STAGE 1-9;神童、古代魔法に出遭う!

 魔導A級職のエレフィー賢者をもってして〝常軌を逸している〟と称された魔力練度を見せつけたことで。


 晴れてすべての教育課程から〝卒業〟(ただし貴族マナーは除く。もはや誰もが匙を投げたらしい)となったアストは――


「……ふむ」


 のんびりと空を眺めていた。


 ちなみにエレフィーは心労が祟ってか、あのあと熱を出してしばらく公務を休んだようだ。(雨に濡れたせいもあるかもしれない)


「さて、これからどうしたものかな」


 流れゆく雲をただ眺める生活というのも悪くはないが。


 せっかく〝二度目の人生〟を授かったのだ。

 過去にできなかったできる限りの〝現実の経験値〟は積んでみたい。


 部屋の中には、魔力練度を高めるための無数の水晶玉がぐるぐると空中を漂っている。

 今やアストは、無意識下でも魔道具の回転を制御できるようになっていた。


 ――あとはアストちゃんにできることと言ったら〝神様〟に祈ることくらいね。


 そんなエレフィーの言葉を思い出す。


「神様の類はあまり信じていないんだが――この世界じゃそうも言っていられないからな」


 何しろ実際に神様から『職業ギフト』を授かる世界だ。

 

「――礼拝堂にでもいくか」


 神様に祈りを捧げる礼拝堂は西にある。

 この世界ではなにかにつけて〝西〟は縁起の良い方角とされ、神様に祈祷を捧げる際も西に向かって祈る習性があった。


「……よっと」


 小さな体躯で椅子から飛び降りる。

 着地と同時に、部屋中を浮遊していた水晶玉の魔道具のひとつが他とがちゃりとぶつかった。

 それを皮切りに回転のバランスが失われ、瞬く間に大量の球体が床に落ちてしまう。


「む……妙だな。制御を緩めたつもりはなかったんだが」


 落ちたそれぞれの透明な球体は。

 傾きでもあったのだろうか、ころころと転がり始めると。

 その縁起の良いとされる西側の壁の床へと不自然なまでに密集した。


「床に傾斜がついていたのか、気がつかなかった……む?」


 魔道具を回収していたら違和感があった。

 気になった床部分の絨毯を剥がしてみる。

 明らかに、先ほど硝子玉が集まっていた部分の板材だけ色が異なってはいないか。


「――ふむ」


 アストは顎に手をやりながら、頭上の髪をぴこぴこと動かした。

 床材の隙間に爪を入れて持ち上げると。


「これは――RPGな楽しそうな予感がするな」


 中から覗いたのは、延々と地下に潜る〝隠し階段〟だった。


「よし、いってみるか」


 アストはきょろきょろと周囲を見渡してから。


 その暗闇に続く階段を駆け下りていった。



     ♡ ♡ ♡



「ほう――」


 アストの口から感嘆の声が漏れた。


 階段は想像以上に深く続いていた。

 その先にある〝なにか〟を守るように、途中には幾つもの結界が施されていた。


 ――のだが。


 アストはそれらを造作もなく解除していくと、楽々と最深部の扉へとたどり着く。


 その終点となる部屋にあったのは――


「ふむ。だれかの〝隠れ書斎〟だろうか――なるほど、素晴らしい」


 地下深くの岩層をくり抜いて、その周囲を木板で覆い部屋の体裁をなしているようだ。

 まさに〝秘密基地〟というにふさわしいその空間にはそこら中に見たこともない魔道具が散らばって、一見無秩序に設置された書棚には崩れ落ちそうなほどの書籍が詰め込まれていた。


「随分と古い図書だな」


 その中のひとつを棚から取り出してみる。

 とてつもない量の埃が周囲に舞ってアストの全身を灰色に染めた。

 が、そんなことは気にも留めず、目の前の未知の書籍の頁を開く。


「む、これは――」


 アストの宝石のような瞳が、これまでにないほど煌めいた。


「――


 その名前を忘れるはずはない。

 あの雨の日の夜、エレフィーから特別に〝魔法講義〟を受けていた時のことだ。

 彼女は矢継ぎ早に語ってくれた。



     ♡ ♡ ♡



職業ギフトを授かる前に≪魔法≫は使えないと言ったけれど……ひとつだけ〝例外〟があるわ』


『この世界には〝ふるい魔法〟と〝あたらしい魔法〟のふたつがあるの』


『さっきも見せた、私が扱う≪職業魔法スキル・マジック≫は後者で、使う際に〝神様の力〟を借りる魔法よ。その分、簡単に強い力を発揮できるわ』


『もうひとつの魔法は――まだ人類が『職業神様の加護』を持たなかった時代に編み出した〝神様の力を借りることのない〟古代ルーンによる原始的な魔法』


『神様の力を借りない分、その魔法術式は≪職業魔法≫と比べてずっと非効率的で――』


『だれでも職業ギフトを授かることができる現代では廃れてしまったの』


『その〝ふるい魔法〟の名前は――』



     ♡ ♡ ♡



「≪古代魔法オリジナル・マジック≫――神様の力を介さない、とうの昔に滅びた魔法術式だと姉様は言っていたな」


 ぱらぱらと頁をめくるアストの手は、もう止まることはない。


 ひとつを読み終わったとしても、まだ周囲には文字通り溢れんばかりの量の書物がある。


 この部屋がだれのものなのか。

 どういった目的で使われていたものかは分からない。


 それでもアストは、この部屋と出遭わせてくれた運命に感謝をして。


 寝食をも惜しむ勢いで、古に書かれた図書に没頭した。



     ♡ ♡ ♡



「最近のアスト様は、随分とおとなしくなりましたね」


 昨今のティラルフィア家のメイドの中では、そんな話題で持ちきりだった。


「嵐の前の静けさっつー言葉もあるけどさ」


「きちんと神様への御祈祷もしているようですし」


「アスト様も大人になられたのでしょうか……あ、いえ、実際はまだお子様なのですが、えへへ」


 気のせいか、アストの非常識に振り回されることの減ったメイドたちの表情は随分と晴れやかに見える。


「成人をお迎えになる前にも関わらず、多大なる才能を発揮されるまさに〝神童〟」


「やはり、どうしたって――」


 これまでのアストの規格外な行動を三人は思い出しながら。

 やはり口を揃えて言うのだった。


「アスト様の」「職業ギフトが」「楽しみです!」




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次回、成人の儀です! 果たしてアストが授かる職業は――?


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