002

「ねえお聞きになった?」

「高等部のうわさですの?」

「ええ、ついに吉賀麗奈様が篠上京一郎様に婚約破棄されたんですって」

「例の庶民の女生徒がらみとか」


 初等部でも高位に位置する家の子女が使用できる一室にてクスクスと嘲笑が流れる。

 穏やかなクラシックの流れる空間には彩愛のためにと送られた牡丹の花が飾られている。

 アンティークの小さめのテーブルには一口大の菓子が並べられ、この部屋専属の給仕が希望者へとりわけ、望む飲料を提供している。

 この部屋の一番良い席、程よく日が当たる豪奢なソファに座る彩愛は手にした扇子を閉じ嘲笑を止める。

 初等部1年とはいえ、幼稚部から大学部までみても彩愛の皆森家以上の家格の生徒は現在在籍していないが故のことだが、幼稚部からのことであるのでこの部屋にいる全員が当たり前のこと受け止めている。


「篠上家はさぞかし大変でしょうね。吉賀麗奈様の嫁入りを前提とした事業提携と株の売買の話しが台無しになってしまいましたもの」

「それなら吉賀家も大打撃だろう。なんといっても婚約破棄の理由が庶民をいじめたからだとか」

「クリーンなイメージで学生用品やご婦人の衣服を扱っているのですもの、大変ですわよね」

「すでに一部の部門が取り潰すか検討段階だそうですわ」

「でも吉賀様は無実を訴えているとか」


 それでも件の女生徒に吉賀麗奈が罵声を浴びせているところ、複数の友人と嫌味を言っているところは複数の生徒が目撃している。

 もっとも、それだけでいじめというのであれば彩愛たちの住む世界で生きていくことはできない。

 弱肉強食であり歴然とした家格が重要になる世界なのだ。

 篠上家も高位の家格をもつ。噂通り新しい婚約者に庶民の女生徒を添えたいというのであれば、篠上京一郎が分家に養子に入るか庶民に下らなければならないだろう。

 いってはなんだが庶民と彩愛達の住む世界はあまりにも違いすぎるのだ。


「磯部様が事件のあったときはご一緒にいたと証言なさったとか」


 少しだけ彩愛を気にしながらの発言にくすりと彩愛は笑みを浮かべる。


「吉賀麗奈様は保険をかけていらっしゃるようですわね」

「磯部様だけではありませんわ。飯田様、野宮様それと賀口様がお庇いになっているんですって」

「対するのは篠上様、富寺様、風森様に金田様だとか」

「高等部が二つに割れているんだそうだ」

「皆様お盛んでいらっしゃること」

「まあ」


 ふふふ、と笑いが部屋に広がる。

 誰かがぱちりと指を鳴らすと、部屋で気配をひそめていた給仕がすぐさまそれぞれの好みの飲み物を用意する。

 彩愛の前に出されたのはホットミルク。それを一口飲んでほうっと息を吐く。


「今日のはちみつはアーモンドかしら」

「ええ、先日お土産に頂きましたのでご提供させていただきましたわ」

「この間のオレンジも美味しかったけど、これもなかなか」


 部屋には穏やかな空気が流れ、彩愛達は次の話題に移る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る