイドたちがアストの部屋を訪ねていた。


 扉を開けて、先頭の三つ子メイドが口々に言う。


「どうかお気になさらず」とアユ。


「みんなも驚いちゃっただけで」とイト。


「アスト様のことが心配なのは変わりありません」とウタ。


 アストは部屋の隅で窓から外を眺めていた。

 メイドたちに気づいた彼女が、入口を振り向く。


「む? 心配?」


 しかし、その表情は。


「一体なにをすることがあるんだ?」


 いつも通りの飄々としたアストのそれだった。


「「「……え?」」」


「むしろ俺は――


 皆の不安とは完全にの感情をアストは口にする。

 頭上では遊んだ髪がぴょんぴょんと揺れ動いていた。


「ようやく念願の『職業ギフト』を授かったんだ」


「ア、アスト様? 一体何をお考えで……?」不安そうにアユが尋ねる。


「そんなもの、ひとつしかないだろう」


 心なしかいつもより高いトーンで答えながら、アストは手元の本をぱらぱらとめくった。

 礼拝堂で神官が見ていた『職業』に関する魔法書のようだ。

 先ほどの騒ぎに乗じて持ってきたのだろうか。


「ふむ……≪≫≪≫≪≫≪≫――確かに癖がありそうな職業魔法スキルばかりだな」


 エレフィーは言っていた。


 ――基本の四職に当てはまらない例外職の中でも、『不定職』は個人にも集団にも〝不利益〟になるような魔法しか扱えない


 アストが授かった『遊び人』はまさしくその『不定職』だ。


 しかし。


「実際に試してみないことには分からないだろう」


 メイドたちが心配した〝意気消沈したアスト〟の姿はどこにもなかった。

 それどころか。


「ア、アスト様……?」

「なんだかすっごく嫌な予感がするんだけど」

「まさかとは思いますが、遊び人の魔法を――?」


 彼女はこれまでにないほど瞳を煌めかせて。


「はじめての『職業魔法スキルマジック』だ。やはりどうしたって――するな」


 空間を埋め尽くす巨大な魔法陣を。

 展開させた。


「「「アスト様! 待っ――!」」」


 メイドたちの静止を振り切って。

 そこに自身の持ちうるの魔力を――込める。


 刹那。

 とシャッターが降りたかのように。


 アストの意識は。



 そこで。



 途

 切



 れ




 た。




     ♡ ♡ ♡




「ふう……アユたちがしっかりフォローしてくれているといいのだけれど」


 今回の騒動に関する様々な対応をようやくひと段落させたあと。

 エレフィーが足取り速くアストの部屋へと向かっていた。


「さすがのアストちゃんでも、今日のはわよね。あれだけ楽しみにしていた『職業』だったのだもの……」


 そんなことを想像しながらアストの部屋の前に着く。

 心無しか、周囲の空気がぴんと張り詰めているように感じた。


 扉に手をかけようとしたその時。


 エレフィーの背筋に、得体のしれない悪寒が走った。


「――っ!!?」


 間違いない。

 この中でなにかが起きている。


 この扉は決して開けてはいけない――本能が徹底的にそう叫んでいた。

 がくがくと手足が震えだす。冷や汗は止まらない。

 怖い。怖いがそれでも。


 ――アストの身になにかが起きていたら……?


 エレフィーはつばきをごくりと飲み込んで。

 すぐに壊れてしまいそうな思考をまとめ、精神を集中して。


 震える指先で扉を――開いた。


 飛び込んできた光景は。

 あまりにも。あまりにも。


 が、詰まっていて。


「な、なんなの……これは……?」


 ふらつく身体をどうにか支えて。目をこすって。

 もう一度、目の前の〝異常事態〟を見渡した。


 そこでは。


「「「――んっ♥ アスト、様ぁ……っ!」」」


 乱れに乱れた服装の無数のメイドたちが、頬を桃色に染め。

 眼やら口やらなんやらを緩め切った状態で。

 ひとりひとりがうわ言を繰り返しながら――倒れていた。


「ひっ!?」


 驚愕はまだ終わらない。

 その積み重なった桃色の肢体の山の頂点に。ひとり。


 堂々と立ち尽くす少女の姿があった。


「ア……アスト、ちゃん……?」


 頂点に君臨するその少女は。

 これまでのどこか抜けたような雰囲気とは完全に異なる――得体の知れない妖艶なオーラをまとっていて。


「本当に……アストちゃん、よね……?」


 エレフィーの言葉に。

 その少女は。


「アストちゃ、――え?」


 ゆっくりと。振り返り。

 〝桃園〟と化した部屋に踏み入れたエレフィーの姿を目でとらえると。


 やはり今まで見たことのない。


 で――


 わらった。


「~~~~~~っっっ!!!!」


 エレフィーの声にならない悲鳴が、世界に響き渡る。




     ♡ ♡ ♡




 かくして。しばらくの後。


 アストの部屋からは、屋敷中のメイドたち(+エレフィー)が。


 ――姿で見つかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る