第5-2話 魔法

 優と春樹の作戦会議は続く。


 「次は魔獣に遭った時、だな。逃げるとして、優より魔力量が多いオレが殿しんがりでいいな?」

 「……。……。……ああ。適材適所だからな」


 これも2人でツーマンセルを組むと決めた時に話し合った作戦。

 敵わない魔獣に出会ったとき、あるいは今回のように逃げることを最初から想定しているとき。

 2人が生き残る可能性を模索するなら、春樹を後方にして逃げる方が良い。取り残された時に、魔力量が多ければより長く生き延び、救援までの時間を稼ぐことが出来るからだ。

 とても“格好良い”作戦とは言えず、優としては全く、乗り気のしない作戦。それでも特派員として、1つでも多く、命を救う方法だと言われれば、頷かざるを得なかった。


 優にとって、この作戦について話し合ったときほど、自分の魔力量を呪ったことは無い。

 かといってここで自嘲するのは“格好悪い”。であれば、そんな状況にならないよう、魔獣と魔法について学ぶ方が建設的。そう考えて、それまで以上に知識を求めることにしていた。




 きっちり5分後。いよいよ外地へ出るよう指示が出される。意気揚々、戦々恐々、あるいは平常心で高さ1.5メートルほどのコンクリートブロックで作られた境界線を乗り越えていく学生たち。


 ふと、優が見上げた先。朝から立ち込めていた雲は黒く分厚くなっている。山の天気は、というほどの標高ではないが、梅雨も近い。

 雨は不測の事態を誘発する要因にもなる。命あっての物種。特派員になるという目標は見失ってはいけない。


 「春樹。天気が悪くなってきた。雨が降り出したら、今回は遠くに行かず、境界線付近に残ろう」

 「賛成だ。慣れてないのに、無理をする必要はないしな」


 内地側の人が半数程度になったところで、優と春樹も境界線を越えることにした。




 西――学校側の山の斜面はかなり急な下りになっているが、今いる外地側のそれはかなり緩やかなもの。滑落の心配などは無さそうだと優は胸をなでおろす。

 山頂にある第三校。コンクリートブロックを超えた先にあるのはうっそうとした森。

 もうそこは外地。

 魔獣も魔法もなんでもありの場所だ。


 先ほどまで運動場から優が見ていた森と、境界線を越えた今、見ている森に違いはない。内地と外地の違いは、人が多いか、魔獣が多いかでしかない。


 それでも。

 いざ外地に降り立つと命綱を外されたような恐怖感が湧き上がってくる。この恐怖感の中で、正常に判断し、魔法の使用や戦術の構築を行なえるようにならなくてはいけなかった。


 「まずは――」


 周囲の様子を見よう。

 事前の作戦通り、そう、隣にいる春樹に声をかけようとした優を含めた学生たちを、突如、強烈なマナの波動が襲った。


 例えるなら、体の中を波が駆け抜けていくような、心地の悪さ。その正体は、近くで使用された〈探査〉だった。

 小学校で習う、基本的な魔法の1つでもある。そのため、ここにいる全員、授業でその感覚を何度も体験したことがある。

 とはいえ、


 「これは……かなり強力な〈探査〉だな。……ザスタか」


 少しふらついている春樹が言うように、今回使われた〈探査〉では大量かつ高密度のマナが至近距離で拡散されたようだ。

 春樹が見ている方を見て、ようやく優はザスタという天人を遠目に確認することが出来た。

 全体的に黒っぽい男子学生。そんな些細な印象を抱く程度の距離だったが。


 ザスタを中心として、高さは10mほどあるだろう赤黒いマナの光がリング状に、はるか遠くまで広がって行っている。優の目測では、確実に100m以上は調べたように見えた。


 通常であれば〈探査〉を使用された際に他者が感じる違和感はせいぜい、波に揺られた程度のもの。

 しかし、今回は荒波に揉まれたような気持ち悪さを覚える。

 何人かの学生は三半規管をやられ、座り込んでしまった。


 「もはや攻撃だな……。外地で初めてのダメージが、まさか味方から飛んでくるとは」


 優はこれまで折悪く、同学年に天人達がいたことが無い。

 したがってザスタの〈探査〉は、彼が初めて目にした天人の使う魔法。規模も威力も、優の知っているそれとは全く違ったものだ。

 とはいえ、やることは変わらない。〈探査〉を使用したザスタの反応から、周囲の魔獣を知る。

 もし魔獣がいれば、明らかに異常な反応が帰って来ているはずだ。優が授業で用意された小さな魔獣を〈探査〉したときは、人や動物とは違った禍々しさのようなものを感じた。


 「魔獣は居ない。とりあえず、行けるとこまで行く」


 そうした思惑を知ってか知らずか、ザスタはセルのメンバーとともに、森に入っていく。進藤の告げた100m――有事の際、彼がすぐに助けに行くことが出来る距離――の限界まで進んでいくのだろう。


 彼らに続くように、その後もいくつかのセルが〈探査〉を使って周囲を探る。そして一様に、安全だと判断して森に入って行った。




 「どうする? 少なくとも安全みたいだし、魔法の練習でもするか?」


 徐々に少なくなっていく境界線付近の学生たち。

 彼ら彼女らの様子を見れば、近くに魔獣はいない。

 春樹は魔力の温存は必要ないと判断したようだ。


 マナも筋肉と同じように、使わなければその使用感が鈍くなる。

 逆に日々使っていれば流ちょうに扱うことが出来るもの。魔力も少しずつとはいえ高くなっていく。

 使用できる機会があるなら、使用すべきだった。


 「そうだな……。俺はもう少しだけ、魔法は使わずに、この辺を調べることにする。近くに人もいるしな」

 「ほいよっと。じゃあオレは、〈探査〉!」


 周囲の安全確認をして、


 「からの……〈創造〉っと」


 春樹が手元に黄緑色に光る棒を作り出す。

 体内のマナを対外に放出し、イメージする形に形成する〈創造〉。こうして作られた弾丸や武器を使うことが、魔獣を倒す基本になる。


 春樹は棒を玉に、短剣に、長剣にと変化させていく。刀、槍、さらには薙刀、シミターなど馴染みのない形も作り、近接武器は終了。続いて拳銃、猟銃、ライフル、まれに使われる弓やバリスタといった遠距離武器を。最後に物。縄を作り、網を作り、檻を作って魔法を解いた。


 「こんなもんかなっと。次は変形の速度を意識して……」


 一連の流れを先ほどより早く行なう。戦闘時はその時々で扱う武器を変える必要がある。何度も繰り返し、脳と体とマナに動きを覚えさせる。そうして、いざという時に、適切に魔法を使用できる癖をつけておくのだ。


 そうして練習する春樹の横で、優はもう少しだけ、魔法に頼らない探索活動の練習を続ける。魔力が少ない優が、誰かの役に立つ特派員になるには、こうしたこともできるようになっておく必要があった。


 2人のそれぞれの練習は、およそ10後。突如降り出した雨によって状況が――運命が動き出すまで続くのだった。


………

●次回予告(あらすじ)

 時間は少し戻って外地演習の少し前。天人の少女シアは授業中、同級生たちの好奇の目に晒されていた。どうしたものかと悩む彼女を救ったのは不思議な雰囲気持つ人間の女子学生——神代天かみしろそらだった。

(読了目安/9分)

………

※次話はいよいよ物語のヒロイン、シアと神代天の登場になります。天人とはどのような存在か、そんな説明も含まれています。

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