spot 1
……カメラ起動。
(帽子を目深にかぶった、紫のインナーカラーの長髪の少女と、黒いショートボブで黄色の上着にジャージを穿いたイヤリングの少女が映る。まず紫の少女が帽子のつばを少し上げて口を開く)
「こんばんは。○○(伏字:動画のチャンネル名)のアズサと」
『エリカでーす』
「今日は、S県某市のとある廃パチ屋の前に来てます」
『随分雰囲気あるわね……。なにか情報あるの?』
(ショートボブの少女エリカが、腕を撫でながら後ろの景色を見つめる。アズサ、隣でスマホを見つめて言う)
「廃墟になったのは今から7年前のこと、業績が悪くなったかららしい」
『うんうん』
「でね、オーナーの人が自殺したとか、トイレで男の人が首を吊ったとか」
『うわ』
「そういうわけではないんだけど」
『え、あ、違うんだ』
「うん。なんだけど、管理人の方が言うには、声がするらしいんだ」
『声』
「うん。誰もいないんだけど、声がするんだって。せっかく近いところにそう言う場所があるなら見ない訳にはいかんということで、来たわけです」
『んーじゃあ、別に心霊スポットとかではないんだ?』
「そうそう。だから用心しつつ、ちょっと中の方を見て見ようと、そういうことです」
『はいはい』
「じゃあね、ちょっと行ってみましょう」
(ほかの心霊系の動画のごとく、カットが入り、一転荒廃した店内が映し出される。前をアズサがゆく。その後ろでエリカがカメラを持っており、アズサを撮っている)
「やっぱり台とかはないね」
(前を行くアズサ、あたりを懐中電灯で照らして言う)
『そうだね。どこかで使ってるのかな』
「どうだろ。うわっ落書き酷いな……」
『田舎だし、まだいるんだね、そういうヤンキーみたいなの』
「まあどこもこんな感じだけどさ。……あれ」
(アズサ、足を止めてこちらを見る。エリカ、立ち止まり声をひそめる)
『どした?』
「あそこ」
(アズサも声をひそめる。前方、ライトが照らす場所)
『……台?』
「うん」
(根こそぎなくなっていたパチンコ台。荒廃し、ガラスは散乱、外から風も吹き、草すら生えている店内に、たった一つ、ぽつんと)
『椅子もあるよ』
「ちょっと行ってみようか」
(慎重な足音。近づく二人。椅子の前にアズサが立つ)
「まあね、もちろん電気は通っていないので、動きはしないんだけど……」
『椅子まであるの不気味だね。なんだか……』
(何かを言いかけたエリカ、そのとき。カメラが彼女の後方を捉える)
「どうしたの?」
(アズサの問いかけ。エリカ、カメラをアズサの方に戻し、声をさらに小さくして)『今、なんか、聞こえた』
「えっ?」
(Replayの字が入りその部分がもう一度流されそうなものだが、入らない)
「誰の声?」
『わかんないけど、多分子どもの……』
「子ども……」
『気のせいかな』
「隙間風もあるけど、あの今もう深夜1時だし、外に子どもがいるっていうことはないはずだけど。しかも田舎だし」
『うん』
「あとで動画確認してみようか。……で、この台なんだけど」
『うん』
「まあさ、ここまできてさ、ねえ、何もしないわけにもね」
『まあね』
「なんで、えっと、今回は私一人でここ座って、何か起こるか見ると。カメラ預かって、エリちゃんは外で待機するっていう形で」
『OK、OK』
「はいじゃあ」
(カットが入り、「アズサ一人で調査」の文字。次の場面では、さっきまでエリカが持ち、アズサを映していたのとは違い、
「今、例の台に座ってるんですけど……。やっぱり一人だと怖い……」
(アズサ、口元に手をやって、ふぅぅうぅと息をもらしている)
「最初に言った通り、特に何かあったというわけではないんですよ。でも気味が悪くて所有者の方も近づきたくないって言うんですね。だから……」
(不自然に言葉を切るアズサ。カメラから視線を逸らし、あたりを見回す。画面上、それ以外に特に変化はない)
「気のせいかな」
(アズサ、眉を顰め声を潜める)
「今、一瞬、何か響いた気がして……」
(またも言葉を切る)
「やっぱり……! どこから」
(アズサ、少しパニックになっているらしい。椅子から立ち上がって、懐中電灯を片手にカメラの視界から消え、あたりを歩く音がする。その光が四方を照らしている)
ザッ、ザッ、ザッ……ザッザッ……ザザッ……パリンッ、ガッ
(カメラに変化はない)
ザッ、ザッ、ザッ……パリッ、ザッ……プピュッ……プピュッ……
(次の瞬間、一瞬、ノイズが入った。かと思うと、カメラが持ち上げられ、アズサが映る。声こそ上げないが、慌てたように店内を走る音が聞こえる)
暗転・カット
(一転、外で待機するエリカの視点、もう一つのカメラ)
『犬もかわいいけど猫みたいに……。ん? なんか音が』
「はぁっはあっ」
『アズちゃんどした?』
(エリカのカメラが、膝に手をおいて息をあげるアズサを捉える)
『アズちゃん?』
「確認だけど、店の中には入ってないよね?」
『もちろん。こっちでずっとカメラ回してたよこっちで。何があったん?』
「えっと、ごめん。すぅぅぅふうううう。えっとね……声、がして」
『声』
「女の子の声。なんて言ってたかはちょっとわかんないんだけど、うえぇーみたいな」
『ええ……』
(アズサのカメラの画面が起動され、二人で確認している。さきほどのアズサ一人調査の際のReplayが映し出される)
何かが響いたと言ったアズサ、再び音が聞こえたと言って立ち上がる。足音と光だ
けがカメラからは伝わってくる。
そして少しの時間が経ち、一瞬だけノイズが走ったあと、慌てたアズサが店内から
走り出て、エリカの姿を捉えた。
(イヤフォンをつけてそれを見たエリカ。顔をしかめてイヤフォンをとる)
『声は入ってない……けど』
「なに?」
『なんかさ、変な音入ってるよ』
「音? 声は?」
『このカメラには入ってない。でも……』
(カメラの音声を、耳を澄まして聞くエリカ。アズサも同じく。ある一点に動画が進んだ時、二人、ともにハッと息を呑み、顔を見合わせる)
「ほんとだ……」
『おかしいよね?」
「うん」
『でも何の音?』
「わかんないけど、私たちこんな音するもの持ってないよ」
(沈黙)
「とりあえず、行こう」
『そうだね』
(視聴者には何が変か明示されないまま暗転。無音。画面に【編集後】のテロップが浮かび、再び、アズサが映し出される)
「えー、こんばんはアズサです。エリちゃんはちょっと大学行ってるのでいないんですが、あー、えっと今、パチンコ屋の動画の方見てもらったと思うんですけど、あの後ですね、管理人の方と話しました。で、冒頭で言ったように、別にあのお店では何もないんですって、事故とか、事件とか。でも、あの店の外、駐車場で、ちょっと事故というか、事件があったらしいんです」
(テロップ)
【8年前の夏、車の中に放置された5歳の女の子が熱中症で亡くなる事件が起きた】
「親が店の中で遊んでいる間に、っていう、なんとも痛ましい話なんですけど、それで、私たちが聞いた声っていうのが、女の子の声だったんですよね」
『今、なんか、聞こえた』
「えっ?」
「誰の声?」
『わかんないけど、多分子どもの……』
「子ども……」
「えっとね……声、がして」
『声』
「女の子の声。なんて言ってたかはちょっとわかんないんだけど、うえぇーみた
いな」
『ええ……』
「その声自体は、カメラには入ってなかったんですけど、でも、一個不可解な音が入ってましたよね」
「気のせいかな。今、一瞬、何か響いた気がして……。…………やっぱ
り……! どこから」
アズサの歩く音。
ザッ、ザッ、ザッ……ザッザッ……ザザッ……パリンッ、ガッ
ザッ、ザッ、ザッ……パリッ、ザッ……プピュッ……プピュッ……
次の瞬間、ノイズが入る。
「あそこ結構ガラスの破片が多くて、その音とかも入ってるんですが、最後のピュッピュッって言う音、あの音はもしエリちゃんが店の中に入って来てたとしても無理なんですよ。もちろん私にも。で、何回もあの部分聞いてて、一つ思ったことがあって」
ザッ、ザッ、ザッ……パリッ、ザッ……プピュッ……プピュッ……
「音が鳴る靴ってあるじゃないですか。女の子とかが履くやつ。小さい頃、私も履いてましたけど、あの音にすごく似てる気がするんです」
ザッ……プピュッ……プピュッ……
【確実に二歩。あるいは、カメラに近づいてきている?】
「何かが見えたとか、そう言うわけではないんですが、「無念さ」というものを強く感じました」
(アズサのその言葉を最後にカメラが切られ、テロップが画面に浮かぶ)
【少女はまだそこにいるのだろうか】
【親が逮捕されたとて、その無念はなくなるものではない】
【では、何によって……?】
【私たちの聞いた声は、そんな運命を背負った少女の、救いを求める叫びだったのかもしれない】
↺(もう一度見る)
(ここでこの動画は終わっている。何かが映ったわけではないが、やけにリアルで、、視聴数やチャンネル登録者数も跳ね上がった動画だったのだが……)
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※この物語はフィクションです。無許可で廃墟などに立ち入ることは辞めましょう。また、この話は文字起こし風の展開になっていますが、元ネタがあるわけではありません。
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