第8話 計画

 「儀式??何や?その堅苦しそうなんは。」


霜晏そうあん虹烏殿こううでんを去った直後である。彼がその場にいる時にはただ大人しく星華せいかの隣に立っていただけの絳鑭こうらんだったが、身内だけになるとそのをすぐに投げ捨てた。


「絳鑭、お前そんな事も知らないのか??....はぁ〜、全く。」

「やってうち、武官やもん。」

「それでも家の養女なのか??」

「まあまあまあ、それくらいにして。俺だって一応、えい家の跡継ぎだけど、武芸はできないなあ。」


 絳鑭と廉結れんゆの言い合い、そして迅楸じんしゅうの仲裁....。今ではこれが日常の風景となりつつある。一緒にいる事が多くなり、すっかり気の置ける仲間になったのじゃれあいといったところであろう。


「やろ??ほーら聞いたか、廉結。あんたかて武芸できんのやろ?こん前星華がゆっとったわー。」


(星華、余計な事をっ!!!)


「う、うるさいっ!!黙れ絳鑭。」

「はいはい、黙りますよー。」

「ふふっ相変わらず仲が良いねー。」


お腹を抱えて笑い出した星華に二人はキッと睨みをきかせた。身を引きながらも、変わらず笑い続ける彼女に反省の色は見えない。その傍らにはいつも通り呆れ顔の鵲鏡さくきょうがいる。


「儀式とは、先程霜晏殿が仰られていたように行うものなのですか??」

「えぇ、そうよ迅楸。鵲鏡は気づいたと思うけど実は、今回の儀式予定日がお母様の命日なの。」


新入り側近達は目を見張った。わざわざそのような日に予定を入れるなんて、と軽く霜晏を非難している事が丸分かりな表情に、星華はそっと微笑んだ。


「だけどね、それは霜晏も知っいるはずなの。だから、これは彼が考えてくれた裏の計画が潜んでいるように私には思えたわ。」


宮廷内の人間はもちろん、迅楸や鵲鏡の表情はなかなか変わらないが、残り二人のそれは、ころころと移り変わっていくため見ていてとても面白く、密かに星華の流行となっていた。このときは二人揃って眉を顰め、首を傾げていた。


「話はちょっと逸れるけど....まず、虹姫こうきは死んだ時遺体が残らないの。虹色の光の粒になって虹の一部になるから。まぁそれはいいとして....。何故だか分からないけれど、虹姫、そして虹王は絶対虹に触れてはならないっていう言い伝えがあるの。お母様は、虹に触れて儀式をしたいと一度礼部に頼んでおられたけれど承諾されなかったわ。確かあの時、味方になってくれたのは霜晏だけだったはず。」


「はぁ。....それで、どういった裏の計画があるんだ??」

ますます訝しむように星華を覗き込む廉結に、彼女は得意そうに両手を大きく広げて見せた。


「儀式は虹に向かって祈りを捧げるの。....つまり、熱心に儀式をしたいっていう名目で虹の端まで行ってお母様や先祖の方々のお墓参り??的なことが出来るっていうこと!!」


星華がにやりと笑ったところでその他の面々は一斉に渋面になった。そんなことできる訳がない、そう考える者が多くいる一方、鵲鏡だけは彼女の計画の良し悪しを吟味し始めていた。


「確かにそうかもしれませんが、道中はどうなさるのですか、星華様。」

 彼は真剣だった。どうすれば彼女の希望が叶えられるか、彼女を守るためには何を排除し、何を味方に付けるか....。彼は彼女にとって不利益な事を常にその周りから跳ね返す事や、できる限り自由に過ごすことが出来るようにするにはどうすれば良いか、という事ばかり考えていると言っても過言ではない。それは侍官でありながらも、彼が側近の中で一番の決定権を持つ理由でもあった。


「護衛の事??それなら絳鑭もいるし、鵲鏡もいるから大丈夫だよ。それに私だってほら、自分の身くらいなら守れる。虹の端まで行くとしても霜晏はきっと付いて来てくれるだろうし........。充分じゃない??」


顎に手を置いて思案するその姿はどこか貴公子然としており、思わず見惚れてしまうような優美さがあった。


「私はともかく、霜晏様が来てくださるのはとても心強いですね。........それならば良いですよ。あの方がいらっしゃるれば八割方片付けて頂けるでしょう。」

つまりは丸投げ、という事である。鵲鏡はあえて口には出さなかったが、八割方なのかはこの場にいる全員が分かっていた。


「えぇっ!!霜晏殿は武芸もできるんか??一体何者やねん........。」

それは文官二人の心の声をも代弁していた。


 その後、礼部内での霜晏の根回しもあり星華達は紅鏡の命日に虹へと向かうことが正式に決まった。無論、虹星国史上初めてのことだった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る