第50話
わたしは事件の後、気を失ったのでその後のことはカーサから教えてもらった。
熱を出して寝こんだわたしを心配してずっとついててくれた理玖さんは事件のことを話したがらなかったからだ。
事件から三日後。知恵熱のような熱も下がったわたしをカーサに任せて理玖さんは仕事に行った。わたしは早速カーサに尋ねた。
「そうね、どうせ隠し通せるものでもないわよね。祖父江伯爵夫人は亡くなったわ」
「えっ?」
まさか胸が苦しかったのは演技ではなかったの? すぐに医術師の先生に診て貰っていたら助けっていたのだろうか。
「独房に入れられていたのだけど、取り調べを受ける前に毒を飲んで死んでいたそうよ。旦那様は奥様がショックを受けるだろうからと隠しておいでなんですよ」
「毒って? どうして毒を持っていたのかしら。独房に入れられる前に検査とかしなかったのかしら」
「貴族の奥様ですから、検査も甘かったのでしょう。これからのことを思えば毒で死んでよかったのかもしれません。取り調べは貴族の奥様だからと手加減はないでしょうから」
カーサが言うようにあの方には無理だったかもししれないと思った。でも彼女は自殺するようには見えなかった。だって見つかったとしても揉み消せると思っているようだった。それなのに毒なんて用意しているかな。わたしがカーサにそう言うとカーサは哀れむような顔でわたしを見た。
「彼女の毒は自死するためのものではなかったのでしょう。おそらく茉里さんを殺すためのものだったんだと思いますよ。用意していたものはナイフではなかったのでしょう。本当は毒殺する予定だったのだと思いいますよ。毒殺だと誰が犯人か特定しにくいですからね」
そう不思議に思っていた。なぜナイフで刺そうとするのか。返り血を浴びる可能性もあるのにおかしいと思っていた。あの時彼女は毒を持っていなかった。でも丁度いいところにわたしがいたからナイフで刺すことにしたんだわ。わたしたちが帰ろうとしていることを知って焦ったのかもしれない。仮面舞踏会でなければ、帰る予定ではなかったのだから。
でもそうすると事件の後に彼女に渡した人がいる? 渡せる人なんて一人しかいない。おそらく彼はそれが毒だって知っていた。知っていて渡した。それは彼女のためだったのかもしれない……でも悲しい。
「奥様、どうして泣いているんです? 夫人は奥様を殺そうとした方なんですよ」
「そうね、彼女のしたことは許されることではないわ。愛莉だって彼女に殺されたのだから。でも。でも彼女はわたしだったのかもしれないって思うの。もし愛莉と理玖さんが結婚していたら、わたしだって同じようなことをしていたかもしれないわ」
「奥様はそんなことしません。それに旦那様はは奥様としか結婚してないでしょうからあり得ません」
「どうしてカーサはそんなに自信満々に言えるのかしら」
わたしもいつかは理玖さんの愛を心から信じられるようになるのかな。愛莉の死をやっと泣けるようになったのだから大丈夫だよね。
「さあ、朝ごはんを食べたらもう一眠りしてください」
「もう寝るのは嫌だわ。庭に出たいわ」
ベッドにいると考え事ばかりしてしまう。特に祖父江伯爵夫人のことが頭から離れない。
「でも熱が下がったばかりですから、旦那様が絶対にベッドから降りたらダメだと言ってらしたではないですか。奥様も「はい」と返事をしてましたよ」
そういえば朝会った時にそんな会話をしたような気もする。理玖さんがおでこで熱を測ったりするから、頭が回ってなかった。どうして人前であんな恥ずかしいことするのかしら。
「わかったわ。じゃあ、本を読むことにするわ」
「それではとっておきの本をお持ちしましょう。隣国でベストセラーの本ですよ。旦那様が奥様のために取り寄せたんですよ」
「まあ、素敵! すぐに持って来てちょうだい」
カーサがクスクス笑いながら部屋を出て行った。隣国でベストセラーの本ってどんな話かしら。恋愛もの? ううん、ミステリーかも。あれほど考えていた、事件のことも頭から離れていた。
だからわたしは扉が開いたことにも気付かなかった。その人がベッドの横に立つまでまるで気付くことができなかった。そう、スパイ疑惑はまだいぜんとして晴れていなかったのに……。
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