第8話 は、破廉恥です…っ‼︎

 様々な思考が何度も優香の頭の中を巡った。

(そこの女の子が幽霊?そっかー、そういうこともあるのかぁ。それとも、そういうキャラ設定?もしかしてユキくんは今宇宙人に洗脳されてるとか⁉︎それとも何か弱みを握られているとか…⁉︎)

 こうして、彼女が最後に絞り出した答えは——


「…えーっと、何かのドッキリなのかな?」


 時間をかけて悩んだ割には、大したことのないものであり、幸仁はあからさまに落胆した。緊迫した雰囲気も、彼女の言葉で一瞬にして過ぎ去ってしまった。


「山田さんがここに来るなんて分かってなかったのに、わざわざそんなドッキリを仕掛けられるわけないじゃないですか…。彼女は本当に幽霊で、ずっと前からここに居たらしいんですよ…」

「ふぅ〜ん、そうなんだぁ」


 優香は、幸仁の隣で申し訳なさそうに座る雪音を一瞥いちべつする。うつむいたまま視線を左右に泳がせる雪音だが、優香の視線に気が付き、さっと顔を逸らす。

(ま、別にどっちでも良いんだけどね…)

 何かを察した優香は、あまり深くは触れないことにした。しかし、その対応を不満に感じた幸仁は、『信じてませんよね…?』と問いかける。


「いやいや、ユキくんがそこまで言うのなら信じるよ。それに、幽霊である雪音ちゃんが怖いのなら、本当に一緒に寝てあげても良いけど⁇」

「——だ…っ!だめですよ!年頃の男女が一緒に寝るだなんて、は、破廉恥ですっ…‼︎」

「冗談だって〜。でも雪音ちゃんは、毎日ユキくんと一緒にここで過ごしてるんでしょ?それは破廉恥じゃないのかなぁ?」

「わ、わわわっ、私は幸仁くんが一緒に居てくれるだけで幸せなので!破廉恥なことはまだ別にしなくても良いと思っていて…!って、何言ってるんだろ私…っ!」

「山田さん、雪音を揶揄うのはまた今度にしてやってください!」


 幸仁が間に入り、そのまま爆発してしまうのではないのかと心配してしまう程に顔を赤く染めた雪音を庇った。しかし、そんな彼も先程の彼女の台詞に照れているようで、その頬には紅の色が差していた。

 『初々しいなぁ』と優香はくすくすと笑うが、その反応は不本意だったのか、幸仁は彼女に向けて何か不満げな表情を見せた。

 いつまでも熱いままの頬を押さえている雪音だったが、どこからか鳴り出した可愛らしい腹の音のお陰で、羞恥心などはどこかへ行ってしまった。

 その代わり、今度は優香が頬を赤く染めて腹に手を添えていた。


「あはは…。ごめんね、邪魔しちゃって。私はそろそろ帰るね。それじゃあユキくん、また明日ね」


 そう言って立ち上がり、部屋から出て行こうとする彼女を雪音が止めた。


「あの…っ!良ければ一緒にご飯食べませんか?幸仁くんがお世話になったらしいですし…」

「ほ〜う?それなら、ありがたく頂こうかな。ユキくんとのスキンシップの時間がちょうど欲しかったからねぇ〜」


 二人とも何故か、という部分を強調して会話をし出したと思えば、すぐに睨み合いを始めていた。しばらくして『ふんっ!』と顔を逸らす二人だが、そんな光景を目の当たりにしていた幸仁は、突然の出来事に困惑し、小さなため息を漏らした。



 食事を終え、手分けして食器を片付け終えた三人は、特に何もせずのんびりと過ごしていた。

 そこで、ふと何かを思い出したかのように優香が口を開ける。


「——本当に申し訳ないんだけどさ、お風呂貸してくれないかな…?私の部屋の壊れてて、お湯が出なくなっちゃったんだよぉ…」


 手を顔の前で重ねて頭を下げる。そんな彼女に同情した雪音は、特に断る理由も無かった為、それを受け入れることにした。


「それは大変ですね。是非入って行ってください」

「ありがとう雪音ちゃん〜。それじゃあさ、一緒に入らない?」

「ふぇっ…⁉︎私と山田さんが一緒に入るんですか⁉︎」

「そういえば、雪音は幽霊なのに風呂に入る必要あるのか?」

「あのねぇ…女の子ってのは、いつまで経ってもそういうのは気にするものなのよ。ユキくんはまだまだ乙女心が分かってないねぇ」

「そうなんですか……」

「てなわけで、早速レッツゴー‼︎」

「へっ…えっ…⁉︎」


 優香は、有無を言わせず雪音を引っ張って連れて行ってしまった。全ての部屋が同じ間取りである為に、彼女は風呂場の場所も当然把握しているようだ。

 リビングに一人取り残された幸仁は、ただただ時計の針を眺めた。

(もしかして俺って…かなり早めに大学生デビューに成功したリア充ってやつなのか…?)

 勘違いも甚だしい。自分でそんなことを考えて恥ずかしくなった彼は、そんな気持ちを誤魔化すかのようにスマホを開いた。

(暇だし美幸みゆきにメッセージでも送るか…)

 慣れた手つきでメッセージを入力し始める。


幸仁:『元気にしてるか?こっちは結構良い所だぞ。バイト先の人たちも優しくて安心した』

美幸:『うるさい、死ね。みゆきのこと置いて行ったお兄ちゃんなんて嫌い。もう二度とメッセージ送ってこないで』

幸仁:『分かった。もう送らないようにする。顔を合わせるのも嫌だろうから、実家には帰れないって母さんたちにも言っておいてほしい』

美幸:『え?』

美幸:『本気で言ってるの?』

幸仁:『うん』

美幸:『ごめん、お兄ちゃんがいなくて寂しかっただけなの。ごめんなさい。毎週休日には帰ってきて欲しいし、毎日電話してほしい』


「いや…毎週帰るのは無理だし、毎日電話する必要も無いだろ…」


幸仁:『考えとく。じゃ、おやすみ』

美幸:『おやすみー!!!』


「——そうだ、この前忘れてたし、父さんにも電話しとこ」


 一方、優香に無理やり風呂に連れて来られた雪音は、とてつもない視線を感じながらボディタオルで身体を擦っていた。

 そんな視線に気まずさを覚えながら、泡で身体を包むが、彼女は彼女で、湯船に浮かぶ優香の豊満な胸に気が散ってしまっていた。

 優香は、湯船で温まりながらそんな雪音の身体を舐め回すように眺めた。

 同性でも心が惹かれてしまう程に綺麗に描かれた胸の曲線と、引き締まった腰。健康的で柔らかな肉を付けつつも細く伸びた脚。まるで絵画のようなその美しい姿に釘付けであった。


「…あまり見ないでください、流石に恥ずかしいですよ」

「いやぁ、綺麗だなぁって思ってさ。今年から森ノ音大学に通うんでしょ?こりゃあモテモテだねぇ」

「いえ、私なんて地味ですし、大学でも友達が出来るかどうか…」

「ふぅん…幽霊なのに大学通うんだ〜。時代だねぇ」

「あっ…!これはその…!ミスと言うかなんと言うか…っ!」

「良いよ、隠さなくて。そうだろうなぁって思ってたし。というか、気付かないのは多分ユキくんだけだと思うよ?」

「そうですか…」


 全ての泡を流し終えた雪音は、小さく『失礼します』と呟きながら湯船に入った。向かい合って湯船に浸かることへの羞恥心はあったものの、彼女の中では、自分が幽霊ではないとバレてしまったことへの心配の方が勝っていた。


「それで、どうしてユキくんには隠してるの?」

「じ、実は——」


 雪音はその言葉に少しの戸惑いを見せながらも、全て正直に話すことにした。

 手違いで幸仁と同じ部屋に入居することになり、どちらも部屋を出て行かずに済むように咄嗟に嘘をついたこと。そして、その嘘が幸仁に知られて疎まれてしまうのではないか、という恐怖を抱いていること。さらに、現在の生活に幸福を覚えてしまっている、ということを。

 全てを話し終えた彼女の瞳は、涙で濡れていた。


「そっか…大変だったね。雪音ちゃんはユキくんのことが好きなの?」

「……っ、それは、分かりません。ただ、一緒に居るのが楽しいと感じるだけで…。私は幼い頃から一人きりで過ごす時間が多かったので、初めて誰かと過ごすことが幸せなんだって感じました。その相手が幸仁くんだったってだけで…。それにまだ出会ったばかりですし…」

「好きじゃないならさ、私がユキくんのこと貰っても良い?」


 その言葉が、雪音の胸に深く刺さる。ゆっくりと顔を上げた彼女の表情は、驚愕だけでなく、絶望や哀しみで満ちていた。

 予想していた以上の反応に優香は息を詰まらせるが、金縛りにかかったかのように硬直する口を無理やり開けて言葉を紡いだ。


「…じょ、冗談だよっ。そんな顔するってことはさ、好きってことなんじゃない?理屈とか一緒に過ごした日数とかよりも、気持ちが大切なんだと思うしさ」


 そっと胸の中に抱き寄せた雪音の小さな頭は、まるで怯える子犬のように小刻みに震えていた。

(あ〜あ、女の子にこんな表情かおさせるなんて、ユキくんも隅に置けないなぁ…)

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