ドワーフの髭を撫で勇者の顔を踏むエルフの恋
うびぞお
第1話
「ねえ、髭、剃らないの?」
「剃らねえ」
「剃った方が可愛いと思う」
「剃らねえよ」
「どうしもてダメ?」
「……お前の耳が小さく丸くなったら考えてやる」
そう言って、わたしの愛しい彼女は、わたしの耳に口づけた。
髭が耳をくすぐって、ぞくぞくっとしてたまらない気持ちになる。
次の瞬間、彼女の双斧がわたしの背後に迫っていたゴブリンの首を肩ごとはね飛ばし、わたしの放った矢が彼女の後ろにいたゴブリンの腹を射抜いた。
「おい、お前らよぉ、いちゃつくならゴブリン倒してからにしろよなぁ!!」
無粋な小僧勇者が長剣でゴブリンをほふりながら叫んだ。
そう、ここはゴブリンの巣。
わたしは、勇者と旅を共にするエルフ。
そして、わたしの愛しい彼女は戦士の
ドワーフ
種族が違う。でも、好きなの。恋をしてしまったの。
「そこの悪趣味エルフ!弓射つかバフかけるか、なんか働けよ!!」
ああ、勇者の小僧が煩いったらない。
たかだか20年かそこらしか生きていないくせに、威張って
「…んじゃないわよ!!!」
わたしの弓が矢を放ち、勇者の頬をちょっぴり、そう、ほんのちょっぴりかすって、その後ろから襲いかかっていたゴブリンを2匹ほど串刺した。げひゅいいいとかなんとか吠えながら、ゴブリンが地面に崩れ落ちた。
ついでに小僧勇者がいってえええとか言って頬を押さえてるけど、知ーらなーい。
小僧勇者が喚いているうちに、わたしの愛しいドワーフはどんどん双斧でゴブリンを粉砕して、前に進んでいく。
遅れを取らないよう、その小さくて広い背中をわたしは跳ねながら追っていく。最初の一歩は小僧勇者の顔の上だったような気がするけれど、うふふ。
「おれの魔法は必要にゃいにゃ」
魔法使いは女装した猫の獣人の男性。
「私の治癒術も必要ないですね」
僧侶はヒューマンの男。まだ60なのに老人。随分老け込んでいる。
これまでのところ、ドワーフの戦士が強すぎて彼ら後衛の出番はほとんどない。
ドワーフがわざと取りこぼしてくれた魔物を小僧勇者がちまちま倒してレベル上げ。
そんな旅。
小僧勇者が魔大陸に棲み付いている魔王に辿り着くまで、あとどんだけかかりやがるか知らないが。
その分、わたしは彼女と一緒にいられるのだから、何年何十年かかっても構やしない。
ていうか、だから成長すんなよ、小僧。
わたしは、ずっと彼女の背中を守るのだから。
小僧勇者が魔王を退治しにいくので助けてやれと妖精王様に命じられて仕方なく勇者パーティーに加わったのはおおよそ100日ほど前。
王妃様付きの近衛隊長筆頭候補だったこのわたしに、ヒューマンのオスガキの手伝いだと。
それはもう憤怒しかなかったわ。
小僧勇者のレベル上げに付き合いながら、魔王城のある魔大陸を目指すわたしたちパーティー。
この小僧勇者しか、魔王を倒せる勇者の剣が振れないってんだから腹ただしい。
小僧勇者に付き合うのにイライラし出すまで3日もかからなかった。
レベル上げも何も剣の持ち方から勉強させなければならないなんて聞いてない。
せめて旅に出られるレベルに上げてから、パーティーメンバー集めろよなって思うじゃん!
お付きの騎士団長様が小僧勇者に手取り足取り腰回しで教えてるのを、わたしらはぼへーっと見てるしかない状態で旅が始まった。
この騎士団と冒険の旅
とぶーぶー文句を言えば、勇者と共に、この大陸に生きるヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人の代表が集まって旅立たなければならないっつーしきたりがあるとかなんとか。
ああ、妖精王様もそんなことをおっしゃってたっけ。
お前が我が種族の代表とか言われて、ぽわーっとなったわたしがバカだった。
ただの貧乏くじやんか
そんなふうに不貞腐れていたわたし。
ちょうどそこへ、石兎の小さな群れが現れた。わたしは投擲のスキルを持っているから、八つ当たりを兼ねて、ひょいっとナイフを投げた。
雑に投げたのが悪かった。
ガツンっといい音がして、石兎が割れたのはいいけれど、ナイフの刃が欠けてしまったのだ。
小僧勇者は、えいえいって石兎を剣でなぐってるけど、ガチガチと音を出してるだけの有り様。
まあ、ナイフを欠けさせてるわたしも人のこたあ言えない。
「石兎は、後ろ足と尾の間を裂く」
声がして、双斧によって石兎がきれいに上半身と下半身とでパッカーンと割れた。
え、なに、その可愛い声
同じパーティーにドワーフがいるのは知っていた。
地下の洞穴に巣くうドワーフと、森の中で優雅に暮らすわたしたちエルフは相性が悪い、とわたしは聞かされて育った。
パーティーにいるドワーフの代表は、いつも双斧を抱えて黙って隅に座ってるだけで、パーティーの誰とも関わらなかったし、わたしも近寄ろうとは思わなかった。
小僧勇者よりも頭一つ小さくて、横幅は五割増し。太くて短い手足。兜と鎧の間からはみ出た赤毛と同じ色の髭。
おっさんやんって、思うやんか。
なのに、その声。
まるでどっかの美少女アニメの声優か、ってメタっちゃうくらい可愛い声だった。
びっくりしていると、ドワーフがわたしのナイフを拾ってくれた。
「エルフの業物か?いい造りじゃねえか。雑に扱うのは勿体ねぇな」
ああん、何よ、その声。
「おい、エルフ、このナイフの刃こぼれ、私に直させてくれねぇかい?」
「おい」
「おい、エルフ」
は!やばい、聞き惚れてしまった。
「大丈夫なのか、エルフ」
「ああ、大丈夫。…ええとナイフ、をどうしたいって??」
「これくれえの刃こぼれなら、少し研げば直せる。珍しい金属だから私に研がせてくれねえか」
と、そこで、初めてドワーフが顔を上げて、目が合った。
きれいな藍色の大きな瞳。赤髪の分、瞳が深く見える。
え、髭生えてるけど、え、え、美少女やん!!!
それが、わたし、エルフが恋に落ちた瞬間だった。
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