006
「彩愛様お聞きになりました?」
「なんでしょう?」
いつものように放課後のわずかな時間を高位の家の子女のみが使用できる一室で過ごしていると、友人がクスクスと笑いながら話しかけてくる。
「磯部様のことですわ」
「ああ、吉賀様と婚約なさったと言うお話しでして?」
「いいえ。その後の話しですの」
「高等部は今その話題で持ち切りだそうだ」
今度は男子の友人が話に加わる。
「なんでも吉賀様と磯部様が公衆の面前で大げんかなさったんですって」
「まあ、なんてこと」
「お二人ともほかに行き先がないというのに公衆の面前で喧嘩をするなんてな」
「原因は例の庶民の女生徒ですって」
「あらまあ」
どうやら二人っきりでいるところを吉賀麗奈が目撃してしまった。
初めは些細な言い争いから篠上恭一郎と比べるような発言に繋がり、お互いの家の事業が行き詰っているのを互いの家の力不足と言い始めたところで次第に険悪になり、最後には公衆の面前での言い合いになったとの話だ。
磯部家も吉賀家も婚約破棄というものがあったせいで一部の事業がうまくいかなくなっているのだが、そのきっかけになった本人はそのことから目を離したいらしい。
ちなみに文芸会での一件のせいで磯部和臣の婚約者は吉賀麗奈以外添えることができず、吉賀麗奈も2度目の婚約破棄ともなれば家の面子が保てないので今度こそ破棄しないようにと言い含められているらしい。
彩愛はホットミルクの入ったカップを手にして軽くゆすってから口をつける。
「痴話げんかというものでしょう。大人の恋愛事情は子供にはわからないものですわ」
「それで済むといいですわね」
「それにしても例の庶民の女生徒、随分見境なしじゃないか?」
「月影様の婚約者にまで手を出したのに、まだ学園にいることができるなんてな」
「月影様の心の広さには憧れますわ」
クスクスと笑いが室内に広がる。
「梨花お姉様はちゃんと未来をみていらっしゃいますわ」
彩愛のきつめの言葉に笑いがぴたりと収まる。
どこか気まずそうに、視線を交わすと先ほどとは違う笑みを浮かべる。
「もちろん、月影様は高等部の生徒会長をなさっているお方ですもの」
「そうそう、例の庶民の女生徒とはそれこそ格が違うさ」
音を立てずにカップをテーブルに置くと彩愛は給仕に視線を送る。
すぐさま今日の菓子として用意されたミニケーキを数個盛り付けて前に置く。
用意されたフォークでさらに小分けにして口に運ぶと甘酸っぱい味が口の中に広がる。
「そういえば彩愛様」
「なんでしょう?」
「今日のお花も綺麗ですわね」
今日は彩愛にと送られてきたミニバラが飾られている。
毎週贈られてくる彩愛宛の花はこの部屋に彩りを添えている。
「最初は入学祝かと思いましたが、まめなことですわね」
この国では手に入りにくい花も贈られてくるため、家に持ち帰りたいという者もいるほどである。
「でも贈り主は不明なのでしょう?」
「いつの間にかこの部屋の扉の前に置かれているとか」
「監視カメラにも突然現れるんですって」
「これも神の恩寵でしょうか」
「さあ、どうでしょう?」
彩愛はにっこりと含みのある笑みを浮かべた。
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