戮力一心 5

「なんだと?」

 片眉を上げた銀の王に、萌木の王が言葉を続けた。

「僕の魔力では、輸送装置を具現化するだけで精一杯なんです。この装置を動かすためには、別の誰かが魔力を注ぎ込んで動かさなきゃならない。なんでそんな機構にしたんだ、なんて言わないでくださいね。これ以上は無理だったからこその結論です。僕にできるのは、装置を用意するところまで。駆動力となる魔力を用意するのは、別の誰かに担当して貰わないといけない」

 その言葉に、黄の王が声を上げた。

「それ、その辺の兵に任せられることじゃあないんですか?」

「無理だね。なにせものすごいエネルギーを必要とする装置だから、国王くらいの魔力量がないと動かし続けられない。装置に乗せる五万人の兵の魔力を総動員すれば可能かもしれないけど、それじゃあ帝国に着く頃には皆の魔力はすっからかんだ」

「……例えば、王獣、うちのリァンに任せるとかは?」

 黄の王のその提案に異を唱えたのは、銀の王だった。

「ならぬ。ただでさえ国王の半数以上を帝国に向かわせるのだ。王獣までをも各々の国外に出す訳にはいかぬ。王の不在を守れるのは、王獣のみだ」

 銀の王の指摘に、黄の王が押し黙る。老王の意見が正しかったからだ。それを見て、白の王も静かに頷いた。

「エルキディタータリエンデ王の仰る通りですね。特に白と黒は、王獣が王の影に住んでいる都合上、両者が離れることができません。王である私と王獣がいないのですから、大陸内における回復手段は著しく制限されることでしょう。これ以上遠征部隊の方に戦力を割く訳にはいきません」

 そこで、緑の王が赤の王を見た。

「グランデル王、貴方のところにいる、グレイ・アマガヤの魔術が有用なのでは? 先日の報告を聞きましたけれど、確か、魔術鉱石に蓄積した魔力を対象者に注ぐことで、疑似的に莫大な魔力を得ることができるとか。王でなかった頃の貴方は、それによって極限魔法を使用したのでしょう?」

 緑の王の言葉に、しかし赤の王は否定の意を示した。

「確かにグレイの魔術の概要はそういう認識で間違ってはいないが、あれは俺専用の魔術だ」

「貴方専用? どういうことですの?」

「あの魔術を使うには、魔術師が対象者である魔法師の魔力の質や量を事細かに把握していないといけない。魔法師の魔力をゆっくり抽出して鉱石に保存するのを定期的に繰り返し、それによって貯まった魔力を、魔法師のそのときの体調や心情の機微に合わせて調整しつつ注ぎ込む。このとき、魔法師が魔法によって消費する魔力と、魔術師が注ぎ込む魔力とが、可能な限り同量になるようにしなきゃならないんだが、……ろくに知りもしない相手に、そんなことができると思うか?」

 赤の王の問いに、緑の王はゆっくりと首を横に振った。

「俺とグレイがあれを実用に足るものにするまで、三年かかった。俺が極限魔法で消耗する魔力量を何度も何度も見積もって、それに俺の心情や体調がどう影響するのかも徹底的に調べて、あとの細かい微調整に至っては完全にグレイの勘だ。長年俺を見て来たあいつの勘で、俺の見た目から俺の状態を把握する。そんだけやって初めて、あれは完成したんだ。俺以外の人間に対してあいつがあの魔術を完成させることは、有り得ない」

 少なくとも今はな、と加えた赤の王が、大きく息を吐く。

「どのみち、今からじゃ遅ぇよ。あれを使うには事前に魔術鉱石に魔力を貯めておく必要がある。極限魔法級の魔力を用意するとなると、まあ一年はかかるだろうな。ああ、大勢から魔力を掻き集めてどうこうってのも無理だぞ。他者の魔力を注入すると、最悪爆発四散する。よっぽど相性が良けりゃあ魔力のやり取りもできるかもしれねぇけど、今のところその相性を調べる手段はねぇ」

 そう言った赤の王に、青の王が口を開いた。

「貴方の魔力が貯蔵されている魔術鉱石は、あとどれくらい残っているのですか?」

「……王になる前の俺が、あと一回極限魔法を撃てるくらいの量だな。けど、それを使って輸送装置の駆動力に充てることはできねぇ」

「何故ですか」

「あの魔術はまだ未完成で、応用力がない。俺もグレイも極限魔法のことだけを考えて調整を重ねたせいで、それ以外の魔法に使えるかどうかは未知数なんだ。まして今回は、魔法じゃなくて装置に膨大な魔力を注ぎ込むんだろ? いくらグレイでも、その条件下でどの程度の魔力を俺に注入すりゃいいのかは判らねぇだろうよ」

「……ならばいっそ、魔術鉱石から装置へ直接魔力を注げば良いのでは?」

 そう言った青の王だったが、その提案は萌木の王に却下される。

「いや、それじゃあ駄目なんだ。単純に魔力を注ぐだけじゃなくて、魔力を注ぎながら装置の軌道を決める必要があってね。ようは、魔力を注ぐ人間が舵を取るようなものかな。だから、必ず意思を持つ者が介在しないといけない」

 言われ、押し黙った青の王に代わり、薄紅の王が赤の王を見た。

「グランデル王が舵取りをして、そのあと魔術で魔力を回復させるのは駄目なのかしら? それなら、注入する魔力量の調整とやらは必要ないのではなくて?」

「残念だが、それも不可能だ。グレイの魔術は、飽くまでもその瞬間に必要な魔力を嵩増しするだけのものであって、厳密に言うと俺に注ぎ込むものではない。……なんて言えば良いんだろうな。こう、俺の魔力タンクみてぇなものに鉱石の魔力を注いでるんじゃなくて、魔力を消費する際に通る排出管みてぇなものに、無理矢理追加で魔力を注いでいるみてぇな。だから、注がれた魔力を俺の体内で維持することはできねぇ。あの魔術を使って意味があるのは、魔法なり何なりによって魔力が使われている最中だけなんだ。排出してねぇ管に魔力ぶっこんでも、管が破裂するだけだからな」

 赤の王の言葉に、薄紅の王が小さく息を吐く。

「随分と不便なのねぇ。……それなら、やっぱり妾たちの誰かが舵を取るしかないのかしら」

 その言葉に、王たちは押し黙った。

 彼女の言う通り、現地に向かう王の内の誰かがそれを担うしか手がない。だが、そこで王に魔力を消耗させるとなると、戦力は目に見えて低下するだろう。

 皆が最適解を模索する中、すっと小さな手を挙げたのは、これまでずっと黙っていた金の王だった。

「その役目、私に任せては頂けないでしょうか」

 十一人の王の視線が一斉に金の王へと集中したが、幼き王は怯まずにその視線の全てを受け止める。

「私の魔法適性は、皆さまと比較すると著しく低いです。ですが、魔力の総量ならば、皆さまと肩を並べることができる。魔力の総量は、王獣との契約によって大幅に増加しますから」

 その通りである。金の王は魔法適性の低さ故に魔法を多用することはないが、貯蔵している魔力量だけで言うならば、他の円卓の王にも引けを取らない。ただ、その魔力を発揮する場所がないだけだ。

「私の魔力は、宝の持ち腐れです。この戦いにおいて、使用されることはないでしょう。だからこそ、私に舵を取らせて頂くことはできないでしょうか。どうせ使いどころのない魔力ならば、今ここで使うべきだと思うのです」

 幼王の言葉に、沈黙がおりる。静寂が訪れたその空間で、次に声を発したのは銀の王だった。

「私は、お主と私とで円卓の王国全てに目を光らせるべきと、そう判断を下したが、これについてはどう考える」

 鋭く、重く、圧し掛かるような声だ。獲物を睨むような目で見据えられた金の王が、僅か一瞬だけ怯むような表情を見せる。だがすぐにそれを押しのけた彼は、意思の強い目をして、きっと銀の王の隻眼を見返した。

「エルキディタータリエンデ王ほどのお方ならば、大陸全土の統治程度、難なくこなしてくださるでしょう」

 年若い王の言葉に、銀の王が僅かに目を開く。そしてその直後、その目が僅かに弧を描いた。

「年端もいかぬ小童が、なかなか立派な口を利くではないか」

 そう言った銀の王に、金の王の喉がごくりと音を立てる。極度の緊張で、彼の喉はもうからからだった。だがここで引くわけにはいかないと、いっそ睨むような目で銀の王の視線を受け止めていた金の王だったが、拍子抜けするほどに呆気なく、銀の王の視線は逸らされた。そしてそのまま他の王へと目を向けた銀の王が、口を開く。

「良かろう。そこな若輩の王が申す通り、大陸全体の統括については私が一手に担う。お主らは、エルズディ・レード・タリエンデの命に背くことがないよう国民に周知せよ。……これより帝国との戦争が終結するまで、大陸全土の人間は例外なく、我が民とみなす」

 そう言った銀の王に、金の王は息を呑んだ。

 銀の王の言葉は、諸王に向ける言葉としては最上級のものだ。王は自国の民のために在る。自国の民のためならば、他国の民を犠牲にすることもやむなしとするのが王だ。その王が、リアンジュナイル全土の人間を、自国の民とみなすと言った。これ以上の約束があるだろうか。

 あまりのことに言葉を出せない金の王を、銀の王が再び見る。

「この私に挑戦してみせたのだ。ならばお主は、お主の役目をこなしてくるがい、ギルディスティアフォンガルド王」

「っ、は、はい!」

 僅かに頬を上気させた金の王が、しっかりと頷く。思わずといった風に視線を赤の王へと向けた彼は、そこに見慣れた顔がないことに僅かに戸惑った。だが、代わりに目が合った赤の王の口元が優しく弧を描いたのを見て、小さく頷きを返す。幼い王は何故だか、そこに先代の姿を見たような気がした。

「さて、輸送装置の駆動はギルディスティアフォンガルド王に一任するということで、異論はないか?」

 銀の王の問いに、誰も反論はないようだった。それを確認した萌木の王が金の王を見る。

「僕も賛成だ。錬金魔術に長けた君なら、細かな作業も得意そうだしね。舵取りの仕方は教えるから、可能な限り短時間で習得して欲しい」

「はい。お任せください」

「うん。それじゃあ経路だけど……」

 そう言った萌木の王が大きな地図を取り出し、円卓の上に広げる。

「まずは会議が終了次第、僕がギルディスティアフォンガルド王に輸送装置の舵の取り方を指導する。その指導が終わったら、この場で具現魔法を発動させて、輸送装置を具現化しよう。ネオネグニオ王には、パーツの組み合わせをお願いするよ」

 言われた紫の王が小さく首を傾げた。

「つまり、私とミレニクター王とギルディスティアフォンガルド王は、この場に残るってこと?」

「ああ、そうなるね。輸送装置を造るのには僕とネオネグニオ王が、動かすのにはギルディスティアフォンガルド王がそれぞれ必要だから。ほら、一度国に帰ってから三人で集まるのは時間がかかるだろう? だから、この場で造るものを造って、それを託してから僕たちは国に帰るべきだと思うんだ。僕たちが装置の準備をしている間、他の王には自国に帰って貰って、出立の準備をして貰おう」

「そう」

「ギルディスティアフォンガルド王には一人で舵を取って貰うことになるけど、大丈夫かい?」

 萌木の王の問いに、金の王が頷く。

「はい」

「よし、じゃあその後だけど、ギルディスティアフォンガルド王には装置を操作して貰って、赤から順に薄紅、黒、萌木……、といった風に回って貰いたい。各国の首都上空で短時間停留し、その国での戦力を輸送装置に収容し次第、次の国へ向かうんだ。それを繰り返して、最後に金での収容を終えたら、あとは一直線に帝国領を目指してくれ。ヴェールゴール王が以前の偵察で得た情報を鑑みるに、キョウヤ・アマガヤが捉えられているのは、十中八九、帝都にある王城だ。そこまで輸送装置が保つのが一番なんだけれど……、まあ、その辺は臨機応変にお願いしようかな。どのみち部隊をばらけさせなきゃならないし、必要に応じて小出しに投下させるのも良いかもしれない」

「判りました」

 金の王の返事を確認してから、萌木の王が銀の王を見る。

「帝国に向かう部隊の編成についてはどうしましょう。第一陣と第二陣に各国の軍をどれだけ入れるかもそうですが、帝国領での部隊編成も考える必要があります」

「第二陣については、状況に応じ私たち残留国で判断しよう。帝国領における部隊編成は、現地で判断すべきだと考える。行ってみなければ、何が最適かなど判らぬからな」

 そう言った銀の王が他の王の意見を窺うように見たが、異を唱える者はいなかった。

「最後に、第一陣についてだが、……四大国の兵を基軸に構成すべきであろうな。こと争いごとにおいては、やはり単属性に特化している人員は重要だ。特化型は偏りがある代わりに火力が高い傾向にある。適切な配置にさえつけることができれば、戦力の増幅に繋がるであろう。これに加え、補佐を担当する紫と、回復を担う白も最低限必要だ。逆に、黄、薄紅、萌木、銀、金、黒は、どうしても必要な人員以外は派遣すべきではない。銀や金、萌木は個々の戦闘力にやや不安が残り、薄紅はそもそも軍部を要していないからな。無論、戦える者がいない訳ではないが、そういう者は全て大陸全体の守護に回すのが賢明であろう。黒に関しては、王も王獣も不在となる故、これ以上の損失を生む訳にはいかぬ。同じ状況に置かれる白については、主に黄の軍と紫の軍で対処にあたることになろうな。よって、王の不在に加えて戦力を幾分か割くことになる黄の軍を帝国に向けるのは、賛成し難い」

 いかがか、という問いに、王たちが頷く。

「細かな配分については、戦力提供国で話し合って決めよ。四大国においては、できる限り各国の負担が均一になることが望ましい。……ミレニクター王、準備が整うまでに要する時間はいかほどか」

 問われた萌木の王が、僅かな思案ののち、口を開く。

「そうですね……。今が丁度朝と昼の境くらいですから、……昼頃までにはギルディスティアフォンガルド王に舵取りを仕込んでおきましょう。あの輸送装置なら、各国を回るのにそこまで時間は要しません。なので、昼過ぎには帝国に向けて出発できるものと思って頂ければ」

「ふむ。それでは、第一陣の用意は正午までに行うものとする。時間がない故、ここで一度会議は終了とし、各々必要な準備を進めよ」

 銀の王の言葉に、王たちが一斉に動き出す。その場に留まる者。即座に自国へ帰る者。王によって行動は様々であったが、どの王も最善を尽くすべく動き始めたのだ。

 薄紅と黒に策を授けるべく席を立った赤の王は、黒の王の元へ向かう前に黄の王に呼び止められた。何用かと振り返った赤の王の肩を掴んで、黄の王がその耳に口を寄せる。

「レクシリア王、あんた独断で勝手に王様になったっつってたけど、秘蔵っ子にめちゃくちゃ怒られたんじゃねーのか?」

「秘蔵っ子? ……ああ、グレイのことか。まあ、そうだな。急いでいたから長々と話す時間はなかったが、……門へ向かう道中でしこたま罵られたな」

「……そりゃあご愁傷様」

「それ、どっちに対してだ?」

 赤の王の問いに、黄の王は肩を竦めてみせただけだった。そのまま帰国の門へと向かった彼の背中を見送ってから、赤の王が黒の王に声を掛ける。

「ヴェールゴール王、さっきの件について良いか?」

「良いけど、薄紅の王が先じゃなくて良いの?」

「ああ。あんたの方が集中力がなさそうだからな。待たせてる間に帰られても困るし」

「失礼だなぁ。さすがに今回ばかりは真面目に聞くよ」

 顔を顰めた黒の王を見て、赤の王が笑う。

「悪い悪い。判ってるよ。それで、あんたに任せたいことなんだが……」


 出発までに残された時間は僅か。その僅かな時間を使い、円卓の王たちは最後の準備を始めるのだった。

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