2022/2/14特別エピソード IFバレンタイン No.3,No.4

前回の続きです。

―――――――――

IF火宮ひのみや四姫しきの場合


 意識が浮上する。

 しかし、いつもとは違い、アラームの音が聞こえないことに疑問を感じる。

 早く起きられたのだろうか? と思いながら、スマホの画面を見る。


「…んあ……あ、あああぁぁ!」


 悲鳴を上げながら布団を跳ね飛ばし、ベッドから飛び起きる。

 表示されていた時刻は完全に遅刻だった。

 野球部の朝練もあったのに……と絶望していると、昨日の記憶が蘇ってくる。


『明日は学校が休みだな。というわけで、野球部の練習も明日は休みとする』


 コーチがよく分からないことを言い出して、休みになったんだった。

 よかった……と一安心して、再び安眠を貪ろうとするが、目を閉じても一向に眠気が来ない。

 数分ほどその状態で諦めきれずに待ってみたが、目が冴えて仕方がない。

 俺はマジか……と落ち込みながらベッドから起き上がる。

 そして、着替えてから朝ご飯を食べようと階段を降りる。

 リビングに入ると、四姫が挨拶してきた。


「おはよう」

「…おはよう……ん?」


 寝起きだからか十分に回転していない頭で反射的に返してしまった。


「あれ? 今日って、四姫が来る日だっけ?」

「違うわよ。私が家のキッチンを使ったらどうなのって誘ったの」


 母さんが口を挟んでくるが、俺の疑問は解消されないままだ。


「料理でもするの? まあ、四姫のことだから美味しいだろうし、期待しておく」

「あんまり期待されても困るんだけど……頑張る!」


 パンにベーコンと卵を載せてオーブンで焼いただけという簡単な朝食を食べてから、リビングで録画してあった番組でも見ようかとソファに腰を下ろす……前に母さんに声を掛けられる。


「零夜、今日は友達の家にでも遊びに行ってきなさい」

「えっ…特に友達と遊ぶ予定ないんだけど……」

「いいから!」


 中腰の態勢のまま、弱めの反論をするが、母さんに勝てるわけもなくリビングから追い出されてしまった。


「なんだよ……まったく……」


 ぶつくさ愚痴を言いながら、二階に戻ってコートとスマホと財布を持って家を出る。

 とはいえ、特に何かすることもないので悩んでしまう。

 まだまだ寒い風が吹きつけてきて、ポケットに手を入れフードを被ってどこか温まれる店にでも入ろうと考えるが、この近くにレストランなどはない。

 どうするかと考えながら、とりあえず近くのコンビニへと歩を進めていると、ポケットのスマホがピコンと鳴った。

 野球部のRINEにメッセージが来ている。


 中村

 暇なんで誰か遊びませんか?


 と殆ど同時に、他の部員からも暇という内容のメッセージが送られてきた。

 すると、中村の家で遊ぼうという話になったので、俺も参加を表明して、コンビニへ向けていた足を方向転換する。

 

 インターホンを鳴らすと、はいは~いと声がして扉が開けられる。

 玄関には靴が乱雑に並べられている。

 靴の数を見るに、俺が最後のようだ。

 中村の案内に沿って二階の一番奥の部屋に入る。

 中は結構広めだったが、流石に五人もいれば狭く感じる。

 地面に座り込んでいる人達を踏まないように注意しながら、本棚の前に座り込む。

 中村はテレビゲームをしている二人に合流して、三人でテレビの前を陣取っているので、俺は適当に本棚の本をとって読んだり、プレイ画面を見たりする。

 ベッドで本を読んでいる奴は漫画を積み上げて、一気読みしているみたいだが。


 しばらく時間が経った後、誰かがぽつりとつぶやく。


「今頃、みんなはあれ貰ってるのかなあ……」

「貰ってるだろうな……」


 さっきまでの楽しそうな雰囲気とは一転して、ずんと影が差したように場の空気が暗くなる。


「くー! 俺も欲しいぃぃ!」


 ゲームをしていたうちの一人が後ろに倒れこみ、手足をじたばたさせる。

 他の部員はその行動を呆れたように見つつも、その言葉には同意できるのかうんうんと頷いていた。

 そんな中、俺だけが疑問符を浮かべている。

 

「今日って、何か記念日か何かだっけ?」

「は? 煽ってんの?」

「ちょ、先輩! 落ち着いて下さい!」

「まあ、記念日ではないわな。非モテには無縁だし」

「彼女でもいなけりゃ、チョコ貰う機会なんてないしな」


「あれ? でも、先輩って彼女いませんでしたっけ?」


 中村が俺の方を向き、聞いてくる。


「いるけど、それがどうかした?」


 俺が疑問に対する返答を口に出した瞬間、部屋の中の空気がぴりついた。

 中村は空気の変化に戸惑う。俺もいきなり敵愾心を向けられ、おろおろとするしか出来ない。


「……神崎、お前何でここにいるんだ?」

「てめえはマネと付き合ってんだろ」

「リア充が暇してんじゃねえ!」


 地獄の底から出ているのかと思うほどの恐ろしい声で、吐き捨ててくる。

 中村は先輩たちの恐ろしい姿に完全に腰が引けてしまっているし、俺もここまでキレているのは初めて見る。

 今日はバレンタインだったのか……とようやく気付く。


「じゃあ、今日四姫が家に来てたのって……」

「くっそ絶対手作りチョコじゃねえか!」

「マジで何でこんな奴が……!」

「澄ました顔がムカつく!」

「えっ先輩って、火宮先輩と付き合ってたんですか!?」

 ……

 ………

 …………


「「「リア充爆発しろ!!!!」」」

「また来てくださいね」


 野郎どもの立てられた中指と、中村に見送られて家路につく。


 そういえば、付き合ったのって去年だからバレンタイン初めてか……と期待が膨らむ。

 家までの帰り道、スキップで帰ってしまうぐらいだ。

 散歩しているご老人やら、子連れのお母さんやらがそそくさと俺から離れるように通り過ぎていくのも気にならないぐらい楽しみが勝っている。


 家に着くと、ふうと深呼吸をして落ち着いてからインターホンを鳴らす。


『は~い! あっ零夜君!? ちょ、ちょっと待ってね!』


 慌てたような四姫の声がインターホンから聞こえてきたかと思ったら、バタバタと落ち着かない足音が聞こえてくる。


「おかえり! 早かったね!?」


 相当急いできたのか、服が乱れている。

 恥ずかしそうにそれを直しながら照れる彼女に俺は言う。


「五時だから終わってるかなって」

「え! あ、ほんとだ!?」


 スマホを取り出し、時間を見て彼女は驚く。


「まだダメなんだったら、しばらくそこら辺で時間つぶしてるから、スマホに連絡入れて」

「ダメってわけじゃないんだけど……」


 もじもじとしながら悩まし気に彼女は言う。

 しばらく考えていると、決心したように顔を上げた。

 そして、ちょっと待っててと俺を手で制してから、リビングへ行き、箱を持って戻ってきた。


「はいこれ! バレンタイン!」

「あ、ありがとう」


 勢いよく突き出された箱を受け取り、見てみる。

 パッケージにはでかでかとALMONDと書かれている。

 どこからどう見ても市販品のアーモンドチョコレートだ。

 ………??

 事情が呑み込めず、困惑する。

 さっきから美味しそうなチョコの香りが家の中から漂ってきているのに、渡されたのは市販品のチョコ?

 そんな俺の当惑を察した彼女が、口をきゅっと結び、か細い声で呟く。


「……失敗しちゃったから」


 なんと言えばいいか分からず黙り込む。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 さっきから鼻を刺激する匂いのせいで、凄くお腹が空いてきてしまったからだ。

 こんなにいい匂いのお菓子が、美味しくないわけがない。

 俺は彼女の横をすり抜けて、キッチンに向かう。

 

 後ろで彼女が慌てだした音がするが、構わずキッチンの扉を開けて、中に入る。

 すると、天板の上にカップケーキが並んでいた。

 匂いの元はこれだろう。

 まだぬくもりが残っているので、いただきますと言って一口かじる。


「間に合っ……あー!」

「美味い! 四姫、これ、凄いうまい!」

「ありがとう。……じゃなくて、失敗したっていったじゃん!」


 四姫が腰に手を当てて怒りながら俺をズビシと指さし、近づいてくる。


「何が失敗なんだ? 美味しいし、見た目もそれっぽいと思うが……」

「もっと美味しく作れるはずだったの! それに……形も若干崩れちゃったし……」


 気にし過ぎだとは思うが、もっと美味しく作れたはずという言葉には心惹かれる。


「じゃあ、また今度作りに来てくれよ。楽しみにしてる」

「……分かった。でも、これは没収ー!」

「あー! まだ食べてる途中だったのに!」


 四姫からカップケーキを取り返そうと追いかける。

 彼女はきゃーと楽しそうに悲鳴を上げながら、逃げ始めた。


 結果、仲良く母さんに叱られました。


:―:―:―:―:―:―:―:

 IF火宮四姫の主人公

 野球部に加入した主人公。

 四姫の気を引きたくて入部したが、思ったよりも楽しくてはまってしまった。

 それなりに強く、中学校では賞も取った。

 校長に賞状を渡されるとき、舌打ちされたとかされてないとか……。

―――――――

 難産でした。

 あと、友達に話してみて思ったんですけど、ヒロイン多くないですか?

 もしかすると、減らしてみるのもいいかもしれません。

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