戮力一心 3

「お主はもういのか、ミゼルティア王」

「……私も愚王ではありません。グランデル王一人にこの件を一任することに問題がないとは思えませんが、今はそれに賭けるしかないとのお言葉は、事実として受け止めております」

 感情的に気に食わないものは気に食わないが、論理的に納得はしたから文句は言わない、と、ようはそういうことだ。

「ふむ。ならばウロについてはヴェールゴール王に一任し、その手段の確保はグランデル王に任せることにする。いな」

 銀の王の言葉に、異を唱える者はいない。そのことに安堵したのか、赤の王は少しだけ小さく息を吐き出した。

「良かったわねぇ、グランデル王。でも、その策を弄している時間はあるのかしら? これから話すことではあるけれど、きっと出発はすぐだわ。あまり猶予はなくてよ?」

「あ、それは俺も気になってた。今から色々やってて間に合うの? 赤は軍も動かしたりしなきゃで忙しいんじゃないかなって思うんだけど」

 薄紅の王と黒の王の指摘に、赤の王は大丈夫だと返した。

「時間的な猶予も考慮に入れてある。各国の準備のことを考えれば、どんなに早くても出発は昼頃だと踏んでいるんだが……」

 そう言った赤の王が銀の王を見れば、銀の王は黙って静かに頷いた。

「それなら問題ない。出発までに、必ず条件を整える」

 言い切った赤の王を見て、緑の王が口を開く。

「もしかしてその策は、全属性の魔法に高い適性を持っている貴方だからこそできる策、ですか? ああ、いえ、答えるべきでないのならば、お答え頂かなくても結構ですわ。けれど、もしそうそうなら、エルキディタータリエンデ王の助力が有効なのではないかと思いましたの。エルキディタータリエンデ王なら、四属性全てにおいて、貴方よりも優れた適性値を持っていらっしゃいますから。もし、それを考慮した上でもなお、貴方の策を知る人間の数を極限まで減らしたい、というのなら、この意見は無視してくださいね。もしくは、単属性だけでなく複合属性の魔法も必要だとか、そういう場合も、わたくしの意見は参考にはなりませんわね」

 エルキディタータリエンデ王は四属性全てに高い適性を持っているが、二属性を組み合わせて発動する複合魔法は扱えない。後半部分は、それを考慮した発言だろう。

 そんな緑の王の指摘に、赤の王は苦笑した。

「ご指摘感謝する。が、実は俺はもう全適じゃなくなっちまったんだ。王獣との契約時に、どうも水霊に嫌われたようでな。すっかり拗ねちまって、まるで言うことを聞いてくれない。風霊や地霊からも少しばかり距離を置かれてるみたいだし、多分、今の俺の魔法適性は、歴代の赤の王とあまり変わらない。火霊適性が格段に向上した分、バランスが取れるようになってるのかもな」

「そりゃあ、なんとも勿体ない話だなぁ。お前さんのその、複合魔法も含めた全魔法を扱えるってぇ特性は、なかなか有用なものだと思っとったんだが」

 残念がる橙の王に、赤の王は、いや、と返す。

「全部使える分、どれもこれも中途半端で、決定力には些か欠ける有様だったからな。今みたいに一つに振り切っている方が有用だと俺は思う。ま、宰相としてはオールラウンダーな方が良かったのかもしれねぇけど」

 そう言って笑った赤の王に、萌木の王がぽつりと言う。

「王獣との契約が発端とは言え、王になった途端にそこまでの仕様変更がされるなんて、聞いたことがないな。普通は、主体となる魔法属性の適性が大幅に向上するだけで、それ以外の適性は特に変わらないものだけれど」

「俺もそういう例は知らねぇが、事実としてそうなんだから、そういうものなんだろ。そもそも、俺みたいな適性の人間が単属性特化型の国の王になること自体、なかったのかも知れねぇし」

 単属性特化型の国の場合、普通はその属性に特化している人間が王になるものだから、と言った赤の王に、しかし萌木の王は納得がいかない様子だ。

「果たしてそれだけの問題なのかな? ……確か、君の母上は先々代の赤の王の妹だけれど、お父上は金の国の王族だったっけ。それなら全適持ちである説明がつかないことはないけれど、金は全属性に適応がある王族が多い代わりに、適性値は著しく低いお国柄だ。なのに君の適性値はどれも高い。勿論エルキディタータリエンデ王ほどではないけれど、それでも高いと言って過言ではないだろう。例えば、火霊適性が高く、その他の属性も高くはないが適性がある、とかならとても自然だけれど、君は四属性全てへの適性が同程度に高かったよね?」

 そこで言葉を切った萌木の王が、首を傾げた。

「……まるで、誰かを補佐するために生まれたみたいだ」

 萌木の王の呟きに、場に沈黙が訪れる。

 数度瞬いた赤の王は、まさか、と笑った。

「考えすぎだろ」

「本当に? 君のそれは、その役目を終えたから、あるべき状態に戻ったのではなく?」

「…………仮にそれが事実だったとして、今関係があることなのか?」

 赤の王の問いに、萌木の王は目を伏せた。

「……そうだね。きっと、そこまで関係がある話ではないんだろう。無駄なことで時間を取らせてしまった。すまないね」

 素直に謝罪した彼に、赤の王も、いや、と返す。

 萌木の王が言わんとしていることは、赤の王にも理解できた。もし彼の仮定が事実なのだとしたら、神の干渉は現在円卓が想定しているよりももっと前からあったことになる。だが、それが判ったところで、帝国を攻めるに当たって関係がある話ではない。そして何より、萌木の王の想定が事実だった場合、円卓は既に重要なキーを失っていることになる。

(いや、確実に失われた訳じゃねぇ。まだ、失ってはいない)

 胸の内でそう呟いた赤の王が、そっと目を閉じる。もしもあらかじめ示された道筋だったのだとしても、今ここに立っているのは、自分自身の意思なのだ。

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