第18話 【運命】と【物語】

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 梅雨はもう少し先だというのに、今日も太陽は姿を見せず、運動場近くの森はどこか薄暗い。9期生全員が参加する外地演習は2回目を迎えていた。

 前回魔獣が出現したこともあって、今回は監督役の教員が3人に増員されている。許可された行動範囲は前回より50m伸びて、境界線から150mまで。

 しかし、学生のほとんどが魔獣を恐れ、前回よりも内地に近い位置で魔法の練習をしていた。


 優とシア。2人のセルは境界線から約50mの位置にいた。〈身体強化〉があれば5秒程度で内地に引き返すことが出来る距離。また、優の〈探査〉がギリギリ境界線のコンクリートブロックを捉えられる位置でもあった。


 静かな森の中。時折、遠くでカンカンと甲高い音がする。恐らく〈創造〉で創り出した武器を使って、木を切りつけたり、模擬戦をしたりしていると思われた。

 緊張感のある外地に足を踏み入れたことで、優は完全に落ち着きを取り戻していた。


 「今思えば、4人でセルを組めばよかったんですね」

 「言われてみれば、そう、ですね……」


 優の気づきに、シアが同意する。このことに天はもちろん、恐らく春樹も気付いていたはずだ。そうしなかったのには何か理由があるのだろうか。理由を考える優。

 なお、シアと組む予定だった天は春樹とセルを組んでいた。


 「えっと、優さんは私と一緒にセルを組んで大丈夫だったんですか?」


 彼が勢いで今回、自分に命をあずけることになったのではないか。難しい顔で考え込む優の姿はシアからすると、自分とセルを組んだことに何か不満があるように見える。


 「もちろんです。俺から誘っておいて、シアさんと一緒は不本意だとか。そんな罰当たりなこと、無いですよ。シアさんこそ、どうして俺と? 魔力低いですし、知っての通りマナの色も無色です」


 優がシアに質問を返す。しかし、問われたシアはその意図がわからないでいた。


 「えっと、それがどうしたんですか?」

 「……一応教えておくと、無色は犯罪色とも言われています」


 優のマナの色は無色。ほとんど透明に近い。魔法を使っても視認できず、人間相手には気づかれない。〈創造〉で創り出した武器もまた、透明になる。その性質を利用して、過去。無色のマナだった桐生京也という人物が魔法による無差別大量殺人を行なった事件があった。

 しかも、無色のマナ持ちは総じて魔力が低く、特派員をはじめとした魔法系の職業には向かない。例外的に、各国のいわゆる暗殺者と呼ばれる人々に、無色のマナ持ちが多いことは有名だった。

 そうしてついた蔑称が犯罪色や殺人色。適材適所と言えば聞こえはいいが、人を殺すことに特化した色だというのが、世間の認識だった。


 小中学校ではクラスメイトたちの警戒を解くのにまず半年、という感じだった。クラス替えして、授業で魔法を使う度に同じことの繰り返し。中学の頃には半ば諦めてもいた。やるせなさの反動で格好いいを勘違いした奇行に走るに至ったが……。

 そんな苦い思い出を、振り返っていた優に、


 「それぐらい知っています。でも、その人はその人。優さんは、優さんですよ。優さんだから、私は一緒にセルを組んでみたいと思ったんです」


 当たり前のことだと、シアは言いきる。彼女の脳裏に思い出されるのは、先週の外地演習。自身の権能が作り出したと思われる絶望的な状況を、優が変えてくれた。

 諦めて、死を選ぼうとしていたシアの手を取ってくれたあの暖かな手。しかも彼は、シアが一緒にセルを組んでみたいと思っていた天の兄だったのだ。

 これこそ、自分が数多く見てきて、密かに憧れていた運命の出会いなのかもしれない。それを確かめる機会があればいいな、と、そう思っていたのだった。


 「なるほど……?」


 しかし、優からすれば一緒にセルを組もうとしていた理由は謎のままだ。そのあたりを詳しく聞いていいものかと彼が悩んでいるうちに、


 「そろそろ〈探査〉をしておきますね。もう、外地で油断するわけにはいきませんから」


 シアが索敵を提案する。わざわざ彼女の手を止めて聞くほどのことでもないと判断して、


 「はい、お願いします」


 木々の合間を縫って白いマナの波が広がっていく様を、優は静かに見ていた。




 「こっちに人が来ます。魔力持ち……天さんでしょうか?」


 2、3回続けて〈探査〉の波を広げたシア。どうやら優とシアがいる場所を目指して、誰かが近づいてきているようだった。〈探査〉でわかるのは大まかな地形と生物なら魔力の多寡、その生死ぐらい。

 シアの魔法を見てわざわざ近づいてくる人物で心当たりがあるのは天や春樹、あるいは前回行動を共にしたジョンと幸助などか。その中で魔力持ちは天しかいない。


 「逃げる理由もないですし、休憩がてら天を待ちましょうか」


 言いながら優は木にもたれかかるように腰を下ろし、足を休める。

 シアの〈探査〉も一般人のそれより、はるか遠くまで調べることが出来る。もし魔獣が範囲外にいても、ある程度は時間の余裕があるだろう。

 それにお見舞いの時、進藤たち教員がこの外地演習の前に周囲の魔獣を間引いていると言っていたと、優は天から聞いている。前回のことをイレギュラーだと天が言っていたのもそのため。


 それでも、可能性は低いとはいえ、もしもの時のために体は休めておくに越したことはない。

 ところが、優とは対照的に、シアは立ったまま。


 「シアさんも、定期的に休憩を取った方がいいですよ」

 「……はい。でも先週のこともありますから、もう少しだけ……!」


 優が言っても、外地に来て以来、ずっと緊張感を持って行動している彼女。会話をするときも、時々優の顔を見て話す以外は必ず周囲に目を向けていた。

 良いことではあるのだろう。緊張とは集中しているということでもある。可能なら常に集中していたいところだが、えてして上手くいかない。

 だからこそ、メリハリが大事なのだと優は考えている。休むべき時に休んで、必要な時に備えておく。


 優が見るに、シアは前回の魔獣の出現が自分のせいだと責任を感じている節がある。このまま気負った状態を続けて、いざという時に正しく行動ができるとは思えなかった。

 どう言えば、彼女は休んでくれるだろうか。

誰かに何かを伝えるときは内容以上に、その伝え方が大事なのだと母親の聡美が言っていた。たとえ正しいことを言っても、伝え方次第では聞いてもらえない。それはつらいことだし、もったいないことだとも。

 考えた末に、


 「やっぱり、俺の気が休まりません。何かあった時に正しい判断をするためにも、休んでくれませんか?」


 言い方を工夫しつつも、思ったことを素直に伝えることにした。意識すべきはシアの良心に訴えること。自分のせいで。そう考えがちな彼女の気質を、悪いと思いながらも利用することにした。


 「……わかりました。じゃあ、少しだけ」


 優の思いが伝わったのか、一度静かに目を閉じたシアが緊張を解く。そして、申し訳なさそうに優の近くに腰を下ろした。


 「なんだか、悪いことをしている気分になります」


 曇り空を見上げながら、息を吐いたシア。

 先日言いそびれたことを言うなら今かと、


 「シアさんは、周りで起きること全部が自分のせいだと思ってますよね?」


 切り出してみる。


 「いえ、そこまでは……。でも、私は天人です。啓示を持っています。そこにいるだけで大きな影響を与えてしまいますから」

 「……良ければ、啓示の内容を聞いてもいいですか?」


 優の問いに少しだけ間を置いたシアだったが、笑わないでくださいね、と前置きをしつつ


 「……【運命】と【物語】。その2つだけです」

 「運命と物語……。なんだか曖昧ですね」

 「はい。私自身も、特に【物語】については分かっていないことが多いんです」


 優の曖昧だという指摘にシアは相槌を打つ。

 啓示については優もある程度知っている。その数が少ない程、影響力は大きかったはずだ。その内容があまりにも漠然としたもの。加えて、自分でも啓示の内容がわかっていないという不安。

 傲慢にも見えるシアの責任感の強さの裏にはそうしたものがあったようだ。


 「両親は天人である私を怖がらず、大切に育ててくれました。彼らに恩返しがしたくても、もう、いなくて。だから、せめて天人として。できるなら、格好良く人を助けたり、導いたりしたいと思って、特派員になろうと思ったんです……」

 「格好良く、ですか……」

 「はい。でも、優さんや天さん、それにジョンさん達にも迷惑をかけてばかりです。お恥ずかしい話なんですけど……」


 シアが先週、責任を取って死を選ぼうとしていたことを知らない優。彼から見れば、魔獣を一撃で倒して見せるその魔法も、きれいなマナの色も、前回油断したことを気に病んで、今回は必死で警戒しようと努力する様も。格好いいと思う。だから、


 「シアさんは格好いいですよ」

 「私が格好いい、ですか?」

 「はい。全てを自分のせいだと背負い込んで、それでも立ち止まらない。そして、それを解決するための努力をしようとしてるんですから」


 自分にはシアがそう見えているのだと、素直に伝える。優の目指す“格好いい”を体現している。それを誇ってほしいと、優は思う。

 天や春樹、シアが優の目指すべき“格好いい”の具体的な目標であってほしいのだ。明確な目標があるからこそ、頑張ることが出来る。シアを褒めたのはある意味で、優のわがままでもあった。


 優の言葉を受けて、驚いた表情を見せたシア。彼女が何か言おうとして、ためらったその時。


 「ようやく見つけたわ、シアさん! ついでに神代」


 どこからか声がかかる。休憩前にシアが言っていた、こちらに向かってくる魔力持ちとその仲間。天だろうと判断した2人だったが、その声は天のものではなかった。


 「間違えてザスタさんの所に行ってしまって時間がかかったけど」


 言いながら姿を見せたのは、語気や目元からもわかる、気の強そうな女子学生。

 優も彼女を知っている。知り合いというほどではなく、単なるクラスメイト。


 「神代は置いておいて、オホン! 始めまして、シアさん。わたくしは首里朱音と言います。よろしくお願いしますね!」


 天と双璧をなす9期生期待の特派員候補生――首里朱音しゅりあかねはシアに向けて優雅に挨拶したのだった。


………

●次回予告(あらすじ)

 天とセルを組むことになった春樹。彼女の兄である優との違いを実感しつつも気の置けない幼馴染として、天に接する。そんな2人の下をザスタが尋ねて来た。出会いがしら、彼は天に手にした魔剣――〈創造〉で創り出した剣――を振るうのだった。

(読了目安/11分)

………

※優とシアの共通点。互いに互いの心を少しずつ救い合う。そんな会話を感じて頂ければ幸いです。次回は瀬戸春樹の目線でを描きます。

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