第24-2話 限界
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はじめてハエの魔獣が見せた素早い動き。ブンブンと強烈な羽音を響かせながら、地面スレスレを飛ぶ。目標に気付かれにくい死角を突こうとする意図が見えていた。狙いはもちろん、隙を見せた三船たちだ。
魔獣が口を開き、全身のしわが伸び始める。
しかし、その動きを優もシアも見逃していない。
まずは優が少し無理をして〈魔弾〉を魔獣の死角と思われる背中側に作り、タイミングを見て下方向へ撃つ。やはり避けない。命中した弾の衝撃を受け、魔獣が地面に落ちて滑った。
むき出しの複眼が下側にあったこともあって、複眼がぬかるんだ泥の下にあった地面とこすれる。痛みがあるのか、魔獣は黒板を引っ搔いたような奇怪な叫び声をあげた。
黒っぽい血の跡を残しながら地面を滑った魔獣は三船たちの足先で止まる。
「ひっ……」
木野が無残な姿で転がる魔獣に短く悲鳴を上げる。体は3分の1ほどがすり減っている。羽の動きも、四方八方を向いていた節足も動きは緩慢。十分な隙。
「――〈魔弾〉」
慎重に狙いを定めたシアの〈魔弾〉が魔獣に命中した。
魔獣が黒い砂になり始め、絶命したことを確認して、優とシアは一息つく。
「……うまくいきましたね」
「はいっ! 今回はきちんと、敵の動きを追えました」
反省点と今後の課題を確認する。今の戦闘の緊張感は、これまでの小さな魔獣とは比べ物にならないほどのものだった。
それでも自分の役割をきちんと把握し、連携できたのだ。だからかもしれない。
「俺が〈魔弾〉で倒せたら良かったんですが……」
「私こそ、もう少し〈魔弾〉の精度を上げる必要があるみたいです。そうすれば、優さんの負担も減らすことが出来ますから」
高揚感はあるものの、2人は逆に冷静になってしまっていた。
「あの……」
当然のように魔獣を倒して見せた優とシアに、三船が恐る恐るといった様子で話しかける。
「……助けていただいて、ありがとうございました。シア様、と、神代優」
「シアさんも、神代くんも、ありがとう!」
三船美鈴と木野みどりがお礼を言う。三船はシアよりさらに少し高い背丈、眼鏡に切り揃えられた前髪と、真面目そうな雰囲気。木野の方は天と同じか少し高いぐらいの身長で、話し方も含めてはつらつとした印象を、それぞれ優は受けた。
彼女たちは魔力至上主義の首里朱音と行動を共にしていた。優は自分が話すよりもシアが話す方がうまくいくだろうと、会話をシアに任せる。優もそうだが、同性の方が何かと話しやすいだろう。代わりに、〈探査〉を使用して周囲を探ることにした。
シアが三船と木野に状況を確認している。
「えっと……お2人は朱里さんのセルの方、ですよね?」
「はい。ですが、はぐれてしまって。朱音様でしたらきっと、お1人でも大丈夫だと思うのですが」
「でも、だったら〈探査〉でわかるんじゃない? って話してたら魔獣が来ちゃって……」
首里朱音は魔力持ち。〈探査〉をしてもされても、所在がわかりやすい。そう、木野は言いたいようだ。
彼女の考えに、シアは多分ですけど、と前置きをした後、
「朱里さんや私たちが使う魔法は他の人の魔法を阻害しやすいんです。それを配慮しているのかと」
と、朱里が魔法を使わない理由を推測していた。
優もそれと同意見。優の独断であれば、天ならそのあたりもうまく調整して〈探査〉できそうなものだが、そうしていない理由があると思いたかった。天や春樹が死んでいるという最悪の可能性を今、考える必要はない。だから今は2人の生存を信じて、行動すべきだろう。
〈探査〉をしながら、優は2人の安否も探っていた。
「〈探査〉、終わりました。40mほどですが、俺が見た限り、3時、5時、8時方向に小さい魔獣が3体だけ、2時方向に人が2人いました。魔力から見て、天や朱里さんではなさそうです」
タイミングを見て、優が周囲の状況をシアたちに知らせる。今いる場所と内地とを直線で結んだ西に向かう線が12時。
また、優にはもう1つ伝えなければならないことがあった。
「――それと、すみません。今の〈探査〉で俺の魔力がそろそろ危ないので、この後はシアさんに探索を任せます」
シアと合流する時と、その後。度重なる〈探査〉に加え、先ほど使用した〈魔弾〉でそろそろ魔力が危ない。それは、なんとなく感じる体の重さでわかる。不測の事態に備えて〈身体強化〉を維持しなければならない以上、次回以降はシアに任せたいと優は思っていた。
自らの限界を口にする行為。優としては決して気が進まない。しかし、ここで見栄を張ってもシアを含めここにいる全員を危険にさらすことになる。格好悪いが、決して恥ずべき行為ではないだろうと、優は割り切ることにした。
「わかりました。私の〈探査〉はなるべく慎重に、ですね。他の皆さんに迷惑がかかるかもですし」
シアが了解の意を示し、今後の方針を決めようという時。
「えっと、じゃあ私がするよ。まだ魔力、余裕あるし」
音を上げた優の代わりに探索を買って出たのは木野だった。
それはつまり、優たちと行動を共にするということでもある。道中の魔獣は無視しない方針であるため、彼女たちの危険も増すことになる。加えて、
「――大丈夫なんですか? さっきも言った通り俺は無色です」
首里朱音と一緒にいたときは、そのことをかなり警戒していたように見えた三船と木野。優にはそのあたりのことを確認する必要があった。
シアも三船たちの答えに注目している。一度顔を見合わせた2人だったが、
「はい。先ほどは、失礼しました。少なくとも神代優。あなたは、信頼しても良いかと」
「私もごめんね。助けてもらって警戒するとか、そんな恩知らずにはなりたくないよ」
三船と木野。それぞれが非礼を詫び、深々と頭を下げる。そして、内地までの道のりを共にすると言ってくれた。
無色のマナを警戒するのは当然。優もそのことを分かっているからこそ、水に流すことにした。
「いえ。じゃあ、少しの間、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
「よろしくね!」
信頼は行動で勝ち取るものだと改めて実感することになった優。今回は、三船たちを助けられたからこそ、彼女たちの信頼を勝ち取ることが出来た。しかしそれは、優だけでは成しえなかったこと。
「ふふ、良かったですね、優さん。私もうれしいです!」
そう言ってくれるシアがいるから魔獣を倒し、彼女たちの信頼を得ることが出来ている。
「シアさんのおかげですね。ありがとうございます」
「えっと、私、何かしましたか?」
困った顔も画になる目の前の天人には借りを作ってばかりで、なかなか返すことが出来ていない。果たして自分に何ができるのか、優は考える。
「み、みみ見つけけた。かみみみしろゆう」
彼にとって聞き覚えのある声が聞こえてきたのはその時だった。
優の名前を呼んで、木陰からよろよろと姿を見せたのは相原。明らかに様子がおかしい。
そもそも優が〈探査〉で調べた限り、周囲には小さい魔獣数体とセルを組んでいると思われる人が2人いただけだった。相原が2人のうちの1人だったとして、もう1人はどうしたのだろうか。
「木野さん、早速〈探査〉をお願いしてもいいですか?」
「え、うん……」
きれいに整えられた芝生にも似た若草色のマナが広がって行く。
「神代ろろろ、かかみししろゆううう」
その間、相原は壊れたラジオのように繰り返し言っては、よろよろと近づいて来る。気のせいかぐちょぐちょと。何かを咀嚼するような音も聞こえる。
「……え?」
〈探査〉をしていた木野が怪訝そうにしている。
「どうでしたか? 周囲に人は?」
「あ、えっと。人は少し遠くに何人かいるけど……目の前にいるのは魔獣で、でも多分うちの学生、だよね?」
木野がその結果を曖昧に告げた時。相原が白目をむき、言葉を発しなくなる。やがてドンッと音を立てて、首から上が落ちた。後頭部には穴が開き、暗い空洞になっている。
すぐに頭を失った体も、うつぶせに倒れる。
その背後では、口元を血でべったりと汚したハエの魔獣が今まさに変態しようとしていた。
………
●次回予告(あらすじ)
突如現れた人間のような魔獣を前にして、ついにシアは権能を使う覚悟を決める。しかしそんな彼女が一杯一杯に見えた優には、言いようのない不安が残っていた。そして始まる権能という強力な魔法の詠唱。当然、魔獣もそれを阻止しようと動く。
(読了目安/6分)
………
※優たちがいるのは第三校の東。手入れの行き届いていない、傾斜のなだらかな山です。足場も視界も、良くありません。にもかかわらず、イノシシやシカと言った野生動物たちは自由に駆けまわったりするんですよね……。
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