第16話 ヒントはサマリア

「ひとつ、提案をさせていただきたい」


 曇りの一つもないようなまなざしで、侯爵に向かうアース。


「言ってみなさるがよい、アース殿」


 こちらが自身の口車に乗ったからか、どこか強気に話す侯爵。


「侯爵は食には目がないとお聞きしております。中でも特に、サマリア料理がお好きだとお聞きしました」


 サマリアと言うのは、ものすごく高級なお魚の一種だ。お金持ちであろう中央貴族の侯爵様には、相応しい代物…


「いかにも。各地よりいろいろな高級サマリアを取り寄せては、専属料理人に調理をさせておる」


 …アースは侯爵に高級サマリアを賄賂わいろとしておくるつもりなんだろうか…?しかし次の瞬間アースが口にした言葉は、私の想像を絶するものだった。


「今からこのエステルが、ある地から取り寄せもので調理をいたします。それをお召し上がりいただき、それがどの地から取り寄せたものかを、当ててみて頂きたい」


「えっ!?」


「はぁ??なぜ侯爵たる私がそのような事を…」


 驚愕きょうがくの表情を浮かべる私たちに対し、冷静に言葉を続けるアース。


「先ほどおっしゃったではありませんか。きちんと皆の事を理解しているのか?と。民たちから巻き上げた税金で、贅沢ぜいたくにも高級サマリアを頬張ほおばるあなたは、それらに関してきちんと理解をされているのか。私はそれを確認したいのです。もし正確に当てられたのなら、あなたの言葉には真実味があると、私は考えます」


「…ほぅ、なるほどな。いいだろう、面白い。その提案に乗ってやろうじゃないか。それで、負けたら君らはどうする覚悟だ?」


「あなたのお考え通り、帝国のためと信じ、エステルとの関係はここまでとしましょう」


「くふふ。残念だったなぁ、エステルさん。どうやらあなたはここまでみたいだ…くふふ」


「…」


 私は冷や汗をかいていた。理由は複数ある。まずなにより、私はサマリアの調理なんてやったこともない。サマリアに関して舌が肥えているだろう侯爵をだませるような料理方法も思いつかない…そしてもし私が失敗したら、アースとのこの幸せな時間も終わってしまうばかりか、彼は下手をすれば立場を追われてしまうかもしれない…ほかならぬ私自身の手で、終わらせてしまうことになる…


「じゃあ、早く作ってくれ。私は忙しくて時間がないんでね」


 そっちから押しかけてきておいて、なんと図々しい。思わずむっとした表情の私の方をアースが優しく抱き、そのままその部屋を後にした。


「ア、アース…私サマリア料理なんて…」


 消え入るような私のその声を聴いて、アースは不思議そうな顔を浮かべる。


「エステル、サマリア料理をしろだなんて、誰も言っていないよ?」


「へ?」


 アースの言葉に、思わず変な声が出てしまう。確かにさっき侯爵と、そんな話をしていたと思うんだけど…

 しかしそんな私には構わず、アースは言葉を続ける。


「エステル、君にやってもらいたいことがある。難しいのは承知の上だけれど、君のその料理技術なら、実現してくれると僕は確信してる」


 アースのその真剣なまなざしに、私も深呼吸をして心を整え、その内容を問いかける。


「…うん、私にできることなら…私は、何をしたらいい?」


 アースのアイディアは、衝撃的なものであった。

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