帝都征伐部隊 2

「はいはーい! じゃあランファ殿の言う通り、取りあえず俺らだけで話を進めますかー!」

「ええ。まずは、王や軍の配置ですわね。……軍についてはリィンスタット王に一任されていますけれど、リィンスタット王のお考えは?」

 緑の王の問いに、黄の王は帝都の詳しい地理が描かれた地図を広げた。

 連合国軍が目指す帝都は、要塞のような造りをしていて、非常に攻め込みにくいのが特徴だ。

 まず、城に辿り着くためには、城の全方位を守るようにして聳え立つ三重の強固な壁を越えなければならない。

 城そのものを囲む壁と、その外縁にある貴族街を取り囲む壁、そして一番外側にあるのが、最外縁に位置する城下町を囲む壁である。歪な円環状に配置されたその壁には、それぞれ門がひとつしか構えられておらず、その位置もずらして置かれている。城下街の壁の門が東に、貴族街の壁の門が西に、そして城の門が北にと設置されているのは、敵が城にまで侵入する時間を限りなく引き延ばすための措置だ。

 城下町を含む帝都は城に近づくにつれてやや隆起していて、王城に至っては小高い山の頂に位置している。その背面はちょうど三つの壁が接触する位置に相当し、より強固となった外壁の向こう側は、切り立った崖になっているため、まさに帝都自体がひとつの要塞のような造りの都市なのだ。

 地図に指を滑らせつつ、黄の王が口を開く。

「俺一人で統括するってなると、さすがに軍を大きくばらけさせることは難しいっすね。細かいところは各国の騎士団長やらに任せますけど、できるだけ俺が把握できる範囲でまとめたい。ってなると、俺んところはどうしても大軍になります。なんで、ここは堅実に北からの中央突破が最善かと。進行方向から考えると、中央が一番開けてて戦場を把握しやすいですし、俺の雷魔法は遮蔽物や突起物が少ない方が扱いやすいんで」

「逃げも隠れもせんという戦い方は儂の専売特許なんだが、確かにこの場合は中央をお前さんに任せる方が無難か。しかし壁はどうする? 門から行くならどうしても東から攻めざるを得んだろう。騎獣で空から攻める気か?」

「まず、最終的に王城を落とす必要がある以上、できるだけ周り道はしたくねぇ。だったら王城の壁の門がある北から攻めるのが一番良い。途中の壁に関しちゃ、俺がぶっ壊す。あんたの言う通り空から攻める手もあるが、そりゃあ向こうも予想してるだろうからな。何かしらの対策があるだろうことを考えると、避けられるなら避けたい手だ。……それに、門じゃなくて壁を破壊しときゃあ、一般人も逃げやすい」

 最後の言葉に、何人かの王がやや顔を顰める。それを見た黄の王は、へらりと笑って手をひらひら振った。

「心配しないでくださいよ。何が優先事項なのかは判ってます。間違っても、目的を見失って敵国の民を心配するような真似はしません。ただ、敵国っつっても一般人まで血眼になって殺す必要はないんだから、だったら逃げる意思がある人は逃がしてやった方が良いんじゃないかってだけです。必要以上に殺すのは、誰だって避けたいでしょ」

「お前さんの言いたいことは判るが、それが主な理由なら儂は反対だぞ。魔導を向上させた今の帝都の壁がどれだけ強固かは想像がつかん。それこそ紫の結界魔法に準ずる魔導がかけられていたとしたら、お前さんが消耗する魔力は馬鹿にならんだろうからな」

「わーってるよ。その辺は現地で判断して、割に合わないようなら大人しく東から回る。それに、別に帝国民のために南から行くって言ってる訳じゃねぇの。それは結果的にオマケでついてくることであって、飽くまでも目的は城まで迅速に辿り着くことだ。そのためには、北から攻めるのが一番時間的効率が良い。そう言ったろ?」

 ぐぅ、と唸って黙った橙の王を見てから、緑の王が頷く。

「わたくしもリィンスタット王の意見には概ね同意しますわ。北から門を破壊して強襲し、戦う意思がない帝国民には構わず城を目指してください。ただ、やはり部隊はある程度分けるべきだと思います。それも、国ごとにまとめるのではなく、各国の軍を混在させた部隊を作るべきかと」

 緑の王の言葉に、橙の王が眉根を寄せる。

「それはそうだろうと思っとったし、そうなる可能性が高いだろうことは事前にうちの軍には伝えてあるが、果たしてそううまく連携できるかどうか……」

「あら、そのためのリィンスタット王ですわ。そうですわよね?」

 矛先を向けられた黄の王が、面食らったような顔をする。

「え!? それも俺の役目なんですか!? 赤と青とか橙と緑とかめちゃくちゃ喧嘩しそうなんですけど!?」

「全軍を指揮するのが貴方の役目です。当然、そういったことも含めての管理ですわ」

 できますわよね、と睨まれた黄の王は、何度か呻いたあと、諦めたように苦笑した。

「善処します……」

「善処ではなく、完遂してください。……心配せずとも、いざ戦場で幼稚な喧嘩をするような愚か者はいませんわ。そんな愚か者は、そこのオブジェ二人だけで十分ですもの」

 思いっきり棘のある言葉を投げられた赤の王と青の王だったが、やはり二人は何も言わなかった。返す言葉がなかったのかもしれない。

「それでは、各部隊に配備する白の回復魔法師たちの配分は私に任せてください。力が均等になるように努めます。それから、部隊に配備する人員とは別に、前線には出さない治療選任の部隊も用意しましょう。戦場での治療だけでは、満足な回復が見込めないかもしれませんから」

 白の王の提案に、他の王たちも頷き、ならば白の王と魔法師を主軸とした後方支援用の救護部隊をひとつ作り、白の魔法師の護衛用に戦闘要員も配備しよう、という話にまとまった。

「軍の総数は概ね五万くらいっすよね。主な構成員は、赤、青、橙、緑、紫、白だけど、紫と白はちょい少なめ、と。主戦力級持って来てるのは四大国ってこと考えるとやっぱ、部隊の数は大きく分けて五つっすかねぇ。俺が指揮する部隊と、赤、青、橙、緑それぞれの騎士団長が指揮する部隊とで、五つ。どうっすか?」

 黄の王の提案に、薄紅の王が首を傾げる。

「でも、それだと一つの部隊の人数は一万くらいになってしまわぁ。ちょっと多すぎではなくて?」

「はい。なんで、その部隊を更に十の小部隊に分けます。そうしたら小部隊あたり千人。まとめられない数じゃあない。まずは四大国の騎士団長を大部隊の隊長に据えるとして、各部隊の配分とか小部隊長を誰にするかとかは、この後相談して決めましょう。取りあえず、四部隊分の大隊長と小隊長が決まれば大丈夫なんで」

「四部隊だと? 小隊長は五部隊分必要なんじゃあないのか?」

 そう言った橙の王に、黄の王がひらりと手を振った。

「いや、俺んとこには小隊長はいらねぇ。一万くらいなら一人で把握して動かせる」

「言いよるなぁ」

 感心したように言った橙の王に、黄の王が笑って返した。

「俺は情報戦のスペシャリストなんでね。ここに居る誰よりも、戦況の把握には長けてるさ。尤も、こと諜報においちゃあ黒には敵わないけど」

 黄の王の言葉を受け、緑の王も納得したように頷いた。

「それでは、細かな人員についてはこの後調整するとして、大枠はリィンスタット王のご提案通りにすることにしましょう。あとは、わたくしたち王の配置ですわね。リィンスタット王は全軍の指揮のために中央突破に加わって頂くとして、他の王はどのようにいたしましょうか」

 そう言った緑の王の後ろで、突然声が上がった。

「俺は薄紅の王と一緒に中央に回るよ」

 突然割り込んできたその声に、思わず金の王が口を開く。

「ヴェ、ヴェールゴール王! いつからそこに!?」

「いつって、今だけど」

「そ、そうですか……」

 相変わらず気配の欠片も感じさせない人だ、と思った金の王だったが、ふと他の王を見れば、揃いも揃って少しだけ変な顔をしていたので、おや、と内心で首を傾げる。しかし、彼がその疑問を口にするよりも早く、薄紅の王が口を開いた。

「妾も一緒に中央に行かなくてはならないのぉ?」

「別に俺は一緒じゃなくても良いんだけど、あんたと一緒の方が良いって銀の王が言ってたから。まあ俺は本命を殺さなきゃだから途中で抜けるけど、それまでは中央で手伝うよ。基本的に俺は自由に行動して良いって言われてるし、それで良いでしょ?」

 首を傾げた黒の王に、緑の王が頷く。他の王も、特に反論はないようだった。

「では、黄、黒、薄紅、白が中央ですわね。残るわたくしたちはどういたしましょうか。わたくしは空でありさえすれば遺憾なく能力を発揮できるので、そこまでのこだわりはありませんけれど……。中央から十分離れた上空となると……、そうですわね、東部の空などは、高い建物もなく、比較的地上を遮蔽する物が少ない場所です。ですから、この辺りが一番でしょうか。もしくは、敵の虚をつく形で、最も攻めにくいと考えられる南、崖からの強襲を図るとか。わたくしなら、壁を越えて空から攻めることも難しくはありませんわ」

「ふーむ。儂もまあ、大地さえありゃあどこでも問題ないんだが……。それこそ南の崖なら、地霊魔法を使えば儂でも十分攻め込むことができる。登る足場がないなら作れば良いだけだしな。ただ、儂の場合は三重の壁をなんとかせにゃならんのが、ちと厄介か……。やはり南はカスィーミレウ王に任せておく方が無難か?」

「いえ、それはどうでしょう。壁の原料として地霊に属するものが使われている以上、案外テニタグナータ王の方が向いているのかもしれませんわ。先ほどリィンスタット王が言ってたように、空から来る敵への対策は絶対に存在するはずです。それなら、寧ろその強固性ゆえに油断がある可能性がある壁を狙う方が良いのかもしれません」

 さてどうすべきか、と首を捻る緑の王と橙の王に、他の王たちも難しい顔をする。だがそこで、これまで沈黙を貫いてきた青の王が口を開いた。

「王の配置に関して、少しだけ気がかりがあるのですが、発言してもよろしいでしょうか」

 そう言って彼が見たのは、薄紅の王である。半分以上嫌味からくる発言だったが、それを華麗に流してみせた女王は、開いた扇子で口元を隠した。

「好きにすれば良いのではなくて? 必要だと判じて声を上げたのなら、妾も止めようとは思わないわぁ」

「それでは、お話させて頂きます」

 わざとらしくそう言い置いてから、青の王は赤の王を見た。

「先日のグランデル王国襲撃事件の際、帝国は魔導を用い、概念の神に相当するであろう魔物を仕向けたという話でしたね。……その魔物、今の貴方に倒せますか?」

 青の王の言葉に、他の王が僅かに目を見開く。

「……いや、今の俺には無理だな。あれは、地霊の極限魔法が使えたから勝てた相手だ」

 赤の王の返答に、青の王が目を細める。そんな彼に向かって、緑の王がやや硬い声を発した。

「そのような魔物が、あと複数いると言いたいのですか? 帝国が、そこまで備えていると?」

「飽くまでも可能性の話です。ですが、帝国の元にウロがいることを考えれば、可能性としては十分に考えられるかと。さすがに私たちも、概念の神が相手となれば、かなりの苦戦を強いられるでしょう。……いえ、苦戦という言葉は適切ではありませんね。相手が私たちの苦手な属性を得手とする神ならば、私たちに勝つ手段は有りません」

 その言葉に、金の王は不安げな表情を浮かべて他の王を見た。

 そんな強大な魔物を帝国が何体も準備している筈がない、と言う者は、誰もいなかった。皆、帝国の背後にいるウロという存在を、それだけの脅威として認識しているのだ。

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