即興小説トレーニング集

たぴ岡

粉々に割れた

 ガシャン、ひとつ衝撃の音が鳴る。

 周りからは「またやったのか」とため息がもれる。客からも呆れた視線が感じられる。ため息と冷たい視線で、自分の居場所がどんどん狭まっていく感じがする。

「す、すみません」

 私はできるだけ小さくなりながら、できるだけ大きめの声でそう言った。けれど、どうせ私の声なんて誰も聞いてはいない。どうせ私の謝罪なんてどうでも良いと思っているのだろう。嘲笑うような、馬鹿にするような空気が満ちていく。私の肺にも暗い酸素しか入って来ない。

 もうこのバイトを辞めたいと思っている。けれど辞めることができないのは、私が家に金を入れないといけないからだ。両親が離婚して以来、母は壊れてしまったように家から出ることをしなくなった。父はそれを良いことに、私たちに少しも金を入れようとしない。弟は……当然働くことなんてさせられない。まだ中学生だから。中学生くらいの年齢で働いている子どもだっているのだろうが、そんなのは嫌だった。そうなるくらいなら私が身体を壊してでも母と弟を、今のこの家庭を守ってやる、そう決心していた。

 とは言え、もう限界はとっくの昔に来ている。大学受験のための勉強とバイトとを綺麗に両立できる訳なんてないのだ。寝不足のせいでバイトでは失敗を繰り返し、勉強も上手くいかない。食器を割らない日はないし、模試だってA判定には届きそうもない。

 私の人生はもう終わっているも同然なのだ。

「お前さ、何回も言ってるけど、このままだとここに置いてやることもできなくなるわけ。わかってるんだよね?」

「はい、すみませ――」

「いつもそうやって謝るよね? それなのに同じミス繰り返してるの、自分でわかってる?」

「……はい」

 優しかった先輩も、もう私に柔らかい声で話しかけてくれることはなくなった。厳しくて怖くて、きっと私を邪魔だとも思っているのだろう。邪魔なら、いなくなった方が良い、だろうな。


 玄関前に立って、笑顔を作る。いつだって優しくて明るくて楽しい姉ちゃんでないと。

「おかえり」

 暗い顔の弟を見た瞬間、全てが嫌になった。何故だかはわからない。けれど、このままなら世界を壊した方がいいと悟った。だから決めた。

 家の中には首を切って死んでいる母がいた。だから決めた。

 母の傍らに落ちていたそのナイフを拾って、人生で一番の笑顔を見せた。たぶん、これが最初で最後のこころからの笑顔。

「もう、全部やめよう」


お題:限界を超えた食器 制限時間:15分

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