第4話 久しぶりの........

りん星華せいか、只今長期の離宮より戻って参りました!」


それは突然の事だった。尚書と国王の集う国部こくぶ会議の最中、へやの中で玲瓏とした少女の声が響き渡ったのだ。礼部尚書れいぶしょうしょであるれい霜晏そうあんは思わず我が耳を疑った。彼にとって己に疑心を浮かべるということは、前代未聞の事だった。会議に参加する尚書達は皆、声のする方へ注目を集め、次々に瞠目した。そこには幼い子供から、すっかり秀麗な少女へと成長している虹姫こうき様が立っていた。


「皆様におかれましては、大変ご苦労をおかけ致しましたこと、心よりお詫び申し上げます。本日より虹姫としての責務を果たし、少しでも皆様のお力になれますよう精進して参ります。ご迷惑をお掛けする事もあると思いますが、何卒どうぞ宜しくお願い致します。」


そう言って深々とお辞儀をした星華は尚書達を見回し、ある人物に視線を止めた。

「あら、あなたは....。」

「お久しゅうございます。礼部尚書、伶霜晏でございます。お帰りを、お待ち申し上げておりました。」

記憶の中よりも老けて見える霜晏に、星華はにこりと微笑みかけた。


「星華様、お戻りになられて早々ですが、側近をお固めになって下さいませんか。」

こう声を上げたのは吏部りぶ尚書、えい朔蒼さくそうだった。吏部では、全官吏の任免、考査そして刑罰や裁判と、宮廷における厄介事を全て担っている。そのため、虹星国内で六つに分かれる州、—りん州、えい州、そう州、州、しょう州、れい州(王都である竜州を除く)—の中で最も栄えている栄州を治める栄家直系の子孫が吏部の最高権力者である吏部尚書となっている。勿論朔蒼も誉れ高き栄家の直系の男子(三十八歳)であった。


このように、各部尚書にはそれぞれ五州を治める“五大家”の人間が任命される。土木関係、宮廷工事を担うこう部は産業の盛んな創州を治める創家、軍政や兵事を担うへい部は武人を多く輩出する毅州を治める毅家と、州の特色に合った仕事を担うような仕組みとなっている。


「その事なのですが、今年の及第者の任官の儀まで待って頂けますでしょうか。その時までに専属文官と武官を決定致しますので、名表を持って頂けると助かります。」

「承知致しました。」

「星華様。武官の名表は只今持ち合わせております。失礼ながら、この場でお渡しさせて頂けますでしょうか。」


兵部尚書、毅翔信しょうしんは如何やら名表を持っていたらしく、こう進言した。星華は訝しく思ったが、合点がいくと翔信から武官名表を受け取り、懐にしまい込んだ。


 それから星華は、すっかり侍官へ様変わりした鵲鏡さくきょうらによって調えられた虹烏殿こううでんに足を踏み入れた。


「おかえりなさいませ、星華様。」


鵲鏡を始めとする、かつて紅鏡こうきょうに仕えてくれていた侍官、女官達に迎え入れられた星華が見たものは、八年前と何ら変わらぬ、在りし日の懐かしい風景だった。小さな窓から漏れた温かな光に照らされる古びた長椅子は、かつて紅鏡が好んでよく座っていたその物のまま。星華には一瞬、紅鏡がそこに座って微笑んでいるように見えた気がした。


今は亡き母との短い生活を想い、八年間自然に張り詰めていた緊張の糸が弛み、それを皮切りにして星華の両目から一気に大粒の涙が溢れ出す。ぽたぽたと、大きな雫が次から次へと床に落ちていった。


「うぅっ.......、うっ....、お、お母........様............。っうぅ....。」


筆頭侍官として他の側仕え達に仕事に戻るよう指示した後、赤ん坊の頃のように泣き出してしまった星華をへやの奥へ引き連れ、誰の目もない事を確認した鵲鏡は両腕で、まるで包み込むように柔らかく星華を抱きしめた。


「ごめん....なさ、い....。........泣かないって....、そう......、決めてた、のにっ........。」

「良いのですよ、星華様。泣きたい時には泣けば良いのです。でないといくら星華様でもおかしくなってしまいますよ。貴方が泣いて下さって私は今、とても安心しているのですから。私がいつでも貴方の泣き場所になって差し上げます。」

「ありっ....が.....、とう........、鵲....鏡..........。」

涙を流しながらも微笑む星華に鵲鏡もまた微笑んだ。


 しばらく泣き続け、すっかり元に戻った星華は吏部より届けられていた文官名表を手に、一人の名前を探し出した。


「あった....、『廉結れんゆ』。良かったぁ....。」

「星華様。そのお顔からすると......。」

「えぇ。決めたわ。文官も..........、武官も。」

「文官は勿論あの方でしょうけれど....、武官は誰になさるのですか??」

「それは............、」

「それは???」


〝知りたい〟と書いてある鵲鏡の顔を見て考えが変わった星華は、面白がるように長年の付き合いになるに目を向けてこう言った。


「ここに連れて来てからのお楽しみ!」

と。



 その後、ひんやりとした鵲鏡によって星華がどうなったのかは、言うまでもないだろう。




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