第9話 薄い本……?

………

………


 霧に加えて、木の葉が雨をはじく音が響く。


 「6回目……。ラグが少しあるが、大体1分経ったな」


 春樹が前を歩く優に話しかける。天は10秒ごとに〈探査〉をしているようだ。そのマナの波の回数から、時計を見ずともおおよその経過した時間がわかるようにしてくれていた。


 「結構歩いたが、まだか?」


 進藤から言われていた距離は100m。1分も歩けば、大体そのギリギリまで来ているはず。となると、自分たちに任された道は、ある意味ハズレだったということ。助けに行く学生たちは、行き過ぎて迷子になっているのだろう。

 黄金色の矢印が示す方へ、さらに歩みを進める。


 「――」


 ふと、優の耳に何かが聞こえた気がした。女性の声だったような。


 「春樹、声が聞こえないか?」

 「……? 遭難したやつらのもんだろ?」

 「そうなんだが、そうじゃなくて……〈身体強化〉」


 優は耳、聴覚にマナを集める。慎重に行わなければ、鼓膜がダメージを受けてしまう。慎重に強化具合を調整しながら、雨音に紛れた声を探す。


 『きっと探しに――!』


 今度ははっきりと聞こえた。女性の叫ぶような声。どこか小さな建物の中にいるようで、その声は途切れ途切れ。さらに少しだけマナを耳に集中させる。

続いて、複数の男の声がした。


 『ここまで来たんだし、抵抗しても無駄だって』

 『他のやつら来るまで十分、時間あるし』

 『僕たち、天人としたかったんだ』


 助けが来ない森の中。女1人に男複数。天の〈誘導〉も小屋の方を向いている。

 中学生のころ、とある本で似たような状況を見たことがある優。どうやら、良からぬことが起きていそうだ。そう思って試しに〈探査〉をしてみれば、天人と人間あわせて反応が6つある。それ以外に生物は見当たらない。どうやら6人とも小さな小屋の中にいるようだった。

 天人は美男美女だと聞く。“そういう気”を起こしても仕方ないのかもしれない。


 「どうした、優。急に〈探査〉なんかして――」

 「春樹、良くないことが起きてるみたいだ。敵は魔獣だけじゃないってことだな」

 「それってどういう……てか、優。天が多分、戻って来いって言ってるぞ」


 春樹が優に、たった今、急に向きを変えた矢印を指しながら言う。


 「すまない、春樹。勘違いだとしても、あれを見逃すわけにはいかない。魔獣がいないこともさっき確認した」


 とはいえ、外地で、優は単独行動をするつもりはない。春樹が引くというなら、引き返さざるを得ない。


 「……ったく。それなら早く助けて引き返すぞ」

 「ああ。付き合わせて悪い」

 事は時間との勝負。ついて来てくれる幼馴染に感謝しつつ、優は春樹とともに駆け足で小屋に向かうのだった。




 すぐに目的の小屋にたどり着く。できてからかなり年月が経っていそうな木造の小屋。近くにあったものを利用したのか、小屋の周囲の木は切られており、小屋を隅に置いた半径15mほどの広場のようになっていた。むき出しの地面にはところどころ雑草が生えている。

 そして、件の小屋の入り口には『秘密基地』と書かれた手作りの札がかかっていた。


 「秘密基地、か……物は言いようだな」

 「小屋? ……何でこんなとこに」


 驚く春樹を後ろにして、警戒もそこそこに、すぐに優は扉を開ける。シアと呼ばれていた女性を助けようと踏み込んだそこには優の予想通り、酒池肉林――


 「ん?」


 ではなく、第三校の学生と思われる3人と子供たちが楽しそうにトランプに興じる光景が待っていた。


 「何、してるんだ?」


 優としては聞かざるを得ない。4.5畳ほどのその小屋には、学生3人と外国人の子供3人がいた。彼らの周りには、遊び道具と思われるボードゲームやグッズがいくつも置いてあり、まさしく秘密基地のようだった。

 まさか外地で、これほど気の抜ける光景を目にすると、優は夢にも思わなかった。驚きすぎて、初対面の人に敬語を忘れてしまったほどだ。


 「これは、えっと、ジョンさんの弟さんと、そのお友達で……」


 小屋にいる唯一の女性、シアが気まずそうに、優の問いに答える。


 「優、どうした……って、なんだ、ここ? シアさんと、子供……?」


 遅れて入ってきた春樹も驚いている。そんな2人に反応したのは、子供たちだった。


 「お前ら誰だよ! ここは俺たちの秘密基地だぞ!」

 「あ、わかった! 遊びに来たんでしょ?!」

 「こら、マイク、マットも。この人たちは、俺や幸助と同じ学校に通う特派員候補なんだぞ!」

 騒ぎだした子供2人を、色黒の学生――ジョンが抑える。

幸助と呼ばれた学生は手にしていたトランプを置き、

 「ごめんね。もしかして、探しに来てくれたの?」


 優たちに詫びる。差し当たっての危機では無いようなので、優も春樹も話を聞いてみることにした。




 「いや、俺たちここからもうちょい行った外地にあるブドウ園が実家なんだよ。だからここが地元。だからこの辺が安全っていうのも知っててさ」

 「んで、俺と弟たちの夢が神様だっていう天人と遊ぶことでさ。運よく初日の今日、シアちゃんと組めたから、今日しかないって話になって……」


 ジョンは珍しく携帯を持ち歩いていたようだ。それを使ってすぐに弟たちに連絡し、シアを騙して、ここまで連れてきたのだという。


 「それで、シアさんはどうして遊んでるんですか? 別に引き返すこともできたと思いますけど」


 なんだかドラマで見た事情聴取みたいだなと思いつつ、優はシアに聞く。


 「その、部屋に入ったらこの子達がキラキラした目をして、一緒に遊ぼう、と……」


 断り切れず、少しの間遊んだようだった。しかし、さすがに長居はできないと、帰ろうとしたときの会話が、優が先ほど聞いたものだったらしい。

 優の勘違い。恥ずかしくはあるが、何より、無事でよかったと思うことにした。

 冷静に考えると、天人であるシアならば何かされそうになったとしても、魔法で退けることが出来ただろう。優も初めての外地に緊張し、判断力が鈍っていたのだと自覚する。


 「て言うかさ。確かにここは外地だけど、学校のすぐそばに魔獣がいるわけないでしょ。先生もまさかそんなとこに学生を放り出すわけないしね」


 ジョンが肩をすくめる。確かに、それもそうかもしれないが。それはこの地域の地元民だから知っている情報で、優たちは知らない。


 「実際、俺たち今まで、魔獣に遭ったことないしな。こうやって、何回も〈探査〉する必要もないわけ」


 幸助が、幾度も通り抜ける天の〈探査〉を指して言う。

と、そこでようやく。優はなんとなく、天が先ほどよりもさらに慎重かつ丁寧に〈探査〉をしているように感じた。気のせいかもしれない。それでも、優秀かつ聡明な妹が意味もなく、その変化を込めたとは思えない。


 優は確かに、ここに来る前に安全を確認した。何らかの理由で魔獣が、それこそ天人のように“発生”でもしない限り、ここ一帯はしばらく安全なはず。

 しかし、ここには天人のシアがいる。彼ら彼女らの周りでは予想だにしないことがよく起きるとされていたはずだ。


 一応、念のため。もう一度だけ〈探査〉をしてみることにした優。

 そして、自分たちが絶望的な状況にいることに、気づいてしまうのだった。


………

●次回予告(あらすじ)

 向かってくる3体の魔獣の反応を捉えた優の〈探査〉。すぐにその場の全員に指示を出し、非力な子供たちを守ろうと動く。魔獣の攻撃を受けて崩壊した小屋。「全員で助かる」。そんな理想を掴み取るために、優はシアの手を取る。

(読了目安/9分)

………

※もちろん優には天への憧憬の念があるのですが、「兄は妹が無条件で好き」は的を得ているかもしれません。

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